酔いどれブルース
私たちが馬車を降りると、すぐさま雑踏と人の声の行き交う派手な喧騒に出迎えられた。街中を埋め尽くすほどの人、物……帝都に出たときの活況にも驚いたけれど、そのときに引けを取らないくらいこの街は栄えている。
青々とした海を見渡せる高台から、大きな船がどんと連なる船着き場まで下りると、ずらりと立ち並ぶテントとそこら中を埋め尽くすような多種多様の香りが鼻とお腹を誘惑してくる。
こうなれば、当然レオニードさんは――
「飲もうぜ~~~~ッ!!!」
屋台から溢れる大声にも負けない声量だった。
「レオニードさん、私たちはクエストのために来たんですよ」
「んなこたァわかってるよ。だが、地元の連中が集まるところのほうが、情報も手に入るだろ?」
「うおお、レオニード頭いいぜぇ!」
「あたしも賛成~。この街なら世界中の珍味が楽しめそうだしね~」
誰も本来の目的を覚えていないんじゃないかという疑念が浮かんだが、彼らの正義感に期待して私もその提案に乗ることにした。いや、別においしいものに釣られたとかそういうわけでは断じてない……はず。
「ヤーラ君は何か食べたいものある?」
「……いえ、僕は別に」
誰もが活気づいている中で、ヤーラ君だけは感情を失くしたように静かだ。調子が良くないとは聞いていたけれど、どんどん悪化しているような気さえする。
「前にお祭りに行ったときは、一緒にクレープ食べたよね。甘いものとか、どうかな」
「……」
「なぬぃいいいいいいいいいっ!!?」
ヤーラ君の返事が出てくる前に、爆弾みたいな絶叫が耳をつんざいた。
「き、き、き、聞いてねぇぞヤーラぁ!! オレたちの知らねぇところで、エステルと、デ、デ、デー……うぐああああああああっ!!!」
「くぬやろーっ!! お前、先輩差し置いてな~~~にモテモテライフ送っとんじゃコラァ!!」
ゲンナジーさんとレオニードさんの意味不明な嫉妬は、物憂げだったヤーラ君の表情を蔑みまじりの呆れ顔に一瞬で塗り替えてしまった。
そうして私たちは情報収集という名目の食べ歩き(飲み歩き)に乗り出し、当然というかもはやそうなることが運命づけられているかのように、酔っ払いの行進が始まったのだった。
「市民の皆様ァ~~お待たせしましたぁ!! この<ブラッド・カオス・ドラゴン・エクスカリバー>の伝説の勇者レオニード様がぁ~~街の平和を取り、ヒック、戻しまぁ~~~す!!」
「うおおぉぉ~~!! 魔族を叩き潰~す!!」
「そして俺たちはぁ~~只今、彼女募集中!!」
「うおおぉぉ~~!! お友達から始めてくださぁ~い!!」
普段の飲み会との決定的な違いは、屋外であるということ。それすなわち、この酔っ払い2人の恥ずかしいことこの上ないシュプレヒコールが、街中の人々の前に晒されるということだ。ラムラさんは我関せず屋台の店員さんと話し込み、ヤーラ君は早々に「他人のふりをしましょう」と距離を置いた。
街の人々もここまで派手に飲んだくれている人は珍しいのだろう、彼らの前で人ごみが綺麗に分かれていく。だからふらふらの千鳥足でも歩けていたのだけど、ついに誰かにぶつかった音がして「きゃっ」と可憐な悲鳴が上がった。
「おっと、悪い……」
レオニードさんとゲンナジーさんは、ぶつかって座り込んでしまった少女を見て一斉に硬直する。
「いたぁ~い! もぉ、サイアク……」
やや鼻にかかったような声でくりくりした瞳を潤ませている、可愛らしい女の子。2人の顔からアルコールが消し飛んだのは一瞬だった。
「お嬢さん!! 失礼しました、お怪我はございませんか?」
「うおぉっ!! うおっ、うおぉぉ……」
レオニードさんの声は1オクターブほど低くなり、ゲンナジーさんは言語能力を失ってしまったと見える。
少女は差し出された手も無視して、マイペースに立ち上がった。
「あんたたち、誰?」
「お、俺はAランク級のカリスマ勇者! ブラッド・カオ――」
「あっ! カイく~~ん!!」
