寒暖差

 結局、元<ブリッツ・クロイツ>の2人は同行しないことになってしまい、気まずい空気が漂う……が、気にしているのはたぶん私だけだろう。クルトさんも小さいシュークリームなんかつまんでるし。おいしそう……じゃなくて。


「すみません、こんなことになってしまって」


「人数を減らしたのは私の判断です。あなたが謝罪することではないわ」


 スターシャさんにすっぱり言われると、もう何も言えなくなってしまう。


「でもな~、なんか寂しくなっちゃったよね。他に誰か誘えないかな?」


 クルトさんはお菓子を片手に訓練所の他の勇者たちを見回している。まさか、今から誰か知り合いを作って呼ぶつもりじゃないですよね……?


「そういえば、<ブリッツ・クロイツ>って5人パーティじゃなかったっけ。あともう1人は?」


「ヘルミーナのことかい? 声かけてみようか」


「いいねえ!」


 食事会にでも誘うような気軽さで、クルトさんとマリオさんは話を進めている。


 マリオさんがいれば、ヘルミーナさんも嫌がることはないだろう――なんて思っていた通り、ノエリアさんの訓練に付き合っていたらしい彼女はマリオさんと二言三言交わすと、すぐにこちらにやって来た。後ろでノエリアさんが親指を立てているのも見える。


 とはいえヘルミーナさんはまだ状況がよく呑み込めていないのだろう、困惑した目つきで私やスターシャさんを見回している。ただ、手にはしっかりクルトさんに貰ったクッキーが握りしめられている。


「あの……私は何をすれば?」


「こちらのクエストに協力してもらいたいのだけど……あなたは<ゼータ>ではないから、自分のパーティの都合次第では断っても構わないわ」


「あ、それは大丈夫……です」


 スターシャさんは気を利かせてくれたけど、トマスさんたちも私たちには協力的だし、ノエリアさんが<クレセントムーン>を手伝ったという前例もある。


「では、場所を変えて詳しい話に移りましょうか」


「喫茶店とか行かない? 一緒にお茶しよ~」


 スターシャさんとクルトさんの温度差に風邪をひいてしまいそうになりつつ、私たちは訓練所を後にした。



  ◇



 訓練所でさんざんお菓子をつまんでいたクルトさんは、喫茶店に入ってからも軽くない量の軽食を注文し、テーブルを埋め尽くしていた。私も含めて他の人は飲み物しか頼んでいないが、彼は相変わらず食べ物を勧めてくる。


「さて、本題に入るけれど――」


「ヘルミーナちゃんだっけ。きみもかわいいねぇ。特別にショートケーキのイチゴんとこあげる」


 リーダー完全無視のクルトさんに、スターシャさんの身も凍るような視線が送られる。さしもの彼も「ごめん」と気まずそうに姿勢を正した。


「今回の標的は北方の山岳地域に生息するホワイトエイプ。体毛の白いゴリラに似た魔物で、大きな体躯と腕力の高さが特徴。ボスを中心として、群れで行動するわ。推奨ランクはB」


「うちには元Bランクが2人もいるし、楽勝だね。2人でズバババーンってやっちゃってよ」


 クルトさんは他力本願な調子でオレンジジュースを啜っているが、そこでヘルミーナさんが遠慮がちに口を開く。


「あの、私はヒーラーなので……直接戦ったりは……」


「そうなの? スターシャと役割被ってるじゃん」


「ええ。だけど、治癒魔術も補助魔術も、彼女のほうが優れているわ。私は今回は作戦指揮に集中するつもり」


 おお、と私は感心した。スターシャさんはいろいろな勇者に詳しいみたいだけど、自分より実力の高い人を素直に認めている。年若いながら、精神的にかなり成熟しているように見えた。


「そういうわけで、クルト。あなたは前衛の要になるから、真面目にやりなさい」


「うへぇ、わかったよ」


 あまり戦いが好きではないのだろうか。<ダイヤモンド・ダスト>はDランクだけど、スターシャさんがBランク級の魔物を任せているということは、クルトさんもそれなりに実力はありそうなんだけど。


