人気パーティ

「ところでよぉ、エステル。ヤーラの奴はどうよ、最近」


 ガルフリッドさんを一通りからかったレオニードさんは、今度は私に話を振る。


「いつも通り、頑張ってくれてますよ」


「へぇ……」


 気のない返事だったけれど、どこか腑に落ちない感じを孕んでいる気がする。


「で、当のあいつは――……あーっ!!」


 叫び声を上げたレオニードさんの視線の先には、<クレセントムーン>の女の子たちに囲まれているヤーラ君がいた。


「野郎、俺を差し置いてモテやがって!!」


 意味不明な理由で怒り出したレオニードさんに呆れてか、ガルフリッドさんはため息をついて「くだらねぇ」とだけ残し、大儀そうに去ってしまった。ひとまず、私もヤーラ君たちのところへ行くことにする。


「君は金の卵の予感がするねぇ。歳、いくつ?」


「リナ的にはもうちょっとガッシリ感がほしいですね~」


「はあ、どうも……」


「あ、あ、あの、そういうお話をしに来たわけでは……」


「やい、テメーッ!!」


「ひゃん!!」


 レオニードさんの怒号にタバサちゃんがひっくり返ったところで、困っていたヤーラ君の眼が瞬間冷却した。


「……なんですか?」


「俺も女の子に囲まれてチヤホヤされたい!!」


「知りませんよ」


「うちら、単に回復薬を作ってもらおうとしてただけよ。ねえ、マーレ?」


「あー……そういう側面もあるね」


「そういう側面しかないわよ!」


 エルナさんの説明で合点がいった。タバサちゃんが魔術師に転向して回復役がいなくなったから、ヤーラ君に薬を依頼したいのだろう。


「でー? このチンピラみたいなお兄さんは誰ですー?」


「俺はBランク優勝候補筆頭格<ブラッド・カオス・ドラゴン・エクスカリバー>のリーダー! 次世代を担うスーパーヒーローことレオニード様だ!」


 リナちゃんの眼まで瞬間冷却したのは言うまでもない。


「えと、えと、ブラック、カオス、エクス……えくすきゅーずみー?」


「タバサ、そんなヘンテコな名前覚えようとしなくていいです。コレは関わっちゃダメな人種です」


「何をぅ、<勇者協会>随一のイケメンに向かって!」


「いや、イケメン勇者トップはスレイン様かシグルド様だよ」


「なんでそこだけ主張強いのよ」


「いやぁ、さっきスレイン様とお手合わせしてもらったんだけど、対応がめちゃくちゃ紳士でさ! 1000回惚れ直したよね!」


 マーレさんが興奮気味にスレインさんを褒めそやしているのが、レオニードさんには気に食わなかったらしい。


「……ほーう? このレオニード様のほうが強くて紳士的ってとこ、見せてやろうか?」


「え、何? 模擬戦やんの? あたしじゃ瞬殺されちゃうよ~」


「安心したまえ。俺は紳士だからこのスーパー加速装置は使わん」


 変な口調になったレオニードさんは靴に埋め込んである装置を取り外した。いつもはあれを使って尋常じゃないスピードを出しているのだろう。


 それならばとマーレさんも承諾して、2人は模擬戦闘のフィールドに入る。なんだか妙な話になってしまったと私たちが困惑している中、ヤーラ君は我関せずと回復薬の支給について淡々と話し合いを進めていた。


「俺は紳士だから、先手は譲る」


「はいはい、ありがとう。……1対1って、あんま得意じゃないけど――」


 斧を構えた途端、マーレさんの目つきが戦闘モードに切り替わる。

 真っすぐ向かっていった彼女は斧刃に重力を乗せて斜めに一振りし、レオニードさんは咄嗟にバク転してアクロバティック回避を決めた。


 マーレさんは手を休めず、空中に曲線を引くように何度も斧を振り回す。レオニードさんはすべて綺麗に避けているが、反撃の隙を与えてもらえない。


「やるじゃねーか!」


「そちらこそ!」


 ぶん、と斧が空を横切ったとき、レオニードさんはマーレさんの懐に潜り込んでいた。両手に2本の短い刃が光り、一筋の直線を描くように飛び上がる。その刃は彼女の首元ギリギリのところをすり抜けた。


