#29 All or Nothing
無恥は罪
それは、1つの土下座から始まった。
「頼む……僕たちのクエストに協力してくれ!!」
「断る」
大げさなくらい畏まって、本部のロビーの床に両手と額をべったりつけての渾身の頼み事は、スレインさんの短い一言で一蹴されてしまった。
それもそうだ。頭を下げたところで、この男――ラックは、元仲間であるスレインさんを不当にパーティから追放した張本人。スレインさんも「どの面下げて」という心持ちなのだろう。私だって擁護できない。
「は、話くらい聞いてくれたっていいじゃないか……」
「貴様のことだ。クエスト審査の厳格化で今までのごまかしが効かなくなって、ろくに実績を上げられないからと私に泣きついてきたんだろう」
「うっ」
図星だったらしい。
この間のホワイトエイプ討伐クエストの虚偽申告が関係あるのかないのか、最近は達成審査がかなり厳しくなったようだ。またメレディスさん辺りが噛んでいるのかもしれない。
「自らの能力に見合わんランクに居座っているのが悪い。大人しく降格しろ」
「それはできない!」
間髪入れず、ラックは真剣な顔で叫ぶ。いつもの尊大な態度とは違って、どこか必死になっているように見える。
「何か事情があるんですか?」
思わず聞くと、ラックは藁にもすがるような目で私を見上げた。
「あるとも! ある……んだが……」
今度は言いづらそうに目を伏せて、声をしぼませていく。
「僕がAランクから落ちたら……父さんが――心配する」
拍子抜けしてしまった。会った当初から自己中心的な態度が目についていたけれど、父親のこととなれば話は別らしい。
ラックの父親ことウェッバー会長は、穏やかで優しそうな人だ。困らせたくないというのも、気持ちはわかる。
「今までのことは全部謝る! 君の力を見誤っていた……すまないことをしたと思ってるんだ。僕たちでは、Aランクのクエストなんて……」
「私の知ったことではない」
「正式に君たちに協力を申し入れれば、<ゼータ>の功績にもなるんだろう? 父さんからも感謝されるぞ」
「興味はない」
「1回だけでいいんだ! そうすれば、君たちにはもう関わらない!」
「しつこいぞ!」
「あの、スレインさん……」
苛立ち気味のスレインさんは、眉間の力を緩めてこちらを向く。事情が事情なので、その先はちょっと言いづらいのだけど……例によって、私の言いたいことは思いっきり顔に出ていたらしい。
「エステル、君は本当に……」
「すみません」
スレインさんはくしゃっと前髪を上げて呆れている。申し訳ないとは思いつつ、私も会長さんのことが少し気になってしまったのだ。
「……。ラック、うちのリーダーに感謝しろ」
「えっ」
床をこすりすぎて赤くなった額を上げたラックは、間の抜けた目で私の顔を見つめていた。
◇
「――で? なんで俺がこのクソッタレボンボン軍団のお手伝いしなきゃならねぇんだよ」
ゼクさんは不満げな表情を隠しもせず、ラックたちを睨みながら文句をつける。
青天白日、温かい風が誰にも邪魔されずのびのびと吹き抜け、短い草を揺らす。私とゼクさんとスレインさんは<オールアウト>の人たちと草原の真ん中を歩いていた。
「すみません。レイも寂しがってたでしょう?」
「本と――いや、たまにゃアイツも一人でやらせねぇとな……」
ゼクさんはごまかすように頬を掻く。弟子が可愛くてしょうがないんだろうな。
「悪いな、<オールアウト>からのご指名だ。まあ、確かに私一人では面倒な相手だしな……」
「敵は?」
「ジャイアントだ」
「なるほど、ヒョロっちい騎士サマじゃあ手に余らァな」
ジャイアントは巨人の魔物で、以前見たときは雲に頭がつきそうなその大きさに圧倒されたものだ。あのときはロゼールさんが一瞬にして氷像にしてしまったのだけど。
ロゼールさんとマリオさんは今は別のクエストに行ってもらっている。ゼクさんとスレインさんなら戦力としてはむしろお釣りが来るだろうけど。
「足引っ張んじゃねぇぞ、ボンボンども」
「は、はいっ!」
