#26 大空に弧を描け

西の来訪者

 曰く、「荒くれ者どもを力でまとめ上げている豪傑」とか。

 曰く、「悪徳の街にあって最も恐るべき悪党」とか。

 曰く、「逆らう者皆いかなる手段を使っても排除する冷血漢」とか。


 最低最悪の「最果ての街」にある<勇者協会西方支部>の上に立つ者ということで、本部では物騒な噂が飛び交って、職員たちは戦々恐々としていた。ファースさんたちが到着する前に、みんな逃亡してしまうんじゃないかと思うほどに。


 一番困るのは、その噂がわりと的を外しておらず、どちらかといえば真実に近いということ。


 私と一緒に待っているトーナメント運営担当の職員たちと、なぜか取次として同行することになったレミーさんは、落ち着かない様子で西方支部の面々を待っていた。ファースさんたちはさっき帝都に到着したらしく、今は会長に挨拶に行っているという。


「くっそぉ、オーランドめ……面倒事押しつけやがって。これで俺が変に恨まれでもしたらどーすんだっ」


 レミーさんは大きな小声でぶつぶつと文句を並べている。


「大丈夫ですよ。ファースさんはそもそもホビット族ですし、温厚で優しい人ですよ?」


「いーや、あの『最果ての街』だぜ!? そりゃあ、エステルちゃんには優しかったかもしれねぇが、実はバリバリのワルだったりとか……!」


 うーん、当たってるんですよねぇ、それ……。とはいえ、まさか本部であのギャングのボスモードを発揮することはないだろう。



 いよいよノックの音が飛び込んできたとき、職員たちは一斉にガタッと椅子を揺らし、異様な緊張感が張りつめた。


 入ってきた4人の姿が見えると、私は懐かしさと嬉しさがこみ上げたが、他の人たちは草食動物みたいな怯えた目つきで来訪者たちを伺っていた。


「失礼します」


 穏やかで丁寧な調子で、先頭の彼が小柄をさらに低くして挨拶を述べる。とった帽子を被り直すと、丸眼鏡越しに部屋にいる全員の顔を見上げた。


「西方支部長のファース・ヘイマンスです。本日はよろしくお願いします」


 八の字眉に気優しい笑みを添え、低姿勢を崩さずに他の3人の紹介を続ける。「最果ての街」の支部長に恐れをなしていた人々も、だんだんと身の硬さがとれていった。

 そう、ファースさんはこれが本来の姿なのだ。怖いときもあるけれど、過剰に怯える必要はない。


「それで、今日は……えーと……」


「本部所属の勇者パーティによる模擬戦闘大会における会場設営についてのご相談です」


 手帳を開きつつフォローを入れたアイーダさんに、ファースさんは小さくお礼を言った。すっかり緊張のほぐれたレミーさんを始めとする職員の何人かは、その美人秘書に変な視線を送っている。


「ふへへ……。向こうにもあんなキレ~な姉ちゃんがいるんだなァ」


「レミーさん、失礼ですよ」


 担当職員とファースさんが細かい話し合いに入っている間、退屈そうだった狐さんが急に青い顔になって割り込んできた。


「おい、ヒゲの旦那っ。アイーダちゃんに手ぇ出しちゃいけねぇ……死ぬぜ?」


「え……。そ、そんなに怖ぇのか? あの姉ちゃん」


 青い顔が伝染したレミーさんにそう聞かれたけれど、私はうんともすんとも言えずに苦笑いでごまかした。

 話し合いが長引いている中、狐さんは私を暇つぶし相手に選んだらしい。


「エステルちゃん、久しぶりだなぁ。なんか本部の勇者たちで大会やるんだって? どうよ、自信のほどは」


「そうですね、強い人たちはいっぱいいますけど……私たちも、負ける気はないので」


「いいねぇ! 俺も他のパーティは知らねーけど、<ゼータ>が優勝すると思うぜ」


 狐さんが嬉しい予想を言ってくれた途端、だらーっとしていたレミーさんも急に元気になった。


「見る目あるじゃねーか、獣人君。今度飲みに行かねぇ?」


「マジ? 本部のカワイコちゃん紹介してくれよ」


 同じちゃらんぽらん族のレミーさんと狐さんがひっそり意気投合していると、ファースさんがジロリとたしなめる視線を送って狐さんを引き戻した。


「つまり、安全に模擬戦闘を行える会場をどうにか用意できないか、ということですよね。ソルヴェイさん、どうですか?」


「わかんねぇ」


 終始一貫、垂れ目をぼんやり彷徨わせていた天才技師は、支部長に対しても決まり文句を返すだけだった。いつもやる気がなさそうなソルヴェイさんだけど、今日は特に気だるそうに見える。

