愛すべき馬鹿

「無理に決まってンだろこのボケ!!」


 テーブルに広がる大量の依頼書に実質1枚追加することになるレオニードさんの申し出を、ゼクさんは怒鳴り声ひとつで拒否した。


「すでに俺たちは予約がパンパンなんだよ!! これ以上やってられっか!!」


 冷たいようだけど、ゼクさんはなるべくレイの訓練に付き合ってあげたいと思っているみたいだから、嫌がるのも無理はないかも。


「うーわ、この紙全部そうなんすか!? くそう、世界はいつも俺以外の人間がモテやがる」


「ウンウン」


 話をどこまで理解しているかわからないゲンナジーさんが、そこだけ強く同意する。

 頼みを全力で断られたレオニードさんが渋い顔をしていると、ラムラさんが優雅に煙管の煙を立ち昇らせつつ話に切り込む。


「協力の依頼が多いって言っても~……要は、戦力の補強がメインなんじゃない? あたしたち、ヤーラがいればOKなのよね~。もし薬の支援依頼があっても、クエストには同行しなくていいでしょ~?」


「確かにそうだが……」


 スレインさんが言い淀んでいると、今まで特に興味もなさそうだったロゼールさんが急に身を乗り出した。


「いいじゃない。なんなら、そっちにエステルちゃんもついて行ったら? 戦うだけなら、私たちの誰かがいれば十分でしょう?」


 唐突な提案に驚いたけれど、ロゼールさんがわざわざそう言うのなら、とすぐに思い直す。


「わかりました。ヤーラ君もいい?」


「え? ……あ、はい」


 諦めに近かったレオニードさんは目を見開き、ゲンナジーさんはすーっと息を吸いながら徐々に大きな身体を後ろに反らせていく。


「……うおおおおおおおおおおッ!!! 女の子と、一緒ぉぉぉぉぉっ!!!」


 店を倒壊させかねない声量の雄叫びで、一気に空気が変わった。


「そうと決まりゃあ前夜祭だ! 飲もうぜ!」


「おい、ありったけのビール持ってこい!!」


「ゼクさんはまだ別の依頼書が――」


「もう構わん。適当に振っておけばなんとかなる」



 ……そうして誰もが予想していた通り、数時間もしないうちにべろべろの酔っ払いが3人ほど出来上がったところで。


「そういえば、私とヤーラ君が同行するクエストってどんなのですか?」


「おぉ~~? そらぁな、スーパーヒーロー・レオニード様の一大冒険活劇よ!」


 何一つ詳細のわからない返答に困っていると、ラムラさんが申し訳程度に情報を足してくれた。


「確かぁ~……どこかの街で住民が突然襲われてどうのこうの、ってやつだったかしらぁ」


「おう! そこの女の子も被害に遭ったらしくてよ! 許せねぇよオレぁ!!」


「そうらぁー!! 俺たちが街の平和を守り、ヒーローになって女の子にモテるのらぁ!!」


 赤らんだ顔をさらに真っ赤にさせて、ゲンナジーさんとレオニードさんが吠える。が、テンションを上げたせいで酔いがさらに回ったのか、レオニードさんの顔が赤を通り越して青くなった。


