役不足
先にジャイアントに近づいたのは、足の速いスレインさんだ。大岩のような拳が地面を穿ったその脇をするりと縫って、足元に接近し、流れるように一太刀浴びせる。
細長い刃では分厚い足の皮膚を裂くことはかなわなかったが、巨人の注意を引くには十分だった。
塔のような足の合間を駆け回りながら、スレインさんは素早く細かく剣を滑り込ませていく。業を煮やした巨人は地団駄を踏むように大地を叩くが、スレインさんは水のようにすり抜けてかわし、振り向きざまにまた一撃。大粒の血の雫が2、3滴ほど草原に落ちる。
痛みに顔を歪めた巨人は目をカッと開き、手のひらを雲に届きそうなほどの高さに振り上げて、小さな騎士を払い飛ばそうと空気を突き破っていく。
対するスレインさんは、一歩下がっただけで何もしなかった。とてつもない勢いで割り込んでくる影があったからだ。
大剣を突撃槍みたいに構えて、迫りくる巨人の手のひらを貫き通さんばかりに迷いなく突進していく。ゼクさんは、自分の何倍もの体躯を持つジャイアントと力比べをする気らしい。
2つの力が激突し、真っ赤なしぶきが四散した。激痛に悲鳴を上げたのはジャイアントのほうで、大剣が貫通した手を振り上げる。
剣にぶら下がっていたゼクさんは、すぐにそれを抜いて巨人の手のひらから飛び立った。
遥か高い大空から、ゼクさんは刃を下に構え、重力の助けを借りて隕石のように降下する。切っ先が向いているのは、巨人の眉間。
「おおおおおおおおおっ!!!」
咆哮とともに、剣が大きな目玉と目玉の間を深々と抉っていく。噴水みたいな血がほとばしり、ジャイアントの巨体がぐらりと揺れて、どしんと地面に沈んでいった。
高所から落下したはずのゼクさんは平然としていて、スレインさんと何やら言い合いをしながらこっちに向かっている。
見学していただけのラックたちは3人仲良く口をあんぐり開けて、Aランク級の魔物をあっさりと葬った2人を茫然と見つめていた。
「トドメ刺したのは俺だから、俺の勝ちな」
「近づけたのは私の陽動ありきだろう。そもそも勝負をした覚えはない」
「はぁ? 言ったろ、早いモン勝ちって」
「早く着いたのは私だ」
「テメ――」
仲良く口論をしている2人の間に割って入って、私は笑顔で迎えた。
「ゼクさん、スレインさん。お疲れ様です」
「……おう」
「ラック。これで満足か?」
何もしないまま終わったラックは、無言で頷く。
「つまらねぇヤマだったな。帰ろうぜ」
ゼクさんがあくび交じりにさっさと帰路につき、私とスレインさんもそれに続く。
「――化物が」
誰のものともつかないそんな声が、背後からぽつりと聞こえた。
◇
実質2人しか働いていないクエストの達成報告のため、私たちは帝都に戻ってさっそく<勇者協会>本部に赴いた。
「では、報告は僕が――」
「待て」
さりげなく一歩前に出たラックを、スレインさんの鋭い声が引き止める。
「念のため、私も同行する」
「な、何だよ……僕が変なこと言うわけないじゃないか」
「貴様は信用ならん」
「……別に、構いはしないさ」
ギスギスした空気のまま、スレインさんとラックは職員と一緒に奥に行ってしまった。
「用が済んだんなら俺は帰るぞ」
「ええ、お疲れ様です」
ゼクさんは気だるそうにロビーから出て行ってしまう。<オールアウト>の残された2人も、特に何の挨拶もなく帰ってしまった。
私だけ報告に行った2人をぼんやりと待っていると、見覚えのある顔が通り過ぎていった。
「あっ」
「おや、エステルさん」
くるりと振り向ける顔は光の粒がキラキラと散りばめられているかのよう。メレディスさんは今日もイケメンで、この顔面を拝めたことを神様に感謝するところだ。――いつもなら。
前に、アンナちゃんから聞いた話。メレディスさんは前職の経歴を偽ってここに来たという。もしかしたら、簡単に気を許していい人ではないのかもしれないのだ。
「クエストの帰りですか?」
「えーと……はい、そんなとこです」
妙に意識を縛られて、返事もぎこちなくなってしまう。メレディスさんは普段通りの爽やかな笑みで応じてくれた。
「お疲れ様です。今度は何を?」
「ジャイアントの討伐ですね」
「となると、Aランク級ですか! さすがは<ゼータ>」
私はほとんど何もしてないですけどね、という意味の苦笑いを浮かべる。
軽い世間話から一転、メレディスさんは急に声のトーンを落として真顔になる。
「……ところで、今お時間ございますか?」
「はい? まあ、暇ですけど」
「少々お話が」
そのまま外まで連れていかれて辿り着いたのは、本部の建物の裏だった。誰もいない場所で、メレディスさんは低い声で切り出した。
「ロキ、というダークエルフをご存じですか」
「知り合いですけど……ロキさんが何か?」
メレディスさんはすぐには答えず、少し考え込むような素振りを見せた。
私はふとアンナちゃんのことを思い出す。彼女は確か、ロキさんに協力しているはずだった。となれば、メレディスさんの「経歴」のことも当然耳に入っているはずで……。
「彼は何者なんです? トマス殿下のパーティにいるというのは知っているのですが」
「ええと……元々、協会の調査員の方なんです」
情報屋、という肩書はあえて伏せておいた。なんとなく、メレディスさんはロキさんに対する印象が良くなさそうだったから。
「……そうですか。いえね、最近そのロキという方を――不思議なくらいよく見かけるもので」
事情を察して、胸がざわめき始める。ロキさんはやはりメレディスさんの身辺をいろいろと探っているのだろう。そのことがバレているのか、メレディスさんのほうもロキさんを怪しんでいるらしい。
「彼は、信用できますか?」
不信感を隠そうともしない、率直な質問。答えは1つだ。
「ロキさんは、いい人ですよ」
これだけははっきりと断言できる。ロキさんが何を企んでいようと、悪いことは絶対にしない。
私の言い方が自信満々だったせいか、メレディスさんの硬い表情がわずかに緩んだ。
「……エステルさんがおっしゃるのなら、そうなんでしょうね」
どうやら私のことはかなり信用してくれているようで、完全に納得してくれたみたい。
さて、これでメレディスさんの用事も済んだ――というわけではなさそうで、彼はまだ何か言いたげに横目で私を伺っている。その視線が地面と私の顔を何往復かした後、意を決したようにメレディスさんは口を開いた。
「私は……<勇者協会>は、素晴らしい人々が集まっていると思うんです」
唐突な話にやや驚きつつ、私は彼の真摯な声と顔に集中する。
「エステルさんはもちろん、ドナート課長や……たまにサボるけど、レミーさんも。勇者の方々だって、個性的な人も多いですが……本当に強くて、何より正義感に溢れた立派な人ばかりです」
その通りだ。私の周りにだって、両手では数えきれないくらいのいい人がいる。
「だからこそ、私は――そんな素晴らしい人々が十分にその力を発揮できるよう、<勇者協会>をより良くしていきたいんです! 多少強引でも、目の敵にされても、やれることはなんでもやりたいんです!」
熱風を浴びせられたような感覚に、手足が固まる。
ああ、この人は本気なんだな、と私は確信した。彼の経歴がわからないことなど霞んでしまうくらいに。私がそのことを気にしていたのがメレディスさんに伝わっていたのかもしれない。
「エステルさん。俺を、信じてください」
「……はい」
私はただ、力強く頷いた。
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