 そこからは形勢逆転。レオニードさんがほとんど密着するくらいの至近距離からナイフを滑り込ませ、マーレさんが斧やガントレットで軌道を反らせる、という攻防の繰り返しだ。なんとかいう装置がなくても、さすがにレオニードさんのほうが動きが素早い。


 が、マーレさんが斧刃の下部と柄の部分を鉤爪のようにしてレオニードさんの右腕を引っかけると、旗色がガラリと変わる。


「あ、やべ」


 青い顔でそう漏らしたときには、レオニードさんは盛大にずっこけていた。

 ひっくり返った彼の首元に、すっと差し出される刃。


「……勝っちゃった」


 斧の主は照れ臭そうに笑った。


「別に、すぐ治るんだからぶった切ってくれても構わねぇのに」


「やだよ。痛いには痛いんでしょ? ほら、立てる?」


「……お前、めちゃくちゃいい奴だなぁ」


 マーレさんの手をとって、レオニードさんが起き上がる。どっちがイケメンかわからないな。

 エルナさんたちは勝負の結果に喜んでいて、マーレさんを歓迎していた。


 ただ一人、傍観していたヤーラ君だけは――眉のあたりに影を落として、物思わしげに突っ立っていた。



  ◇



 訓練所で一通り訓練というかお遊びというか一部破壊行為を終えた私たちは、いつものお店に集まって、いつもより静かにテーブルを囲んでいた。

 ……大量の依頼書の山を目の前にしながら。


「どうすんだよ、これ」


「どうしましょうか……」


 話を振ってきたゼクさんも、振られた私も解決策が1つも思いつかない。

 この依頼書は他パーティから<ゼータ>への支援要請で、なぜか今日になって大量に寄せられることになってしまったのだ。

 まず苦言を呈したのは、ロゼールさんだった。


「きっとスレインのせいよ。この人ったら模擬戦闘希望の女の子集めて、行列になってたんだから」


「自分で集めたつもりはないが……断る理由もないだろう。それを言うなら、ゼクだって目立っていたじゃないか」


「勝負挑まれて受けねぇ馬鹿がいるかよ」


 測定器を粉砕したゼクさんは腕に自信がある勇者たちから格好の的となり、全員を返り討ちにして、ついでにあらゆる設備を破壊していた。本当に、ソルヴェイさんには詫びきれない。


 あまりに申し訳ないということで、途中からヤーラ君が修理の手伝いに入ってくれた。それはそれで悪いなと思ったのだけど、本人からは「勉強になりましたから」と満点のフォローをいただいた。


 そんなこんなで大いに注目を集めた私たちは変に興味を持たれてしまったようで、なぜか現在多数のパーティからお誘いを受けている。


「誰の責任かは今は置いといて、これの処理をどうするか考えようよ」


 マリオさんが話し合いの軌道修正をしてくれる。


「どれを引き受けてどれを断るのか、誰がいつ担当するのか……まずは優先度で振り分けようか」


「そうだな。なら、緊急性の高そうなものから――」


 スレインさんとマリオさんがうまく分類してくれている間、私はちらりと視線を傾ける。

 さっきから心ここにあらずといった顔つきで爪を噛んでいる、ヤーラ君。


「ねえ……」


 そう声をかけようとしたところに、別の声が割り込んできた。


「おーっ!! ヤーラと<ゼータ>じゃねぇか!!」


 突き抜けるような大声に振り返れば、いやに陽気なレオニードさんと、その仲間のゲンナジーさんやラムラさんがいた。


「なんだお前ら、ここの店に来るなんざ珍しいじゃねぇか」


「いやー、ゼクの兄貴たちいるかなーって。一緒に飲まねぇっスか?」


「馬鹿野郎、俺たちゃ今仕事の話してんだ」


「なんだ、兄貴と飲み比べ勝負したかったのに」


「おお!? 上等だ!!」


「ゼクさぁん!!」


 勝負を挑まれたら絶対に受けてしまう病のゼクさんを引きとめていると、マリオさんが間に入る。


「ぼくたちを探してたってことは、ぼくたちに用事があるんじゃないの?」


「ぬっ……。まあ、そーだけどよ」


 ふっと私の脳裏を嫌な予感がかすめた。


「もしかして、用事って――」


「ああ、俺たちと一緒にクエストやってもらいてぇんだよ」

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