「うっぷ……やべぇ、吐きそう」


「えっ!?」


 その一言に、私まで青くなる。こんなところで吐かれたらたまったものじゃない。

 そんなピンチに駆けつけてくれたのは、泥酔して爆睡していたゼクさんを介抱していたヤーラ君だった。


「先輩、また飲みすぎたんですか? 外出ますよ、ほら」


「うおぉ……上と下がわかんねぇ」


 さっきの物憂げな顔とはうって変わって、ヤーラ君はいつもの調子でレオニードさんの手を引いていく。2人が店を出るのを、私は拍子抜けしたような気分で見送った。


「……最近、またちょっと調子悪そうなのよね~、ヤーラってば」


 ラムラさんはさも頓着がなさそうな声で呟く。


「そうなんですか?」


「わかりやすいじゃない? ほら、爪」


 ヤーラ君がいつもやっているように、彼女は長い綺麗な爪を噛む素振りを見せる。

 前にレイたちの手伝いに行っていたときはそんなふうには見えなかったけれど、いったいどうしたのだろう。


「……帝都に帰ってきてからずっとあんな感じなんだけど~……知らない?」


「え?」


 つまり、「最果ての街」から戻って以来ずっとヤーラ君は何か悩んでいるということだ。まったく気づかなかった。

 思い当たる節はないでもない。向こうであったことといえば、思い出すだけでも恐ろしいあの村の惨劇。


「でもほら、ああやって忙しく動き回ってるうちは元気だから~」


「……レオニードさん、気を遣ってくれてるんですね」


「どうかしらね~。まあ、あいつは馬鹿そうに見えて馬鹿じゃないとこあるし……でも、やっぱり馬鹿なのよね~」


 クスクスと笑うラムラさんの後ろで、おおよそ人間のものとは思えない大イビキが鳴り始めた。



  ◇



 <BCDエクスカリバー>のクエストに同行する当日。朝日に照らされた馬車の前で、レオニードさんが声高々に叫ぶ。


「番号~~っ!! イーチ!!」


「2~」


「えーとぉ……いち、にぃ……3!」


「4……」


「ご、ごっ!」


 なぜか列を為して点呼を取った後、レオニードさんとゲンナジーさんはじっと顔を見合わせて、ふるふると身を震わせた。


「……うおおぉぉ~~~っ!! エステルがいるぞぉ~~~っ!!」


「ぐふぅぅ……っ!! 夢みてぇだぁ……っ!!」


 私なんかがいるだけでそんなに嬉しいものなんだろうか。ゲンナジーさんなんて涙まで流している。

 ラムラさんだってとびきりの美人だと思うんだけどなぁ……と、当の彼女に目を投げると、いつもの飄々とした雰囲気が微かに薄れている気がした。


「今度の目的地は~、交易都市として栄えてる大きな街よ~。そこで突然人がいなくなって、傷だらけで帰ってくるっていう事件が起こってるみたいなの」


「へぇ、そいつがクソッタレ魔族の仕業ってわけか」


「う~~ん、それがぁ……」


 ラムラさんにしては珍しく、少し渋い顔を挟んで続ける。


「あんまり詳細がわからないもんだから、もしかしたら魔族が無関係の事件って線もあるのよね~。そしたら、あたしらの管轄外になっちゃうんだけど~……」


「なァんだ、そんなの関係ねぇよ。だったら、俺らが個人的に犯人の野郎をぶっ飛ばしゃあいい!」


 レオニードさんが頼もしい笑顔を陽光に晒すと、ラムラさんはいまだ薄暗さの残る顔で「そう」とだけ呟いた。



  ◆



 帝都を発つ前夜、自室で眠っていたラムラは誰かの気配に目を覚ました。その正体にはすぐ察しがついたので、さして慌てることもなく窓を開ける。


「やあ。夜分遅くにどうも」


 外からではどう考えても侵入できないはずの3階のバルコニーの手すりに、彼はいたずらっ子のような笑顔で座っていた。

 腕利きの情報屋、ロキ。2人はお互いに情報を提供し合うビジネスパートナーのような関係だった。


「珍しいわね~、直接お話に来るなんて。お茶でもいかが?」


「悪いけど、眠れなくなっちゃうし。君たちあれでしょ? 失踪事件のクエスト行くんだよね、エステルとかと一緒に」


 他の誰かに話したつもりのないことでも、彼は当たり前のように知っている。


「ええ、それが何か?」


「敏腕情報屋ロキさんの最新情報によると……それ、魔人が絡んでるっぽい」


 常に口元に余裕を浮かべているラムラも、さすがに面食らった。

 魔人、というだけでも単純にクエストの難度が跳ね上がる。それに加えて、ロキがわざわざ警告しに来るほどの相手といえば――


「例の、魔王の娘さんのお友達?」


「かもね」


 こう見えて、ロキは確証のないことを軽々しく口にはしない。信憑性は相当高いと見える。


「<ゼータ>の誰かがいれば逆にチャンスなんだろうけど、今はほとんどみんな出払っちゃってるしね。個人的にはキャンセルをおすすめしたいところ」


「たぶん、無理ね」


 この即答には、敏腕情報屋も当惑気味だった。


「そりゃあ、あたしも危険は避けたいわよ。でもね~……うちの馬鹿たちがそれを知ったら、行くって言って聞かなくなるのよ~」


「……なるほど、そりゃあ難儀だね」


「でしょ~? まあ、なるべく魔人のお友達さんには遭遇しないように気をつけるから」


 魔人に出くわしたとして、現状の戦力では正面から太刀打ちできる力はないとラムラは判断していた。

 それでも、特にレオニードは絶対に引かないだろう。ラムラからすれば呆れるほど馬鹿なのだが、馬鹿だからこそ、彼女はこのパーティを選んだのだ。

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