元Aランク会議
「リナとタバサは元々Eランクでさ。メンバーを探してたところに、ちょうどパーティが瓦解して行き場を失ってたあたしらが合流して、<クレセントムーン>が誕生したわけ」
いつかの喫茶店で、私は前と同じようにマーレさんとエルナさんの2人とテーブルを囲んでいる。1つ違うのは、今度は私が相談を受ける側だということ。
「実のところ、元Aと元Eを足してのCランクでしょ。ほとんどあたしとエルナが回してる状態で……リナはやる気なくしちゃうし、タバサは逆に気負いすぎて失敗しまくっちゃうし……」
「タバサってば、3回に1回くらい回復魔法が炎魔法になるの。信じられる?」
信じますとも、この目で見ましたからね……。
ちなみに、尻尾が大炎上した狐さんはその後診療所に駆け込み、アンナちゃんに元通りのフサフサにしてもらったらしい。
「このままだと、またパーティがバラバラになっちゃうかもしんないし……。どうにかなんないかなぁ?」
「うーん……」
話を聞く限り、問題は実力の格差という部分にもありそうだけど、本質は人間関係のような気がする。となれば、頼りになる人は――
「あら」
ちょうど、頭に思い描いた人の顔が向こうに見えた。
「ロゼールさん!」
「エステルちゃんに……マーレちゃんとエルナちゃんね。お悩み相談でもしてたのかしら」
「ま、まあ、そんなとこ」
急に不機嫌になったエルナさんを横目に、マーレさんは無理やり笑顔を繕っている。
個人的にはロゼールさんに協力をお願いしたいところだけど、この2人は前にパーティをめちゃくちゃにされた苦い経験があるだけに、すんなりと受け入れてはくれなさそうだ。
「ロゼールさん、あのですね……」
「<クレセントムーン>は現状、元Aランクの2人と他のメンバーの間に差があって、完全に人任せになってる子やプレッシャーを感じてしまう子がいる、ってところかしら」
「何よ、盗み聞きしてたんなら言いなさいよ」
「あら、当たってたのねぇ」
あっけらかんと笑うロゼールさんに、私たちは目を丸めてしまった。
「前にほら、なんとかいう作戦で<クレセントムーン>の子たちを見たことあったから。だいたい想像はついてたのよねぇ」
だからって、ピッタリ言い当ててしまうなんてもはや魔法だ。やっぱりロゼールさん、恐るべし。
「それで? どうにかするアテはあるのかしら」
綺麗な唇が皮肉っぽく弧を描いて、ほのかに薄れた碧眼が悩める2人の顔にじっとりと注がれる。彼女はきっと、この場にいる全員がそれぞれ何を考えているのか、すっかり見透かしてしまっているのだろう。
マーレさんの困り顔は、横でつり目を一層こわばらせている親友への遠慮をにじませている。躊躇しているなら、背中を押せるのは私だけ。
「あの、私がいれば、ロゼールさんは何も変なことはしないと思うんです。信じてください。私、皆さんの力になりたいんです」
親友2人は、黙って顔を見合わせる。エルナさんが大きく溜息をつくと同時、マーレさんも緊張が緩んだようだ。
「それじゃあ、お願いしてもいい?」
◇
日頃ご飯屋さんに集まっている私たちと違って、普通の勇者パーティは協会本部の会議室を借りてクエストの話し合いをするのが定番みたい。
以前もこういう場所を利用したことはあったけど、私はなんというか、会議室のこのカチッとした感じが妙に緊張しちゃって苦手なのだ。
集まったのは、私とロゼールさん、<クレセントムーン>の4人、それから――もう1人。
「お姉様ぁぁぁ――――ッッ!!! まさか、お姉様のほうからわたくしなどにお声掛けくださるだなんて、奇跡のような心持ちですわ!! このノエリア、お姉様のためとあらばたとえ火の中水の中、雨が降ろうが槍が降ろうが、命尽き果てるまでお供いたしますわ―――ッ!!!」
「……で? なんでこのうるっさいのを呼んだわけ?」
エルナさんの呆れたようなつり目は、ロゼールさんを前にテンションを跳ね上げているノエリアさんに向いている。
「……あら、マーレにエルナ。いらっしゃったの? 全然気づきませんでしたわ」
「何しに来たのよ、あんたはっ!!」
「まあまあ……。なんか懐かしいなぁ、このノリ」
