#27 聖剣の勇者のように
ニューオープン
協会からかなり離れたその場所に、本部の勇者たちがこぞって集まっていた。私たち<ゼータ>も例外ではなく。
広々とした敷地の中に点在する、不思議な設備。弓矢の的やダミーの藁人形はまだわかる。中央にはテニスコートのような区画が並んでいて、おそらく戦闘などを行う場所なのだろう。それ以外の機械らしきものたちは、よくわからない。
ここは、かつて帝国軍の練兵場だった場所、らしい。今は――勇者専用の立派な訓練場に生まれ変わっている。
驚くべき短期間で、驚異的な完成度で仕上げられたこの施設。その大改造を担った天才技師は、大勢の勇者からの質問攻めを受けて、ただ一言。
「わかんねぇ」
ソルヴェイさんは一切の説明を放棄してしまい、勇者たちの困惑は加速する。
そこにテコテコと慌ただしい足音を立てて救世主が現れた。ビャルヌさんだ。
「ごめんねっ、最後のメンテナンス終わんなくて……。わあ、勇者さんたちがいっぱい集まってくれて嬉しいなぁ」
モコモコのおヒゲがふるんと揺れ、挨拶代わりの癒しを提供されたところで、勇者たちを代表するようにトマスさんが切り出す。
「ここの施設の使い方を説明してほしいんだが」
「もちろん! まずはあっちの基礎練習場からね」
ビャルヌさんはまたテコテコと的や藁人形が並んでいるところに向かった。的はやはり弓の練習用で、藁人形は武術の技の練習台のようだった。が、的が縦横無尽に動き出したり、斬られた人形が再生したりしたときにはさすがにみんなして驚いていた。
続いて、丸い水晶のようなものが置かれた台座や上から吊るされた砂袋みたいなものが並ぶ場所の説明に入った。ここにある装置は魔力や腕力などの基礎能力を測定できるものらしい。
「オレやってみたい!」
興味津々だったレイが挙手すると、ビャルヌさんはモコモコのヒゲに満面の笑みを浮かべた。
「いいよ! このまぁるいところをね、おもっきしパンチしてね」
吊るされた砂袋の脇で、ビャルヌさんが短い腕を突き出してパンチの真似をしてみせる。
レイは1つ深呼吸をして気合を注入し、言われた通りに丸が描いてある部分に思いきり拳を叩き込む。
パン、と小気味のいい音がして、横に設置されている計測器の針がぐるんと回った。
「すごい、87! 100を超えたらもっとすごいんだけどね」
「ちぇー」
ここで満足するのはレイの向上心が許さないようで、不満そうに口を尖らせている。
「俺にもやらせろ」
そう言って大魔王みたいに登場したのは、ゼクさんだった。
愛弟子の仇をとるというわけではないが、100を超えた景色を見せてあげたかったのだろう。しっかりと拳を固く握りしめて、雄々しい掛け声とともに一突き!
装置が木っ端微塵に吹き飛んだのは、言うまでもない。
すぐにソルヴェイさんがやって来て修理に取り掛かってくれたが、「やっぱりか」と呟いたのを私は聞き逃さなかった。
「最後はこの訓練所の目玉だよ!」
気を取り直して、とビャルヌさんは丸い鼻をふんふん鳴らし、太い指を広げてテニスコートみたいな区画を紹介する。
「ここは模擬戦闘ができる場所でね、大会でもおんなじシステムを使う予定なの!」
「じゃあ、安全対策はバッチリなんですね?」
私が聞くと、ビャルヌさんは大きく頷いた。
「うん! えっとね、この中に入った人は魔法の身体になってね、外に出たら入る前の状態に戻るの!」
つまり、中で戦ったとしてもそこから出れば傷やなんかは全部リセットされるってこと?
