All Correct
<勇者協会>には化物みたいに強い勇者たちがごろごろいて、彼らは日夜化物みたいに大きな魔物たちを退治し、人々から賞賛を受けている。
それなら、Eランク程度の自分は頑張らなくてもいい。もっと上のランクの強い人たちが何とかしてくれるのなら、出番はない。全部人に任せてしまえば平穏無事だ――そんなリナのスタンスはずっと変わらなかった。元Aランクの勇者が2人もメンバーになってくれたのなら、なおさら。
今回だって、リーダーの元仲間、すなわちAランク級の助っ人が来てくれた。そのうちの1人にどういうわけか気に入られてしまった。これは好機だ。適当に甘えて、助けてもらえばいい……。
「ロゼールお姉様はぁ、どういう魔法を使うですかぁ?」
「うふふ、どんなのだと思う?」
「んー……きっと、お姉様みたいに綺麗な魔法です!」
「あら、ありがとう」
底の見えないような深い色の瞳が、長い睫毛で覆い隠される。
不思議な人だ、とリナは思った。ホビットを可愛がる人間は珍しくないが、ロゼールは何かが違う気がする。そう思ったところで、何をするわけでもないけれど。
「あなたはどこで魔術を覚えたの?」
あまりにも定番で、なおかつリナが最も厭う質問だった。それでも、すぐに返答の用意ができるくらいには慣れっこだった。
「実はぁ、昔リナの村が魔物に襲われちゃったです。そのときにパパが、またこんなことにならないよう、リナは勇者になるべきだって。でもぉ、リナ、魔法の才能なくってぇ……」
すべて事実だった。事実だが、嘘だった。
大げさにため息でもついて沈んでみせれば、同情や慰めの言葉を1つ2つかけられて、それで終わる。大抵は、それで過ぎ去る話だった。
だが、ロゼールは――深海のような瞳を覗かせて、妖しく笑った。
「いいのよ、あなたはそのままで。無理に頑張る必要はないわ。可愛い可愛いリナちゃんは、私が守ってあげるから……なんにも心配しなくていいし、なんにもしなくていいのよ」
美しい言葉だった。リナが求めていたすべてが綺麗に並べられた、完璧な台詞。
だが、リナが覚えたのは喜びなどではなく、底知れぬ恐怖だった。
今すぐ逃げなければ、とリナの本能が警鐘を鳴らす。自分の小柄を優しく包み込んでいた白い腕は、もはや鎖の拘束具になった。ひどく冷たい恐ろしさが全身に浸って、表情がすっかり凍りつく。
「……どうかしたの?」
ロゼールは歪んだ口元をわずかに開いて声を漏らす。リナが怯えていることなど一目瞭然なのに、依然笑みを浮かべたままだった。
どうかしたのか――なんて、彼女が一番わかっているはずだった。あえて聞くなんて、意地が悪いとしか思えない。それでも抵抗などできなかった。
リナは身動きもできず、浅い呼吸を繰り返すばかりだった。怯える小動物のような彼女に、ロゼールは次の刃物を用意する。
「でも、あなたって本当は――」
「やめなよ」
その刃先が届く寸前に、つい先ほど追い返したはずのリーダーが静かに割り込んできた。
◇
「――別に、魔王を倒すことだけを目指さなくてもいいと思うんですよね」
私が言うと、マーレさんは虚を突かれたように目を丸めた。
「まあ、私はお兄ちゃんのこともありますけど……何も、全部の勇者が魔王討伐を目標にする必要はないかなって。強い敵に立ち向かうのなんて、やっぱり怖いですし」
「……うん」
マーレさんはきっと、自分じゃなくて仲間が危機に晒されることのほうを恐れているに違いない。長い間一緒にいるエルナさんのことなんて、特に。
「人を困らせている魔物を退治したりとか、他の勇者の手助けをしたりとか、それだけでも十分だと思うんです。小さなことでも誰かがやってくれるから、もっと強い人たちが頑張れるんですよ、きっと」
役立たずだった私だから、よくわかる。戦えなくても、頭がよくなくても、誰かの力になれることはあるんだって。