少女は自分の質問も置き去りに、人ごみから出てきたひときわ背の高い男に手を振り、駆け寄ってダイブするように抱きつく。
「もぉ~~、チョー探したんだよ? ここ、人間多すぎるし!」
「悪い悪い。今度からはぐれねぇように手ぇ繋ごうぜ」
「わぁ、カイくん頭いい~っ!」
2人はお互いの指をしっかり絡ませて、また雑踏の中へと戻っていく。そんな光景を見せつけられたレオニードさんとゲンナジーさんの間に、寒々とした木枯らしが吹き抜けていった。
「……くっそぉぉ――ッ!! ンだよイチャコラしやがってコラァ!!」
「ぐふああああああっ!! オレもあんなふうに女の子と手ぇ繋ぎてぇよぉぉぉぉっ!!」
青空に吸い込まれる絶叫に1ミリくらい同情しつつ、私はヤーラ君と一緒にクレープを食べに行った。
◆
酔っ払いたちの行進から少し離れた長い階段のど真ん中。串や包み紙など屋台で買った食べ物の残骸を散乱させている品のない女が、食べかすを撒き散らしながら揚げ物を頬張っている。
「うっめぇ~~!! これまじでうめぇ~~!! お前も食えよ、ほら!」
数段上に立っている神経質そうな男は、差し出された食べかけの白身魚のフライから目を逸らした。
「……いらん」
「なんだ、付き合い悪ぃな! せっかくこんなでっけぇ街に来たのにさー」
そもそもここに来た目的は食事を楽しむことではないのだが、男は突っ込むのも面倒なので、ため息ひとつで文句をかき消した。
2人がいる場所はあまりにも汚く、通りゆく人々はあからさまに避けていたので、近づいてくる2つの影はやたらと目立った。手を繋いで人目をはばからず戯れ合っているので、なおさらだ。
女のほうは、先ほどレオニードとぶつかった少女だった。
「あ! カインとミカルじゃねーか!」
品のない女が衣のカスがついた口の両端を上げて叫ぶ。名前を呼ばれた少女が手を振った。
「ダリアとセトだぁ~!」
人で溢れかえるほど栄えた港町の一角で、人間界に潜入している魔族4人が、人知れず顔を揃えていた。
「お前らもうこれ食った? 人間の食い物うまくねぇ? レメク兄が入り浸るのも頷けるっつうか」
「俺としちゃあもう少し刺激が欲しいトコだなァ。骨のある人間がいねェ」
「カイくん、チキンの骨ならそこにあるよ!」
「……オマエラ!!」
会話レベルの低さに眉間の皺を深くしたセトが、苛立ちを大声に乗せる。
「オレ達の目的を忘れたか!? 人間達の撹乱、それも目立たないように! メシなんか食ってる場合じゃない!!」
「んじゃ、酒飲むか」
「そういうことじゃネェーッ!!」
ダリアを始め、カインもミカルも事の深刻さをほとんどわかっていないらしい。セトは頭痛を堪えながら話を続ける。
「……カイン、ミカル。オマエラ、そもそもこの街で何してた? 人間にちょっかい出してないな?」
「別になんも。適当な奴攫って、腕試ししてただけだぜ」
「ザケンナ!!」
セトの血管が千切れかけている傍らで、ダリアがゲラゲラと笑い転げていた。
「でもぉ、連れて来た人間にはバレないよういろいろやったしぃ? カイくんカッコよかったからぁ、イッセキニチョ~♪」
「……オマエの魔術は知ってる。けどな、あんまり大ゴトになると、人間どもの勇者が来る」
「ユーシャ? ミカ、さっき会ったよ?」
「ハァ!?」
「なんかねぇ、『俺たちはAランク級の勇者だ~』とか喋りながら歩いてて、ミカとぶつかった」
「あいつらか。何かクソほど酔ってたな。人間の中じゃァ面白そうな奴らだったぜ」
セトの情緒の波がだんだん凪いでくるとともに、彼の中にある考えが浮かんだ。
「……なるほど。バカな味方はウンザリだが、バカな敵はオイシイ」
「なんだよ、セト~。なんか面白いこと思いついたか?」
「ダリアはダメ、目立ちすぎる。さっきも言った。オレ達の目的は、目立たずに人間達を撹乱するコト」
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