初対面の挨拶
それから話はトントン拍子に進み、ビャルヌさんのなごやかパワーによってソルヴェイさんがしばらく本部に滞在してくれることが決まって、2人はさっそく工房で作業に取り掛かっているみたい。明日には完成しちゃってたりして。
残るファースさんたち3人は本部の視察をしたいそうで、積もる話もあるだろうと私が案内を申し出たのだ。大丈夫、地図があれば迷わないもん。
「すみません、ソルヴェイさんをお借りしちゃって。そっちもまだ忙しいでしょう?」
「いえいえ、やっと軌道に乗ってきたところですから。邪魔もなくなったし……」
「邪魔?」
「あ、いや! 何でもないですよ」
よくわからないけど、ファースさんの「忙しくない」の水準がどの程度なのかはちょっと疑問だ。放っておくとすぐ働きすぎちゃうし。
「今後しばらくは大きな予定はございませんので、ご安心ください」
冷涼な声でフォローを入れてくれたアイーダさんを見て、私はあることを思い出した。
「あ、アイーダさん! 挨拶が遅れました。私、エステル・マスターズです」
「ええ、初めまして」
途端、笑顔を浮かべていた私の表情筋が凍りつく。もしかして、私のことはもうメモにも残っていないんだろうか……?
そんな戸惑いも顔に出ていたのだろう、アイーダさんの鉄の面相がじわじわと崩れ、失態を自覚したときのような焦りが浮かんでくる。
「あ……申し訳ございません。どこかでお会いしましたか……?」
「アイーダちゃん、この子が前の支部長」
狐さんが耳打ちすると、アイーダさんはつり気味の目をやや丸めて私を凝視する。
「そうですか、こんなにお若い方とは知らず……。大変失礼いたしました」
「いいですよ、そんな」
こちらが申し訳なくなるくらい恭しく頭を下げるアイーダさんを見かねてか、ファースさんが困り笑顔で間を取り持ってくれた。
「大丈夫ですよ。エステルさんも、アイーダさんの事情はちゃんとわかっていますから」
「ええ、ですが……やはり、失礼ではないかと思いまして」
記憶が1日でリセットされてしまう彼女にとって、会う人全員が初対面だ。以前はそんなことを感じさせないように、あまり人と関わらず距離を取っていた印象があったけど――今は、随分変わったように思う。少なくとも、こういう表情は見たことがない。
いい変化だ。それに少しでも私が関わっていたのなら、すごく嬉しい。
「アイーダちゃん。今度からアレ、出先でも持ってったほうがいいぜ~」
「あれ、というのは?」
「あるんですよ、毎日愛用している――」
ファースさんが言葉を止めたのは、私たちの前に立ちはだかる人影が現れたせいだった。
誰もが怪訝な顔をしていて、私たちと面識がある人ではないようだ。
魔女のような帽子を被って、大きく広がった2つのお下げを垂らしている女の子。そんな可愛らしい少女が、廊下のど真ん中に仁王立ちしている。
1つ特徴的なところを挙げるとすれば、ファースさんと同じくらい背が小さいことだ。
「見つけたですっ!! ファース・ヘイマンス……ホビット族一の大悪党!!」
そのホビットの少女は甲高い声を響かせて、小さな指をビシッと伸ばしている。
「はぁ……ボク、ですか? ええと、君は……?」
「支部長とやらになっても、リナの目はごまかせないですからねっ! ホビット庄をメチャクチャにしたことはよ~~~く覚えてるです! アンタの悪事を摘発してやるですっ!!」
ファースさんが昔、故郷に傭兵を招いてトラブルを起こしてしまったという話は聞いたことがある。このリナという少女はそのことを知っていて、過剰に危険視してしまっているようだ。いや、ギャングのボスなんだから間違いではないかもだけど。
「あの、リナちゃん? ファースさんは別に、そんな悪い人じゃ……」
「職員さん、騙されちゃダメですっ! 今だって聞いてたですからね、『毎日愛用している』って! きっと危ないクスリか何かですっ!!」
「え……」
「違うッ!! 違いますよ、アイーダさん! そんな引かないで!!」
誤解が誤解を呼び、混沌としていく状況の中。狐さんが、ポロリとトドメの一撃を放った。
「……ん? 旦那の昔の話を知ってるってこたぁ、お嬢ちゃん結構な歳――」
それは、触れてはいけない禁域。
「かっ……可愛い乙女の年齢を言うなんて、不届き千万―――ッ!!!」
怒りやらなにやらで瞬間的に上気したリナちゃん(リナ「さん」かもしれない)は、振り上げた右手にエネルギーを集中させる。あれは、魔術?
