#28 冷たい十字架
マイペースな友情
「友達になろう!」
初めて見た。マリオさんが先手を取られるところなんて。
マリオさんがいつも使う誘い文句をそっくりそのまま繰り出してきたのは、クリーム色の癖っ毛を無造作に跳ねさせた、温厚そうな顔つきの青年だった。垂れ目をにっこりと細めて手を差し出しているが、腰に差した2本の剣を見るに、彼も勇者なのかもしれない。
「いいよー」
マリオさんものんびりと返事をして、青年の手を握り返す。<勇者協会>本部の手前で、謎の友情が成立した瞬間だった。
「おれ、クルト。きみと同じ勇者。よろしくね~」
「ぼくはマリオ。まあ、とっくに知ってるかもしれないけれど」
「あはは、バレたかぁ」
クルトさんは人懐こそうな笑みのまま、柔かそうな癖っ毛をくしゃくしゃとかき回す。マリオさんの友達を増やす作法を真似していたのだし、元々マリオさんのことを知っていたのだろう。
「いやぁ、実はうちのパーティの助っ人に来てほしくてさぁ」
なんとなく予想していた用件で、私は苦笑してしまう。<ゼータ>がいろいろなパーティから引っ張りだこ状態なのは、いまだに変わらない。悪いけど、お断りしないと。
「すみません。私たち今、同じような依頼で手一杯で……」
「きみ、かわいいね。マリオの友達?」
「えっ!?」
突然そんなことを言われて、頓狂な声を上げてしまった。戸惑う私のかわりに、マリオさんが応じてくれる。
「エステルは友達で、うちのリーダーだよ」
「へー、きみも勇者なんだね。強いの?」
「戦いには出ないんだ。ぼくたちのまとめ役」
「なるほどね。で、何の話だっけ」
自分から話を振っておいてそれを忘れてしまうなんて、クルトさんはかなりマイペースな人らしい。
「そうだそうだ、協力してほしいって話だった。でね、きみらが忙しいのは知ってるんだ。だから今は、『そのうちクエストの手伝いしますよー』って約束してくれるだけでいいんだよね。そうすればうちのリーダーも納得するから」
「リーダーさん?」
「うちのリーダー厳しくてさぁ。使えないって判断したらすぐ切っちゃう人なのね。おれもクビ切られそうなんだけど、人間そんなすぐ変わんないじゃんか。だから、人脈アピールでなんとかしようと思って」
何も取り繕うことなく赤裸々に自分の都合を語っているのに、嫌味な感じは全然しなかった。そういう人柄なんだろう。
「約束するだけなら構いませんよ」
「ありがとう! リーダーに紹介したいんだけど、たぶん訓練所にいると思うんだよね。先行っててくんない?」
「わかりました」
一緒に行かないのは、何か用事があるからかな。そう思ったけれど、クルトさんがのそのそと向かっていったのは、飲食店の並ぶ帝都の大通りのほうだった。
◇
訓練所人気はいまだ衰えず、勇者たちでごった返している。マリオさんはクルトさんのパーティのリーダーを探しに行ってくれて、私はその間待っていることにした。
そこで、意外な人物が目に入る。
「おお~~! あの練兵場が、ずいぶんキレーににゃったもんだにゃあ! よくわからん機械もいっぱいにゃあ!」
豪快で野太い大声に、特徴的な語尾。
「グラント将軍」
「にゃ?」
「エステルお姉ちゃんだ!」
将軍の大きな身体から、ひょっこりと娘のミアちゃんが顔を出す。
「おお、リーダーのお嬢ちゃんだにゃあ? 娘が世話ンにゃってますにゃあ」
「最近遊べてないよぅ」
「あはは、ごめんね」
むくれるミアちゃんに、グラント将軍は頭をぽんぽん叩きながら磊落に笑う。
「ここって、前は帝国軍のものだったんですよね」
「そうだにゃあ、昔はもっとボロボロでにゃあ。ま、オレが設備壊しまくったせいにゃんだけども」
以前見た将軍の暴れっぷりを思えば、さもありなんといった感じだ。
「おとーさん、あれやって!」
ミアちゃんが無邪気に指差したのは、腕力を測定する機器だった。もうすでに嫌な予感がした。
「ここパンチすると、強さがわかるんだよ」
「面白そうだにゃあ。どれ」
結論から言うと、測定器が消し飛んだ。
拳が当たった瞬間、砂粒ほどの細かい破片となって四方八方に飛び散っていった。合掌。
「これはどんくれぇの強さかにゃ?」
「すっごく強いってことだよ!」
設備が粉々になるのはもはや日常茶飯事で、そのたびに技術班の人たちが修理に駆けつけてくれる。お陰で日々性能がグレードアップしているらしいのだけど。
やって来たのは、ビャルヌさんとソルヴェイさんと、それからもう1人。
「あれ、エステルさん」
「ヤーラ君、今日もありがとう」
前にヤーラ君がレオニードさんのために義手を作ったとき、その技術があまりにすごかったので、ビャルヌさんたちにお手伝いをしながらいろいろ教えてもらおうとお願いしたのだ。平たく言えば、弟子入りってことなのかな?