ラックは気味が悪いくらいニコニコへらへらしている。ここまで腰が低いと、逆にこっちが戸惑ってしまう。
「で、ボンボンどもは実際どんくれぇやれるんだよ」
「この3人で束になって、ようやくホブゴブリン1体倒せるレベルだな」
「よくそれでAランク名乗ろうと思ったな……。脳ミソ足りてねぇんじゃねーか?」
ラックとその仲間2人は気まずそうに黙り込む。裏を返せば、そうまでしてでも高いランクを維持しなければならなかったのかもしれない。
「会長さんとは仲いいんですか?」
私の唐突な質問に、ラックは不意を突かれたような表情を見せたが、すぐに得意そうな顔に改める。
「フン。僕ほどの人間ともなれば、父さんも並々ならぬ期待をかけてくれるものさ。凡人にはわからないだろうがね」
聞きたかった返答とはちょっとずれているが、なんとなく理解できた。会長さんは息子に大きな期待をかけていて、ラックはそれに応えるために無茶な手段を取っているのだろう、と。
「……別に、あなたがAランクから降格することがあっても、会長さんは怒らないと思いますけどね」
本心のつもりだった。が、ラックの変に得意げな顔はみるみるうちに上気していく。
「っ……お前に、何がわかるんだ!!」
怒りにまかせて私をつき飛ばそうと伸ばされたラックの手は、ゼクさんの大きな手によってがっちりと捕獲されてしまった。
「何テメェうちのリーダーに手ェ出そうとしてんだコラ……!!」
ゼクさんの凄味に、ラックの怒りは瞬間的に収縮し、しゅんと大人しくなる。
「す、すみませんでした……」
追い打ちをかけるように、スレインさんの鷹のように鋭い眼がラックを射抜いた。
「言っておくが、エステルや我々に妙なことをしたら――二度と大手を振って表を歩けないようにしてやる」
ラックたちは青い顔で固まって、それっきりろくに口を利くこともなくなってしまった。
◇
遮るもののない平原で、それの姿は異様に目立った。
山と見まごうほどの巨躯が、大地を揺らしながら移動している。かなり離れた場所からでも、その黒い塊はよく見えた。
「いたぜ」
ゼクさんはおもちゃを見つけた子供みたいに笑う。スレインさんも兜の隙間から剃刀のような眼差しで敵を見据えた。
「作戦はどうする」
「いらねぇよ、早いモン勝ちだ」
嬉々として大股で歩いていくゼクさんに、スレインさんはため息を挟んでからついていく。青ざめて硬直していたラックたちは、はっと我に返って慌てて後を追った。
「あ、あのー、僕たちは何をすれば……?」
「テメェらなんざ最初から勘定に入れてねぇよ。邪魔だけはすんな。以上だ」
ゼクさんに冷たく突き放されたラックたちは、さすがに「何もしなくてもクエストが達成できる」という思考には至らなかったようで、一様に不満を顔に滲ませていた。
「……ンだよ、ちょっと下手に出てりゃあ調子に乗りやがって」
「あんなバケモン、2人でやれるわけないっすよ。特にスレインみたいな女が」
頭を下げてきたラックはともかく、あとの2人は私たちにはあまり好意的ではないみたい。ゼクさんが「ボンボン軍団」と言っていたから、彼らも出自はいいところなのだろう。
私も当然戦えるわけがないので、この人たちと一緒に待っていないといけない。じっとりと嫌な視線がまとわりついてくる感覚がした。
「だいたいあのリーダー何だよ。なんもしねぇじゃねーか」
「誰かの愛人枠なんじゃないっすか?」
下品な笑い声が聞こえてくるのを、私は知らんふりでやり過ごす。と、遠く離れたゼクさんとスレインさんが急にギロリと振り返って、笑いは止まった。まさか、あの距離で聞こえていたんだろうか。
再びくるりと前進していく2人に、ジャイアントもようやく気づいたらしい。重々しい動きで方向を転換し、自分を狙うちっぽけな勇者2人に照準を定めた。
当然、ゼクさんとスレインさんは足を止めない。まったく揃わないタイミングで、2人は武器を抜いて駆けだした。
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