どのくらい私の言葉が届いたのかはわからない。でも、マーレさんの顔に居座っていた暗い影は、すっかり見えなくなった。
「やっぱ、エステルいてくれると助かるなぁー」
「え?」
「戻ろっか。ほら、リーダーがいないと」
マーレさんは彼女らしい快活な笑顔で立ち上がり、しっかりとした足取りで歩きだした。
エルナさんが1人だと熱くなってしまいがちなのと同じように、マーレさんも1人だと少し主張が弱くなってしまうところがある。だからロゼールさんは、ちょっと奔放な性格のリナちゃんを選んだのだろう。彼女を可愛がって、それでどうするつもりかなんて容易に想像がついた。
マーレさんもおおかた予感していたのだろう。再びロゼールさんとリナちゃんのところに戻ったときに飛び込んできた異様な雰囲気に、さして動揺することもなく静かに止めに入った。
ロゼールさんは何てこともないように光の薄い碧眼でこちらを眺めるだけで、その手に抱え込まれているリナちゃんは血の気の引いた目で私たちにすがっていた。
「……あたしたちのため、だと思うんだけど……ちょっと、やりすぎじゃない?」
言葉は選んでいるものの、マーレさんは真剣に詰め寄っている。だけどロゼールさんは少し口角を上げただけで、取り合う気はないようだった。
「これからが楽しいところだったのに」
そんな一言だけでリナちゃんは子猫みたいにすくみ上がった。マーレさんも眉根を寄せて、顔をやや強張らせる。
「なんでそういうことするのかわかんないけどさ。――今はその子、うちのメンバーだから」
ロゼールさんの冷たい碧眼に、徐々に温度が灯っていく。口元の薄笑いも柔らかく緩んで、どこか満足そうに見えた。そのままリナちゃんをあっさり解放して、というか半ば置き去りにするような形で、こちらに歩いてくる。
「エステルちゃん。リナちゃんはとってもいい子なのよ」
「ええ、知ってます」
すれ違いざまにそれだけ言葉を交わすと、ロゼールさんは「お風呂に入りたくなっちゃった」と残してどこかに行ってしまった。
どすん、と何かが落ちる音に振り向くと、マーレさんが気が抜けたようにへたりこんでいた。
「あ~~っ、なんか、一気に疲れたぁ……」
何か労いの言葉をかけようと思った矢先、リナちゃんがやや神妙な面持ちで近づいてきていた。
「マーレさんはぁ、ほんとにリナがマモノ倒せると思ってる、ですか?」
「……いけるんじゃない?」
「はぁ!?」
あっさりふんわり答えたマーレさんに、リナちゃんは不満顔で食って掛かる。
「リナは元々Eランクですよ!? 魔術だって、その……うまく扱えないし、Bランクのマモノなんて勝てるわけないです!!」
顔を真っ赤にするリナちゃんに、マーレさんはきょとんとしていたが――すぐに、ふっと笑みをこぼした。
「あはは! いいんだよ、そんなの気にしなくて。ノエリアはああ言ってたけどさ、アークイーグルが倒せるかどうかなんて、あたし的にはどうでもいいんだよね。そうだな……もう、今のこの状況だけで、十分有意義だったなって感じ」
リナちゃんは不満のぶつけ先を見失ったらしく、口を結んだまま黙っている。
「誰かの役に立ちたい、って気持ちがあれば、それでオールオッケー! そもそもそういう気持ちがなかったら、勇者になんてならないよね」
ニッ、と弾けるように白い歯を見せるマーレさんは、すっかり彼女らしい明朗さを取り戻していた。カッカしていたリナちゃんもさっきまでの勢いはどこへやら、呆れ顔でため息をついている。
「そんなお人好しだから、きっと悪い人につけこまれるです」
「そのときはエルナが……いや、みんながなんとかしてくれるよ。でしょ?」
「……しょうがないですね」
ロゼールさんがきっぱり言い切っていた通り、リナちゃんはいい子だ。そのことは、もう誰も疑わないだろう。
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