絶対零度
訓練所の勇者たちの注目が集まる中、怒りに燃えるゼクさんと、一方的に怒鳴られていた小柄な少女の間に、私は大慌てで滑り込む。
「ゼクさんっ! こんなところで喧嘩はダメですよ!」
「喧嘩じゃねぇ、このチビがくだらねぇことほざきやがるからだ」
「そうだ! 兄貴は悪くねぇ!」
よく見れば、後ろでレイも一緒になって抗議している。
「何か事情があるのはわかります。でも、一方的に大声で責め立てるのは――」
「構わないわ」
冷たく透きとおる声が、ひやりと首筋に触れる。
振り向くと、身長2メートル近い強面に怒鳴られていたはずの小柄な少女が、毅然とした態度で腕を組んでいる。紺色の髪を三つ編みにして肩から前に垂らした品のいい出で立ちながら、その顔つきは凛々しく、並々ならぬ威容を放っていた。
「私の意見は、彼の言い分を聞いてからにします」
私よりわずかに年下に見えるけれど、随分と落ち着き払っている。このリーダーさんとクルトさんは、性格的には真逆のタイプかもしれない。
「そうかクソガキ。言わせてもらうがな、テメェは俺たちに協力要請をよこしたよな? だが今になって、くだらねぇ理由で却下と来やがる。どういう了見か聞かせてもらおうじゃねぇか」
「さっきも説明したけれど、私は<ゼータ>に依頼したのであって、<エデンズ・ナイト>に同行をお願いした覚えはないの。予定にない人間を入れる気はない。以上よ」
話の流れからして、ゼクさんはレイもクエストに連れて行こうとしたのだろう。それをリーダーの子が拒否して、こうして揉めているようだ。
「オレがいちゃ悪いのかよ! 人数は多いほうがいいだろ!」
「レイチェル・エイデン。悪いけれど、あなたでは私の作戦を遂行するには力不足だわ。それに、指示を聞けない人間をパーティに入れるわけにはいかないの」
「なんだと!?」
まずい、ヒートアップしそうだ。どうやって止めようか悩んでいたところに、心強い味方が現れた。
「やめとけ。そいつには何言っても無駄だ」
そう言って静かに仲裁に入ったのは、ガルフリッドさんだった。
「悪いな、スターシャ。こいつはすぐ引き取る」
「ガルフリッド・ナイトレイ。あなた、その足でまだ勇者を辞めていなかったのね」
名前を知っているということは、ガルフリッドさんは彼女と知り合いなんだろうか。スターシャさんは、足のことも知っているような口ぶりだ。
「その身体で、しかも2人パーティなんて、相当リスクだと思うけれど」
「ご忠告どうも。そっちはそっちでよろしくやってくれや」
「ええ、そうするわ」
用は済んだとばかりに、スターシャさんはさっさと立ち去ってしまう。ゼクさんとレイは煮え切らない様子で、遠のく背中を睨んでいた。
「ジジイ! なんだよあのチビガキは!」
「お前もチビだし、歳も同じ16だ」
「そういうことじゃねぇよ!!」
「スターシャは、<ダイヤモンド・ダスト>――俺の古巣のリーダーだ」
「!」
ガルフリッドさんは足の怪我が原因で前のパーティを追い出されたと言っていた。そのリーダーがスターシャさんだったんだ。
「歳の割に頭のキレる奴だが、あの通りの合理主義者でな。メンバーに難癖つけちゃあすぐに追い出して、面子をコロコロ変えやがる。ここにいるのは、次のメンバーを探すためかもな」
クルトさんもクビを切られそうだと言っていた。そんなに仲間を次々に変えて、大丈夫なのかな。
そんなスターシャさんは今、模擬戦闘のフィールドで暴れまわるグラント将軍を興味深そうに観察している。残念ながらその方、勇者じゃないんですよねぇ……。
「チッ、暇になっちまった。レイ、走り込み行くぞ」
「うっす。……あーあ、兄貴と一緒にクエストやりたかったなぁ」
不満そうな2人を、それまで我関せずと傍観していたマリオさんが引きとめた。
「だったらゼク、ぼくのクエストと交換しない?」
「あ?」
「ぼく、今<ダイヤモンド・ダスト>の人と約束しててね。ぼくがゼクのやる予定だったクエストを引き受ければ、ちょうどいいと思うんだ。代わりに、ゼクにはぼくが受けたクエストを任せるね」
「それ、オレがついてってもいいやつ?」
「人数が多くて困る内容じゃないし、断られないんじゃないかな」