無邪気な子供のような喋り方でつい忘れそうになるが、それってとんでもない技術なんじゃないだろうか……? ビャルヌさんとソルヴェイさんが協力すれば、こんなすごいものができるんだ。
「でもねでもね、まだちゃんと動くか試してないからね、今日は使えないんだぁ」
「実験なら、今やればいい」
すっぱりと言い放ったのは、スレインさんだった。
「死なない程度の模擬戦闘を行って、システムが正常に動くか試せばいいんだろう?」
「じゃあ、ぼくも協力しようか」
マリオさんまで名乗り出たので、私はほんのちょっと心配になってきた。
「スレインさん……」
「大丈夫、無茶はしない」
スレインさんとマリオさんがさっそく四角い線で区切られた場所に入ると、淡い光が2人を包んだ。ビャルヌさんの言う「魔法の身体」になったのだろう。
「じゃあ、ぼくが試しに斬られてみようか?」
「いや、私が――」
「めんどくせぇ、攻め手の速ぇほうでいいじゃねぇか」
なぜかゼクさんの脳筋案が採用されたようで、2人の眼つきが敵を前にしたときのそれに変わった。
合図代わりにとマリオさんがコインを弾き上げる。ピィンと垂直に飛んだコインは、回転の残像を引きながら落ちていく。
床が鳴ると同時、鋭い剣と糸が交差した。まばたき1つの刹那のうちに、2人の立ち位置が入れ替わっている。
お互いに背を向けていた両者が眼だけで振り返ると――鮮血が噴き上がって地面を染めた。
「って、ちょっと!! 大丈夫ですか!?」
「腕と脚なら死にはしないさ」
「そういう問題じゃないです!!」
スレインさんは太腿の辺りから、マリオさんは肘の辺りからそれぞれ洒落にならない量の血を流している。私とビャルヌさんが蒼ざめ、ついでにどこからかタバサちゃんの悲鳴が響く傍ら、当の2人は平気な顔でフィールドから出てきた。
外の空気に触れた瞬間、その痛々しい傷は綺麗さっぱりなくなって、床を染めていた血まで消え去っていた。
「へえ、これすごいねー」
腕をぶらぶらさせながら、マリオさんが無感動な調子で感動を伝える。作り手のビャルヌさんも、システムが正常に作動したことに心底ほっとしている様子だった。
「確かにすごい技術ですね。痛みもないんですか?」
「いや、痛覚は普段と変わらなかった」
「えっ」
2人とも、あの怪我でも全然痛がってなかったってこと……? やっぱりこういう危ないことは今度から控えてもらおう。
一通りの説明も終わり、集まった勇者たちはさっそく訓練所の中に散らばっていった。
ビャルヌさんが目玉と言っていた模擬戦闘場はやはり一番人気で、トーナメントの予行も兼ねてかいろんな人たちがお互いに腕を比べ合っていた。
他にも、弓や剣術の練習をする人、腕力や魔力を測定器を使って競い合う人、それから……設備を壊してしまう人まで。みんな、この訓練所を存分に活用していた。
私は戦闘訓練なんてできないので、みんなの様子を眺めているだけだったけれど、それでも十分だ。
そして、私と同じようにただ見ているだけの人が、もう一人。
「技術の進歩ってやつはまったく、恐れ入る」
ガルフリッドさんは椅子に座ったまま、独り言のようにぼやいた。
「すごいですよね。これなら安全に、効果的に訓練できる気がします」
「ああ。……俺の若ぇ頃はもっとチンケな機械で大騒ぎしてたもんだがな」
「時代ですねぇ」
なんでもない話をしていると、威勢のいい大声が飛び込んでくる。
「おー、ガルフのオヤジじゃねーか! そのトシで若い女の子に手ぇ出そうってか?」
「馬鹿言うんじゃねぇ、レオニード」
「聞いたぜ~? 女の子と2人っきりでパーティ組んでるって。まったく隅に置けねぇジジイだなぁ、おお?」
「あんなキャンキャンうるせぇ子犬みてぇなガキに興味はねぇよ」
年齢的には娘くらいのレイに気があるわけじゃないのはわかるけど、「興味はない」はたぶん嘘。
「お前のほうこそどうなんだ。腕、魔物に喰われたって聞いたぜ」
「この通り!」
レオニードさんは義手でガッツポーズを取り、そこから刃を飛び出させた。
「将来的にロケットパンチが搭載される予定だ」
「それ、意味あんのか?」
いつものようにおどけた調子で振る舞っているように見えるけど――腕のことに触れられたとき、レオニードさんの眉根に一瞬だけ影が差したような気がした。
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