人材不足
帝都の外れにある少し開けた場所で、今日も今日とてゼクさんとレイの特訓が始まっている。特に仕事もない私たち<ゼータ>は、健気に努力するレイのことを見守っていた。本日のメニューは剣の素振り100回。いつもより、やさしい。
「な~んか……違うんだよなァ」
ゼクさんは汗だくのレイを凝視しながら小首を傾げている。
「どこがダメっすか? 兄貴」
「なんつーかこう……遅ェっつーか、硬ェっつーか……」
「力が入りすぎてるんじゃないかな。剣を振り下ろすときに肘から動いてるのがよくないと思う」
「そうですね。あと、脇を開く角度をもう20度くらい狭めればいい形になる気がします」
観察力に優れるマリオさんとヤーラ君の助言に、ゼクさんは「それだ」とあっさり乗っかり、レイも逆らうことなく受け入れる。そういう素直なところと頑張り屋なところがあるから、これからどんどん成長していってくれるはずだ。
相変わらず黙ったまま傍観していたガルフリッドさんが、静かに口を開いた。
「……お前ら、あいつにばっかり構ってていいのか? 他にも支援が必要なパーティなんて山ほどあるだろうよ」
「そうなんですよね……わかってますけど――」
ゼクさんにあんなに懐いているレイを見ると、2人を引き離すのはなんだか気が引けてしまう。でも<クレセントムーン>にも助けが欲しいって言われてたし、もしかしたら他にも……。
あれこれ思い悩んでいるのを、スレインさんの冷静な言葉がぱっと晴らした。
「エステル。何も我々全員でパーティ支援に回らなければならないわけじゃない」
「あ、そっか」
となれば、レイのことはゼクさんに任せて、何人かを連れて他のパーティを助けに行く、ということもできるはずだ。人数を分ければ手が回る。簡単なことだった。
なら、<クレセントムーン>の件で連れていくなら――と、私はロゼールさんの後ろ姿を見つめる。見学に早々に飽きてしまった彼女は、今は花にとまっている蝶をつっついて遊んでいる。
「……わからねぇな」
ぽつりとガルフリッドさんの低い声が響く。
「そこまでして、他人の世話焼きたがる理由がわからん」
「ああ……なんていうか、性分なんですよ。私なんかでも誰かの力になれたら、嬉しいんです」
変化の乏しい彼の表情だが、少し雰囲気が変わったような気がした。向こうで人差し指に蝶を乗せているロゼールさんも、意味ありげに微笑んでいる。
「……あ、私はそろそろお暇しますね」
「どこに行くんだ?」
「本部のほうです。ちょっと、レミーさんに呼ばれてて」
◇
数日ぶりに来た「パーティ管理課」のオフィスは相変わらず忙しそうではあったけど、前みたいにバタバタと慌ただしい感じはなく、やや落ち着きを取り戻している様子だった。
「これはこれはエステルさん、本日も麗しいお姿で」
「あはは……メレディスさん、こんにちは」
麗しいお姿なのはあなたのほうですよ、と言いたくなるほど爽快な笑顔に、私はぎこちなく挨拶を返す。
「本日はどのようなご用件で?」
「えーと……」
メレディスさんの質問に答えようとした矢先、わざとらしいほどの咳払いが割り込んでくる。
「ウォッホンゴッホンゲホン。エステルちゃんは今日、俺に会いに来たんだよなぁ? お・れ・に!」
レミーさんは大げさなくらい強調し、メレディスさんに尖った眼差しを送って牽制している。本当に、どうして仲良くできないんだろう……。
「ええ……。それで、私に用事って何ですか?」
「そうだなぁ、むふふ……。まずは最近仕事ばっかしで疲れてっから、軽くマッサージでも――」
「レミー!!」
「わーってるよ、冗談通じねぇなぁ」
怒号を投げかけたドナート課長に、レミーさんは肩をすくめて密かに抗議する。
「……失礼ながら、女性にそのような発言はいかがなものかと」
「あー!? 開口一番さらっと口説いてやがった新人クンは誰でしたっけねェー!?」
「ちょっと、喧嘩はやめてくださいよ! 私、帰りますよ?」
「うわーっ!! ウソウソ、けっこうマジメな用事なんだよ」
ようやくレミーさんはしゃんとした顔を繕って、本題に入ってくれた。
「別の課の奴と飲みに行ったときに聞いたんだけどさぁ、勇者同士で戦う大会あるだろ? あれの会場の建設が難航してるらしくてよ。ほら、模擬戦闘とはいえガチでやったらやべぇじゃんか。勇者って荒っぽい奴もいるし」
真っ先にゼクさんを連想してしまってちょっと申し訳なくなったが、マリオさんも「死人が出るかも」なんて言っていたし、その点は私も心配だった。
「そのへんビャルヌの親方たちが頑張ってるらしいんだけどよ、もっと上等な技術が必要みてぇで……。エステルちゃん、西方支部にいただろ? 誰か知らねぇ? 特に魔道具に詳しそうな技術屋」
「……いますね」
「マジ!?」
間違いなくあの人しかいない――と確信しているものの、西方支部が簡単に彼女を派遣してくれるだろうか。
そのことを説明すると、「顔見知りだから」という理由で私が向こうの支部長に取り次ぐことになった。
◆
街は一面、降り続く雨に濡れていた。聞き慣れた雨音や他の音に囲まれて、<勇者協会西方支部>の支部長――ファースは、掃除の片手間にデスクの上の水晶と会話を続ける。
「その件も含めて、今度はボクらが帝都に出向ですか。まあ……短期間であれば構わないと思います。この頃は業務もだいぶスムーズに進むようになりましたから。そろそろ本部に顔を出さなければと思っていたところですし」
『ありがとうございます。じゃあ、久しぶりに会えるんですね! 楽しみにしてます!』
「ええ、こちらこそ」
ガタ、と棚が揺れる音が会話に割り込んだ。
『……あれ? もしかしてお取込み中でした?』
「あっ……いえ! ちょっと、片付けをしてるだけです。放っておくとすぐ散らかっちゃうもんですから」
『ファースさん、お忙しいですもんね。じゃあ、今度は帝都でお待ちしてます』
「そうですね、また」
元支部長の快活な声に相好を崩しつつ、ファースは通信を切る。静かになった途端に、雨が窓を叩く音と血の臭いに混じった呻き声がまた耳につき始める。
棚にもたれかかる死にぞこないにきっちりトドメを刺して、また清掃作業を再開した。
<ウェスタン・ギャング>きっての「エース」が食い散らかした刺客の残骸の汚い声が、あの少女に届かなくてよかった。これで自分たちに盾突く連中は一通り片付けたはずなので、業務はより円滑になるはずだ。帝都出向も問題はない。
それでも何か良からぬ事態が起これば、赤犬か青犬に投げればいい――と珍しく無責任なことを考えつつ、ファースは返り血まみれの外套を脱ぎ、仕立てたばかりの仕事着に着替えに向かった。
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