やる気のない勇者

 リナちゃんは結成当初からあまりやる気がなくて、魔術師としての仕事もほとんど放棄してしまうような有様だったらしい。

 そもそも彼女はまともな魔術を使えるほど、技能や魔力が足りていない可能性もあるようで……。


 今日も訓練などまったくせずにサボってばかりだったという。何を言っても適当な言い訳をつけて反論するばかりで、人のいいマーレさんでは強く言えなかったみたい。エルナさんがいれば大戦争に発展していただろう。


 そこで、ロゼールさんが突如間に入ったらしいのだけど……。


「なんですかぁ? まだリナに文句あるですかぁ? せっかくロゼールお姉様と2人きりだったんだから、邪魔するなですっ!! ねぇ、お姉様?」


「うふふ、リナちゃんは可愛いわねぇ」


 ロゼールさんがリナちゃんをお風呂に誘って、出たときにはこうなっていたそうな。

 リナちゃんはまるでぬいぐるみのように、ロゼールさんの膝の上でしっかり抱え込まれている。ホビットサイズだと収まりがよさそうだ。


 上下で見つめ合っている2人からは、ほわほわとハートマークが漂っているように見える。確かに、こんなのを見せられたら魂の1つや2つ抜けてしまうだろう。ノエリアさんが立ち会っていたら、悲しみと憎しみの炎で世界を焼き尽くしてしまうかもしれない。


 いずれにせよ、リナちゃんの「お邪魔虫は去れ」オーラを受けて私たちは退散せざるをえなかった。



 仕方がないので、私とマーレさんはノエリアさんたちのいるほうに戻ることにした。ガサ、ガサ、と落葉を踏む乾いた音が単調に繰り返されていく。


「そっちはどう? エルナとノエリアが喧嘩になったりしてない?」


「ちょっとだけ揉めましたけど……今は仲良くやってると思いますよ」


「仲良く!? あの2人が? これもエステル効果なのかなぁ」


「私、本当に何もしてないですよ」


「そう? エステルって、いるだけでなんかこう……空気変わる気がするんだよね。全部いいほうに向かっていく、みたいな」


「そうですか?」


「うん。そういうところ、リーダー向きなんだと思うよ」


 あまり実感は湧かないけれど、その言葉は嬉しかった。でも、そう言うマーレさんの笑顔はいつもの「元気印」という感じではない。



 戻ってみると、まず目に飛び込んだのは真剣な表情で弓を構えるエルナさんだった。彼女の視線とつがえられた矢の先端は、何十メートルか先にある的の中心を睨んでいる。

 どうやら弓の実演らしいのだけど、ノエリアさんとタバサちゃんはティーカップを抱えてまったりと座っていた。


 短い発射音が弾ける。空を裂きながら直進していった1本の矢は、的の中心よりやや右上に突き刺さった。


「――ほらね? じっくり狙ったところで当たらないし時間の無駄なの! だからこうやって……」


 エルナさんは矢筒から何本か雑に引き抜いた矢を、流れ作業のような滑らかさでぱぱっといっぺんに射ってしまう。カカカッ、とリズムよく的に刺さった矢を見れば、最初の矢よりは中心に近いものもあった。


「短時間で数をぶっ放す! そうすれば、どれかはいい感じに当たるの。当たんなくてもどんどん次の攻撃を打つ! 当たるまで打てば外さないんだから」


「は、はぁ……」


 エルナさんは意外と考え方がごり押しというかフィーリングで教えるタイプのようで、タバサちゃんもティーカップを両手で包んだまま戸惑っているみたい。


「何? タバサに弓教えてんの?」


「ああ、マーレ。タバサは今日から魔術師だから」


「あー、なるほど」


 エルナさんのその一言だけでマーレさんはすべてを了解したようだ。さすが、以心伝心の2人。


「魔術ならノエリアが教えればいいのに」


「基礎はできていますから、あとはあなたたちに委ねたほうがいいと判断しましたの。ところでマーレ、お姉様のほうはどうなってらっしゃるのかしら?」


「えっ……」


 マーレさんの焦り顔が私に助けを求めるが、当然私もごまかす技術は持ち合わせていないので、苦笑いで返すしかなかった。あまりにも反応がわかりやすかったのだろう、ノエリアさんの目つきが徐々に細く鋭くなっていく。


