Eランクの本気
翌日、再び全員で合流した頃には、みんなの顔つきが明らかに変わっているのがわかった。タバサちゃんはやや落ち着きを取り戻し、顔にきりりと戦意をみなぎらせている。リナちゃんは興味がなさそうな素振りを見せつつも、少し緊張の色が見える。
マーレさんもいつも以上にはりきっていて、エルナさんはいい塩梅にリラックスしている。ロゼールさんはいつも通り気だるそうで、ノエリアさんは……なんというか、頑張っている。
今日はいよいよ今回の標的であるアークイーグルと戦う日だ。作戦としては、元<アルコ・イリス>の4人が二手に分かれて敵の巣を叩き、出てきたところをリナちゃんとタバサちゃんが迎え撃つ、というもの。もちろん何かあれば元Aランク4人のバックアップが入る。
……それで、チーム分けは昨日とほぼ同じでロゼールさんとマーレさん、ノエリアさんとエルナさん、という形になり……またしても、ノエリアさんはロゼールさんから切り離されてしまったのだ。
ちょっと、いや、相当落ち込んでいると思うけれど、ノエリアさんは自前の責任感でぐっと堪え、自分の責務を果たそうとしている。もう尊敬の念しか湧かない。
「ロゼールさ、なんかノエリアに厳しくない?」
見かねたマーレさんがそっと苦言を呈すると、ロゼールさんは髪を指でもてあそびながら笑う。
「別に、意地悪してるんじゃないのよ。ノエリアちゃんならうまくやってくれると思って」
「おっ……!! お姉様にそれほどの信頼をいただいているとなれば、離別の悲しみなど些末なもの! このノエリア、お姉様のご期待を裏切らぬよう尽力いたしますわ!!」
ロゼールさんの一言でいつものように大ハッスルしているノエリアさんだけど、私にはどこか無理をしているように映った。
4人はそのまま別々のルートで森の奥のほうに向かって行き、私はリナちゃんとタバサちゃんの2人と一緒に残された。
「たくさん打ってどれかを当てる、たくさん打ってどれかを当てる……」
タバサちゃんはエルナさんから教わったであろう戦術(?)を呪文のようにぶつぶつと繰り返している。
リナちゃんは少し複雑そうな表情を浮かべていた。タバサちゃんが魔術師に転向したことは知っているわけだし、元々自分の魔術に自信がないみたいだったから、いろいろと思うところがあるのだろう。
「大丈夫」
嘘偽りのない気持ちでそう言ってみた。大丈夫、なんにもできない私だって、リーダーなんかやってるんだから。
そのたった一言がどれほど効果があったのかはわからないけれど、ピリピリと張りつめていた空気がわずかに和らいだ気がした。
しばらく待っていると、遠くの木々がざわめく音がした。
葉を砂塵のように舞い上げて、天に飛び立つ黒い影。両翼を広げたそれは太陽の光を遮って、風の波に身を乗せる。そのまま大空を滑り降りて、空を裂き木々をかき分けながら真っすぐに突き進んでくる。
大鷲の魔物、アークイーグル。
想像以上の大きさ、想像以上のスピード。Eランクだった駆け出し勇者の2人は、それだけで冷静さを失いそうになっている。私は声を張り上げた。
「大丈夫! マーレさんもエルナさんも、ロゼールさんもノエリアさんも、2人のことを信じてるから!!」
まず、タバサちゃんが顔を上げた。上空に迫り来る大鷲に向かって手のひらを突き出す。
「たたたた、たくさん打ってぇ~~~っ!!」
自棄になったようなひっくり返った声色ながら、その手は確かに幾筋もの炎の渦を纏っている。それらは一斉に火炎の弾丸となって、こちらに直進してくる大鷲に飛び掛かっていった。
いくつかの火は風圧に消し飛んだが、たった1つが鷲の額を焦がし、速度を緩めさせた。
「あ、あ、当たっ……」
タバサちゃんが呟いたのも束の間、私たちを通り過ぎていたアークイーグルは苛ついた様子で振り返る。あの魔術も大したダメージにはなっていないようで、突然攻撃を仕掛けた私たちが標的にされる結果となった。
空の狩人の鋭い眼に睨まれたタバサちゃんは、第二撃を放つ余裕を失い、恐怖で動けなくなってしまったようだ。
そんな彼女の手を引いたのは、リナちゃんだった。
「いったん隠れるですよ!!」
リナちゃんは素早くタバサちゃんを茂みに誘導し、半ば押し倒すような形で地面に伏せさせる。私も木の陰のところに屈んで避難した。鷲の爪はすんでのところで何も掴むことなく空を裂き、過ぎ去っていった。
「隠れながら魔術で攻撃するです! 移動しながらやれば、捕まることはないです、きっと!」
「え、え、う、うん!」
リナちゃんは存外冷静で、半分パニックになりかけているタバサちゃんに的確な指示を出している。タバサちゃんは言われた通り、再びこちらに旋回してくるアークイーグルに第2撃を放った。
エルナさん仕込みの「数うちゃ当たる」戦法はタバサちゃんと相性が良かったと見えて、無数の火炎は着実に敵の体力を削いでいた。
だけど、それで終わるような魔物なら「Bランク級」とは呼べないはずだ。
姿も見せずに炎を放ってくる相手に対して苛立ちが限界に達したらしい大鷲は、飛距離を大きく伸ばしながら上空をぐるぐると回り始めた。徐々に徐々にスピードが上がっていき、私たちのいる地上にだんだんと強い風が巻き起こる。
かなり遠くの方へ行っていた大鷲は急に身体を180度転換し、吹きすさぶ風を伴って、今までとは段違いの速さで突進してきた。高度は次第に下がっていき、地面すれすれのところまで達すると、風圧に押しのけられた木々たちがとうとう耐え切れずにへし折れて弾き飛ばされる。
もはや空を飛ぶ巨大な刃物となった大鷲は、森の緑を残らず刈り取りながら私たちのほうに迫ってきている。隠れる場所のなくなった私たちは、地面にしがみついて強風に耐えるしかなかった。
無防備な3人の勇者に、大鷲は容赦なく狙いを定める。次は、確実に誰かが捕まってしまうだろう。
「あ、あ、あ……」
アークイーグルは自分に嫌がらせをした相手を特定しているようだ。睨まれたタバサちゃんは、色を失って震えたまま動けないでいる。敵にとっては、あまりにも容易い相手。
がばっと立ち上がったのは、リナちゃんだった。
「あー……もう、もう……もう、や~~めたっ!!」
やけっぱちに叫んだリナちゃんは、迫り来る大鷲の前に堂々と立ちはだかっている。このままいけば、確実にぶつかる場所に。
「リナちゃん!?」
名前を呼ぶと、彼女は今までに見せたことのない獣のような鋭い眼つきで、自分の身体の何十倍もある魔物を睨んだ。
足が頑丈だというホビットらしい重い一歩を踏み出すと、すぐそばまで肉薄している大鷲の頭に飛び掛かるようにジャンプした。
想像もつかないほどの力強い跳躍。彼女は空中で身を翻し、遠心力の後押しを受けて、大槌のように足を突き出す。
それは見事に大鷲の眉間に突き刺さり、風を裂く鳥の滑空を食い止めた。額に衝撃を受けたアークイーグルは、よろめきながら倒れた木々の上に着地する。
見とれてしまうほどの見事な身のこなし。愛らしいホビットの女の子の面影は、そこにはなかった。
「リ、リナちゃんって……?」
私が思わず呟くと、当の本人は心底嫌そうな顔で答えてくれた。
「うちのパパ、格闘道場の師範なんですっ!!」
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