「それで、エステル・マスターズ。あなたには記録作業や報告書作成などの事務をお願いします」


「え? すみません、私そういうの苦手で……」


「あら? あなた、パーティ管理課の職員経験があるんじゃなかったかしら」


「それはそうなんですけど……その頃からミスばっかりでして……」


 自分で言うのもだいぶ情けない話だけど、スターシャさんは特に咎めることもなく「そう」と応じた。


「だったら、あなたは無理に同行しなくても構わないのだけど。魔物の危険もあるし、現地の環境は厳しいわ」


「えーっ? おれはエステルちゃんと一緒がいい~」


 クルトさんはそう言ってくれているが、確かに私は足を引っ張る気しかしないし、<ゼータ>が支援するクエストは他にもたくさんある。マリオさんなら問題なく進められるだろうし……。


 なんて迷っていると、シャツの袖がちょいちょいと引っ張られる感覚があった。そちらを見やると、小動物のような可憐な上目遣いで私に訴えかけるヘルミーナさんの瞳があった。か弱い乙女の不安と情熱が入り混じった視線。こんなものを拒めるかといえば――


「い、行きます。あまりお役に立てないかもしれないですけど……」


「作戦の邪魔にならなければ、問題ないわ」


「やっりぃ~!」


 スターシャさんとクルトさんは真逆のテンションで受け入れてくれた。必死の訴えを送ったヘルミーナさんもほっとしている様子だ。


「では、当日までに各自クエストの詳細を把握しておくこと。以上で――」


「あ、話終わり? ホットケーキ食べない? これおいしいよ!」


 クビになりそうだと言っていたはずのクルトさんは、リーダーの苛立たしげな眼つきに気づくことはなかった。



  ◇



 私たちがクエストのために長いこと馬車に揺られて辿り着いたのは、凍てつくような風の吹きすさぶ、北方の雪山だった。寒い地域だというので全員防寒着に身を包んでいたが、私には厚い布越しでも慣れない寒さは厳しかった。


 北国育ちのスターシャさんは厳寒などものともせず果敢に進んでいったが、こまめに休憩を入れてくれたので置いて行かれることはなかった。暗くなってきたところでちょうど山小屋が見えて、綿密に下調べをしたであろうスターシャさんの計画性の高さが伺えた。


「寒い~~~!! お腹すいた~~~!!」


 ドアを開けると同時、さびれた山小屋にクルトさんの大声が響く。私も心の中で全力で同意した。


「じゃあ、ぼくがご飯作るね」


「メニューは任せるけれど、材料の配分はこちらで指定するわ」


 マリオさんとスターシャさんが食事の準備に取り掛かってくれている間、クルトさんは持てる力のすべてを注いで大急ぎで備え付けの古い暖炉に火をつける。私もヘルミーナさんも一緒になって、冷えた身体に温かい空気を浴びせた。


「おれ、こんな寒いとこ来んの初めて。2人は平気?」


「私もう死にそうですよ」


「あはは!」


 私の故郷の村もここまで冷え込む日はなかったし、今日は北国の恐ろしさを思い知った一日だった。


「私……は、前にこういうところに来たことはありますけど……苦手です、寒いの」


 ヘルミーナさんは控えめにぽつぽつとこぼす。ただの「苦手」とは違う気がした。


「へえ、それって<ブリッツ・クロイツ>時代の話?」


「!」


 クルトさんがそのパーティ名を出した途端、ヘルミーナさんの小さな肩がびくっと跳ねた。


「そうそう。おれらさー、元<ブリッツ・クロイツ>の人たちと仲間なんだけど……ぶっちゃけ、あんま強くなかったんだよね。マリオとかヘルミーナちゃんが強かったのかなって思って。違う?」


 世間話のつもりだったのだろう、気楽に話していたクルトさんも、ヘルミーナさんの青ざめた顔に気づいてぎょっとする。


「あ……もしかして、聞いちゃまずい話だった?」


 黙り込むヘルミーナさんに、クルトさんもおろおろと困っている。重くなりかけた空気の中に、マリオさんの「できたよー」という間延びした声が割り込んできた。

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