「……何ですの? はっきりおっしゃい」


「ノエリアさん、非常に言いにくいんですが……」


 さすがに可哀想なので、私が代わりに説明する。

 一緒にお風呂に入ったという段階からすでにノエリアさんは血色を失っていたが、続きを促されてありのまま見てきたことを伝えると、ぐらりと足下を崩し、両膝を地面に沈めた。


「ほ……お姉様が……わ、わたくし以外の人間と……。ふ、ふ、2人きりでご入浴だなんて、わ、わたくしですら、していただいたことも、ないというのに……?」


 この場にいる全員が固唾を飲んで見守る中、ノエリアさんは全身をぶるぶる震わせていて、背後にメラメラと暗黒の炎が燃え上がっているような幻さえ見える。まさに、噴火寸前。


 がばっと立ち上がった彼女に私たちは身構えたが、出てきたのは長ーいため息だけだった。


「こっ……これもきっと、お姉様のお考えなのですわ。わたくしの浅知恵で邪魔をしては、い、いけませんことですわよね」


 明らかに無理をしている引きつり笑いで、なんなら喋り方も少々怪しいが、どうにか堪えてくれたらしい。


「へえ、ノエリアが我慢を覚えるなんて」


 エルナさんが皮肉めいた笑みで呟くと、息も絶え絶えのノエリアさんはそれでもきりっと顔を上げる。


「ええ……わたくしの不手際でチームを瓦解させるようなことは、もうしないと決めたのですわ。特に今は、魔界行きが懸かっていますからね」


 そうだ、トマスさんたちも本気で魔王を倒すために頑張っているんだ。その思いは、ノエリアさんの真摯な瞳からひしひしと伝わってくる。皮肉をこぼしたエルナさんもきょとんとしていたが、徐々に違う笑みに変わった。


 けれど、マーレさんだけは――その横顔にどこか暗い影を落としていた。



  ◇



 エルナさんから「マーレといると甘えちゃうから」とお達しが入り、私とマーレさんは2人で何をするでもなく倒れた木に並んで腰かけていた。


「ノエリア、随分変わったねー。……いや、元々責任感強いとこはあったっけ」


「真面目でいい人なんですよね、本当は」


「そうそう。今のパーティのほうが、性に合ってるのかな。皇子様のところだし」


「……別に、マーレさんやエルナさんに問題があったわけじゃないと思いますけど」


 ずっと張りついている無理に繕ったような笑顔が、ようやく私のほうに向いた。


「どうしてあたしらが勇者になったか、教えてあげようか」


 唐突な話だったが、私は余計なことは言わずにただ頷いて、続きを待った。


「なんとなくわかると思うけど、あたしとエルナって同じ村で育った幼馴染でさ。昔から一緒に狩りとかして遊んでたんだよね」


「仲いいですもんね」


「うん。でさ、うちの村にもゴブリンとかが出てくるようになって。魔物退治もエルナとやってたら、なんかあたしらイケるんじゃない? ってなって」


「それで勇者を目指したんですか?」


「そう、それだけなんだ。こう……人々の平和のためとか、魔王を倒すためとか、なんか大それた目標も全然なくてさ。流れっていうか成り行きっていうか……。正直、魔界に行くとかもちょっと……って感じ。まあ、絶対無理だと思うけど」


「……」


「こんなのエステルに言うことじゃないんだけど……要するに、一番やる気がないのはあたしなんだよね。だからきっとリナもあんな感じだし、最初の頃にノエリアとよくぶつかってたのも……」


 声がしぼんでいくのと同時に、繕い笑顔が消えていく。


 嘘だ、と思った。もし本当にいい加減にやっていたのなら、Aランクにまで上がれるわけがない。

 リナちゃんだって、本当にやる気がないのならファースさんにあんなふうに食って掛かったりしないはずだ。


 そこで、私はようやくロゼールさんの采配の意図を理解した。

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