 その掴みどころのない態度には、担当職員の人も話しづらそうだった。


「あのー……おそらく1日2日でできるものではないでしょうし、こちらにしばらく滞在していただく形になると思うんですが……」


「わかんねぇ」


「はぁ……」


「ソルヴェイさんには現在、緊急のご予定は入っておりません。3か月までならスケジュール調整も十分可能な範囲ですが」


 手帳を見ながらきびきびと助け船を出すアイーダさんを横目に、ソルヴェイさんはちょっと複雑そうに眉尻を下げる。なるほど、なんで嫌そうにしているのか私にも察しがついてしまった。


 ファースさんもソルヴェイさんが全然気乗りしていないのはわかっているようで、穏便に話を進める。


「とりあえず、本部の職人さんと相談してから決めましょう。その、職人さんは……」


「ビャルヌの親方は遅れるみたいでよ。もうそろそろ来るんじゃねぇかな」


 頭の後ろで組んだ両手にもたれつつ、レミーさんが壁の時計をちらっと見る。


「そういえば、その方はドワーフなんですよね? ソルヴェイさん、ドワーフは平気ですか?」


「あー……」


 ファースさんの気遣いの一言に、ソルヴェイさんはますます気が重そうになっている。そこまで種族差を気にする人ではないだろうし、あのビャルヌさんなら大丈夫だとは思うけれど……。



 レミーさんの宣言通り、数分もしないうちにビャルヌさんのずんぐりむっくりした小柄がドアのほうから現れることになった。


「こんにちは! おそくなってごめんなさい!」


 ああ……このもふもふのおヒゲ、つぶらな瞳、心のピュアさが染み渡った声……久々にビャルヌさんの癒し成分を摂取して、私は幸福感に包まれる。


 浄化されたのは私だけではない。西方支部への対応で慣れない疲労を抱えていた職員たちや、はるばる帝都まで出向してくれたファースさんたちまで、そのどんよりした気分を一掃させるだけの力がビャルヌさんにはあったようだ。


「初めまして。ボクは西方支部長のファース・ヘイマンスです」


「オイラはビャルヌ・ミッケ! ホビットさんだねぇ~。ホビットさんはやさしくって器用だから、オイラ好きなんだぁ」


「あはは、ありがとうございます」


 ビジネスモード全開だったファースさんは、上辺だけではない笑みを自然とこぼしている。ギャングのボスを一瞬で和ませるなんて、ビャルヌさん恐るべし。


 ファースさんばかりでなく狐さんまでデレデレにさせ、アイーダさんには普段通りのクールな対応をされつつ、ビャルヌさんは最後にこれから同僚になるかもしれないソルヴェイさんのほうにトコトコ寄っていった。


「わあ、エルフさんだぁ! オイラはドワーフだけどね、エルフさんも好きなんだぁ。おねーさんはきっととっても頭がよくってね、すごい人なんだと思うよ。オイラ、いっしょにお仕事できたらうれしいなぁ」


 さあ、これまで好意的な反応を返さなかったソルヴェイさんの出方やいかに。

 ひとまずは無言。ぼんやりした垂れ目をほんのわずか開いて、純真無垢なドワーフをじっと見下ろしている。


 どのくらい経っただろうか、やおらソルヴェイさんが沈黙を破った。


「……安全に模擬戦闘を行う手法としてまず考えられるのは、殺傷能力を排除した専用の武器を作ることだ。たとえば――」


 なんということでしょう。初対面にはほぼ「わかんねぇ」しか言わないソルヴェイさんが、自分の緻密な考えをすべて説明する姿勢に切り替わっている。


 その話は専門的かつ難解でほとんどの人は唖然としたまま聞き流していただろうけれど、なんとビャルヌさんはおめめをキラキラさせてヒゲをふんふん揺らしながら聞き入っているのだ。それどころか、途中からいつもの口調でかなり詳細に踏み入った質問を挟み始めて、話し合いは急速に深まっていく。


 天才技師2人の世界はこの空間から完全に独立し、私たちはただ置いてけぼりを食らう結果となったのだった。

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