ファースさんは咄嗟にアイーダさんを庇うように構えたが、魔術の矛先はなぜか狐さんに向かっていた。
「あっっちィィ―――ッ!!」
渾身の絶叫を突き上げて、狐さんが悶絶しながら走り回る。被害は……尻尾がちょっと、焦げただけ。
「だ、旦那ぁ!! た、助けて……アチチチチッ!!」
「……死にはしないから、落ち着け」
狐さんはふさふさの尻尾の黒ずんだところをふーふー吹いている。元が白いから目立っちゃうな、あれ。
一方可愛らしい術を放ったホビットの少女は、精一杯強がるように鼻を鳴らす。
「い、今のは威嚇射撃ですっ! 次はホンモノをお見舞いして――」
「待ったぁ~~~っ!!」
きーんと響くようなさらなる高音。止めに入るにしては、あまりにも弱々しい声だった。
その声の主は、まさに魔術を繰り出そうとしていたリナちゃんに飛びつくようにして攻撃を阻止する。
「だだだだ、だめだよぉっ!! こ、こんなところで魔法なんて使っちゃ……!!」
「離して、です、タバサ!! こいつは成敗すべき悪党なんですっ!!」
ポニーテールをふるふる揺らし、大きな眼鏡の奥で気弱そうな瞳を震わせている少女。このタバサという子はリナちゃんの仲間なのだろうか。2人ともどことなく見覚えがあるので、本部所属の勇者なのだと思うけど……。
「あ、あんまり騒ぎを起こすと、エルナさんに叱られちゃうよ!」
……あっ。
「2人は、<クレセントムーン>の子?」
「そそ、そうですけど……。も、もしかして、あなたは<ゼータ>の……?」
「そう。エステルっていいます。よろしくね」
名乗った途端、タバサちゃんは震える瞳をさらに恐怖に染め上げて、いまだ不満そうにしているリナちゃんに大声で耳打ちをした。
「ここここ、この人はもっとだめだよぉ!! <ゼータ>のリーダーに何かしたら、こ、こ、こ、殺されるって……!!」
「え!? 誤解だよ、私たちはそんな……」
「あながち嘘でもねぇよなー」
「狐ェ!!」
狐さんのダメ押しに声を荒げたファースさんがかえって追い打ちとなり、私は一気に畏怖の対象となってしまったらしく、<クレセントムーン>の2人は真っ青な顔でじりじりと後退していく。
「あの! 私たち、2人に何かするつもりは絶対ないから! ね?」
「ひぃぃ、何でもしますから許してください~!!」
「何でもしてくれるんなら、まずこの尻尾の黒焦げどうにかしてくんねー?」
「は、はいっ!!」
狐さんは冗談で言ったつもりなのだろうが、追いつめられた精神状態のタバサちゃんは大慌てで黒ずんだ尻尾に寄っていき、ほんのり焦げた部分に手をかざした。
「おお、嬢ちゃん回復魔法使えるのか!」
「いや、ま、まだ慣れてないんですが……」
「いーよいーよ、ありがとな~」
ウキウキと治癒を待っていた狐さんの尻尾から特大の火柱が立ち昇ったとき、私に相談を持ち掛けてきたマーレさんとエルナさんの苦渋に満ちた顔がありありと蘇ってきた。
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