「やっぱりどうしても壊れちゃうね。どうすればいいのかな?」
「いっそ壊れる前提で作って、自動で修復する機能をつければいいんじゃないですか?」
「それなら、測定と修復は別々の部品になるな。2つを繋ぐ回路は……」
敏腕2人の会話に自然に溶け込んでいるところを見るに、ヤーラ君の修行は順調みたい。
「……にゃあ、もしかして、壊しちゃマズイやつだったにゃあ?」
「大丈夫ですよ。しょっちゅうああなってますから」
図体に似合わず青い顔でびくびくしていたグラント将軍は、ほっと安心してくれたようだ。
そして休む暇もなく、お父さんに会えて嬉しいらしいミアちゃんに引っ張られて、模擬戦闘のフィールドに向かっていった。さて、将軍に勝てる勇者はいるんだろうか……。
なんて目を離している隙に、すでに測定器は前と同じ状態に復活している。もしかすると、ここには世界最先端の技術が結集しているのかもしれない。
「ビャルヌさん、ソルヴェイさん。ヤーラ君、頑張ってくれてますか?」
「うん! ヤーラくんはお勉強熱心でね、働き者でね、すっごくすっごくいい子なんだよ! でもねでもね、ときどき遅くまでお仕事してるのはよくないんだよ~。オイラの職場、遅くなる前に帰る決まりなのにっ」
「す、すみません……」
前にビャルヌさんの工房に行ったとき、そんな心得が貼ってあったっけ。
「ビャルヌさんもソルヴェイさんも、本当にいろいろなことを丁寧に教えてくださって……僕も何かお返ししたいんですけど――わっ」
なぜかソルヴェイさんがヤーラ君の茶髪をわしゃわしゃと撫で始めた。
「ちょ、あの、え?」
「ソルヴェイさんはヤーラくんとお仕事できてうれしいんだよ、きっと。オイラも2人と一緒にいられて、とっても幸せなんだ~。だからお返しとかはいらないんだよ」
ソルヴェイさんは今度はビャルヌさんをわしゃわしゃし始める。あれかな、小さい子とかを可愛がるのが好きなのかな。なんだか猫の親子が毛づくろいし合っている姿を連想して、和やかな気分になった。
「ざっけんなテメェ!!」
ほんわかムードをぶち壊すように、怒声が耳をつんざく。
おそるおそる声のほうに目をやると、見知らぬ小柄な少女に詰め寄っている暴漢の姿があって、私は戦慄した。逆立つ白髪と大柄な背中。間違いない、その方知り合いです。
「依頼よこしたのテメェじゃねぇか!! 今更何言ってやがる!!」
まず私が何をしているのか聞きに行きたいところなんだけど、その前にひょこっとマリオさんがやってきた。
「やあ、エステル。クルト君のところのリーダーを見つけたよ」
「ありがとうございます。でもその前に、ゼクさんを――」
「ほら、あそこ」
マリオさんが指で示したのはちょうどゼクさんの怒声を浴びせられている少女で、私は今すぐ土下座しに行くべく考えるよりも先に走りだしていた。
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