どういうわけか、ロゼールさんがノエリアさんを誘ったことで、奇しくも元<アルコ・イリス>のメンバーが勢揃いしたわけだ。立役者である当のロゼールさんは、説明する気もないらしくぼんやりと椅子にもたれている。
一方、半ば蚊帳の外に置かれている<クレセントムーン>の2人――リナちゃんは退屈そうに小さな足を揺らし、タバサちゃんは過度の緊張からか椅子がガタガタ鳴るほど震えている。
「よくわかんないですけどぉ……強い人たちが助っ人に来てくれるって話、ですよね? それなら楽勝じゃないですかぁ?」
「あ、ああああ、あの、わわわ私、ぜ、ぜんぜ全然お役に立てないので……!! あ、あ、足は引っ張らないよう、がががが頑張りますからぁ……!!」
こうして見ると、対照的な2人だなぁ……。リナちゃんなんて、ファースさんに啖呵切ってたときとは大違いだ。
そんな2人の態度をよそに、ノエリアさんは溌剌と何かの紙をテーブルに叩きつける。
「さて! 今回お姉様がご用意なさったクエストは、巨大な鷲の魔物『アークイーグル』の討伐ですわ! 近隣の村で人を攫っていくという不届きな輩だそうよ。推奨ランクはBですけれど、わたくしたちがいれば失敗などありえませんわね」
「なんでノエリアが仕切ってるのよ。うちらは<ゼータ>に依頼したんだけど?」
エルナさんがぽんと私の肩を叩くが、私はリーダーといってもこういう場を仕切る能力がないので閉口してしまう。
「わたくし、お姉様にこの場を任されましたのよ? <ゼータ>のリーダーも了承しているはずではなくって?」
「ええ、まあ……」
実際、ロゼールさんは何か考えがあってノエリアさんを呼んだのだろうし、それについては反対する理由もない。それでもエルナさんの顔から不満は消えていないようだった。
「だいたい、そっちの皇子様はいいわけ?」
「特に何も言ってませんけれど、問題ありませんわ。どうせどこかでロキが覗いているでしょうし、そもそもわたくしとお姉様の愛は誰にも邪魔できませんもの」
「……ああそう」
エルナさんは諦めたようにこめかみを押さえている。まあ、トマスさんも別に咎めたりはしないだろう。
「どうせなら、ロゼールのとこのイケメン騎士さんとか、ノエリアんとこのイケメン弓使いさんも一緒がよかったなー」
「いいわね、マーレはのん気で」
シグルドさんはともかくスレインさんは私も誘おうと思っていたのだけど、ロゼールさんからその必要はないと拒否されてしまい、今は別のパーティの助っ人に行ってもらっている。
「お姉様がお選びになったメンバーなのですから、これで十分ですわ。それとも、自信がないとでもおっしゃるの?」
「まさか。アークイーグルでしょ? エルナからしたら、でかい的じゃん」
「マーレからすれば、骨の折りやすい鳥ってところ?」
「ええ。そもそも、お姉様一人で氷漬けにできるような相手ですけれど……そんなお手を煩わせるまでもございませんわ。それに、マーレもエルナも戦う必要はなくってよ」
仲睦まじくお互いの武勇を語っていたマーレさんとエルナさんは、きょとんと目を丸める。
ノエリアさんのエネルギッシュな瞳は、くるりと翻ってある2人に注がれた。
「アークイーグルを倒すのは、リナとタバサ、あなたたちですわ!」
完全に我関せずだったリナちゃんは背もたれに預けていた身体をぎょっと起こし、カタカタと震えていたタバサちゃんはひゅっと息を吸ったままフリーズしてしまった。
「……はあ!? 相手はBランク級ですよ!? か弱いリナちゃんじゃ、ボコボコにされちゃうですよぉ~!!」
「………………わっ……わ、わわわわ……」
リナちゃんは弱気な台詞を怒鳴りつけるように放ち、タバサちゃんに至っては言語を発音することすらできなくなっていた。
「何をおっしゃるの!! 今回はあなたたちを鍛え直すためにわたくしやお姉様が来たんですのよ!! あなたたちが戦わなければ無意味というものですわ。そうでしょう、お姉様?」
こくん、と首を揺らしたロゼールさんは頷いたわけではなくて、知らぬ間に居眠りをしていた。
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