『乗った!』
ゼクさんとレイの機嫌もすっかり直って、私は内心ほっとする。単純で行動的な2人はマリオさんから依頼書を受け取るやいなや、小走りで依頼者たちを探しに行ってしまった。
「……ガルフリッドさんは行かないんですか?」
「俺がいたらレイが嫌がる」
そんなことはないと思うけど、と反論する前に、ガルフリッドさんは無言で離れていってしまう。
マリオさんと2人で取り残された私はスターシャさんと話そうと思ったのだけど、彼女はパーティメンバーらしき人たちと何やら話し込んでいて、ちょっと入りにくい空気だ。
タイミングを伺っていたところで、見覚えのある癖っ毛が近づいてくるのが見えた。
「遅くなってごめ~ん」
まったく悪びれる様子もないクルトさんの両手には、焼き菓子が溢れるほど詰まった紙袋が抱えられている。
「お腹すいちゃってさあ。好きなの食べていいよ」
「……ありがとうございます」
何か言う気も失せてしまって、私は素直に小さいボールサイズのドーナツをひとつ頂いた。うん、サクサクでほどよい甘み。
「この店のお菓子めっちゃおいしいんだよね~。どっか公園とかで座って食べない?」
「クルトさん、リーダーの方に挨拶するという話では……」
「ああ、そうだったそうだった」
クルトさんは紙袋を抱えたまま辺りをきょろきょろ見回し、スターシャさんたちを見つけるとすぐに駆け寄って……仲間たちにお菓子を勧めている。本当に、そういう人なんだろう。笑顔で手招きをされて、私とマリオさんも合流する。
「スターシャ。この2人がおれの友達」
彼女は冷たい眼で私たちを一瞥しただけで、あとはクルトさんから貰ったらしいクッキーを咀嚼することに集中していた。
「さっき断ってたクエスト、ぼくが代わりに受けようと思うんだけど、いいかな」
マリオさんが依頼書を提示しながら伝えると、スターシャさんはしっかりクッキーを食べ終えてから頷く。
「モーリス・パラディール……あなたなら問題はなさそうね。助かるわ」
「よかった。友達になろう」
「え、一緒に行けるの? やったぁ!」
クルトさんもぐっと拳を握りしめて歓迎しているし、スターシャさんもご丁寧に握手を返している。が、直後に拒絶的な反応が湧き起こった。
「おい!! なんでこの人殺しがここにいるんだよ!」
<ダイヤモンド・ダスト>のメンバーらしき男2人がマリオさんに敵意を向けて、私はどきりとした。
「やあ、久しぶりだね」
「こんにゃろう、どのツラ下げて……!!」
「マリオさん、この人たちは……?」
緊迫した空気に圧されつつ尋ねると、マリオさんは軽い調子で答えてくれた。
「この2人はねぇ、ぼくの前のパーティで仲間だったんだよ」
「えっ……」
彼の前パーティ――<ブリッツ・クロイツ>といえば、リーダーたちが当時メンバーだったヘルミーナさんにひどいことをしていて、マリオさんがリーダーを始末したという事件があったはずだ。
「元仲間ならいいじゃん。仲良くやろうよ~」
「クルト! こいつは俺らのリーダーを殺したんだぞ!!」
「あれは事故だったじゃないか」
「とぼけンな!! スターシャ、こんな奴連れてかねェよな!?」
元<ブリッツ・クロイツ>2人の非難が飛び交う中、スターシャさんは考え込むように顎に指を添えている。
「……では、モーリス――マリオと呼んだほうがいいのかしら。あなた、この中の誰かを殺すつもりはある?」
「ないよー」
「なら、問題ないわ」
『おい!!』
あまりにもあっさりと受容したスターシャさんに、不満の声はヒートアップする。
「そんなんで信用できるわけねぇだろ!!」
「こいつが来ンなら、オレらは行かねェぞ!!」
「それで構わないわ」
きっぱりとした声に、猛っていた2人はきょとんと静かになる。
「あなたたち2人より、彼のほうが戦力的には役立つはず。リーダーの命令が聞けないようなメンバーは、私のパーティには必要ないわ」
身に刺さるような冷然とした口調と、有無を言わさぬ厳然とした態度に、2人は口を閉ざす以外何もできなくなっていた。
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