ゼータのやり方

 無事クエストを達成して帝都に戻り、私とレイがリーダーとしてその報告に本部へ向かった。

 手続きは、ある事情があってメレディスさんに担当してもらうことになっている。眼鏡の奥の凛々しい眼つきが、机上の報告書の文面をじっくりとなぞっていく。


「……内容に問題はありませんね。Eランクでホーンドラゴン討伐ですか、これは素晴らしい功績です。今後のご活躍も期待していますよ」


「そりゃ、どーも」


 メレディスさんのナチュラルイケメンスマイル付きの賞賛も、レイは冷淡に受け流すだけだ。こういうキラキラしたかっこいい人より、ゼクさんみたいな強い人のほうが好みなのかなぁ、なんて。


「ところで……」


 コホン、とメレディスさんが咳払いをする。


「今回の『ミノタウロスおよびホーンドラゴン討伐』の両クエストですが……<ゼータ>が協力したという点、手続上は無効となります」


「は?」


 レイの声が少し低くなる。


「というのもですね、<ゼータ>への協力申請が一度<エデンズ・ナイト>によって拒否されたままとなっておりまして、クエスト達成の功績は<エデンズ・ナイト>のみに認められることになります」


「なんだよそれ!? オレは兄貴たちのお陰で魔族をぶっ殺せたんだぞ!! そんなのおかしいだろ!!」


「協会の規則でございます」


「ざっけんな!!」


 怒りのあまり、レイは椅子を倒す勢いで立ち上がった。これ以上ヒートアップする前に、私が止めなければ。


「あ、あのー! こちらは、別に、全然、大丈夫ですよ? 規則なら仕方のないことですし。だから、ね、レイもそんなに怒鳴ったりしないで……」


「何言ってんだよ! だって――」


「いいんだよ。私たち、誰も気にしたりしないから」


「……!」


 憤りに燃えていた眼が、はっと何かを察してその色を変える。レイは突き動かされるように部屋を飛び出してしまった。


「あ、ちょっと!」


 止める暇もなく、キィキィ軋む開け放されたままの扉だけが残された。

 置き去りにされた私とメレディスさんは、無言で顔を見合わせる。


「……やっぱり、私の演技が下手くそすぎましたかね?」


「いえ、無理な理屈を通したのは私のほうです。エステルさんに非はございません」


 堂々と言いきられてしまうと、それ以上何も言えなくなってしまう。


「しかし……本当によろしかったのですか? 手柄をすべて<エデンズ・ナイト>に譲るなど……」


「誰も気にしてないのは本当ですよ? 私たち、別に評価されたくてやってるわけじゃないですし」


「なんと……!! その自らを省みず他を利する精神、なんと麗しいことでございましょう! エステルさんがこれほどまで人徳がおありである理由がわかる気がします」


「そ、そんな!? 大げさですよ。私はただ、ちょっとでもみんなの力になりたいだけで」


「その慈愛に満ち満ちているお心が素晴らしいのです。今回はこのような運びとなりましたが、今後は私も<ゼータ>のために尽力していく所存です」


「ありがとうございます」


 メレディスさんって、本当に熱心な人だなぁ……なんて感心しつつ、口裏を合わせてくれたお礼も軽くしておいて、私はレイの後を追いかけることにした。



  ◇



 外で待っていた仲間たちのところに行くと、案の定先に出ていったレイの姿があった。


「兄貴!! なんでオレたちに手柄譲ってくれたんだよ!? これじゃ、兄貴たちが何にもしてねぇことになっちゃうじゃねーか!!」


 必死で叫ぶレイに対して、ゼクさんはへらへらと耳に小指を突っ込んでいる。


「あー? そんなんでグダグダ言ってもしょうがねぇだろ。協会のお役所仕事なんて今に始まったことじゃねぇし……ドラゴンぶっ殺すなんて、俺らにゃいつでもできるからな」


「で、でも……」


「るっせぇな、あんなトカゲ1匹手柄のうちに入らねぇってんだ。これ以上ゴチャゴチャ言うんじゃねぇ」


「……」


 一度顔を伏せたレイは、またゆっくりと視線を上げる。


「1つ聞きたいんすけど……これ、最初に考えたのは兄貴っすか?」


「いいや。お前の後ろでマヌケヅラして突っ立ってるお人好しのアホリーダーだ」


 ゼクさんの太い指が示す方向に、レイの子犬みたいな目がついていって、私とぶつかる。途端に露骨に眉をひそめたレイは、ずかずかと私の前に歩み寄ってきた。


「おい」


「あっ……ご、ごめんね? その――」


「ちげーよ! なんつーか……ありがとな」


 ぼそっと呟くようなお礼に、私はまたふふっと笑みをこぼしてしまう。


「ンだよ、笑うんじゃねぇ!!」


「ご、ごめんごめん」


 などと言いつつ、私も笑いが堪えきれなくなってしまう。真っ赤な頬を膨らませるレイの金髪に、がしっと大きな手が乗せられた。


「こいつはこういう奴だ、諦めろ。それにな、お前が俺らのことどうこう考える必要はねぇんだよ」


 ゼクさんは自信満々に、白い歯を光らせた。



「俺たちは、トーナメントに優勝して魔王ぶち殺しに行くからな」



 その光は、小さな勇者の大きな瞳に真っすぐ届いていたはずだ。最初に見たときの、来るもの皆に噛みつきそうな鋭さはすっかり消えて、ただ憧れと決意とに輝く澄んだ瞳。


「っし、さっそく次の特訓行くか! まずは帝都100周ランニングだ!!」


「はいっす!!」


 ゼクさんのトレーニング方針も相変わらずだなぁ、なんて和みつつ、意気揚々と駆け出す2人を見送る。


 レイもゼクさんにすっかり懐いてくれたし、状況はいい方向に進んでいる――はずなのだけど、まだすべてが解決したわけじゃない。

 私はさっきから遠巻きに傍観していた彼のほうに視線を移す。明らかに、納得しきれていないような顔。


「……ドラゴン退治なんてやらせて、どういうつもりだ? あれでレイが変に調子づいて、ますます無茶やらかすかもしれねぇってのに」


 ガルフリッドさんのぼやきに、ロゼールさんが不気味なほどおかしそうに肩を震わせ始める。


「くっ、くくくっ……あははははっ!! まだわかってないのねぇ?」


 彼女の海の底みたいな瞳に、ガルフリッドさんは平生の厳めしい眼つきを返す。


「あの子が自分の力量もわからないで調子に乗ってるって、本気でそう思ってるの? そんなわけないじゃない、あんな臆病な子犬ちゃんが! 逆よ。自信がないの。自分が弱いことに耐えきれなくて、だから無茶苦茶に突っ込むの。可愛いと思わない?」


 ガルフリッドさんは依然沈黙しているが、わずかに眉間が曇った気がした。


「そうやって勝手に決めつけて、誰のことも理解しようとしないから、誰にも理解されないのよ。……大事なお仲間さんに死なれても、わからなかったのかしら?」


 そこで、空気がガラリと変わったのを肌で感じた。ピリピリとひりつくような、ぞっとするような、怒りの感情。

 一触即発の雰囲気に飲まれそうになっていると、スレインさんが2人の間に入ってくれた。


「やめろ、ロゼール! ……ガルフリッド殿、失礼致しました」


「……いや」


 ガルフリッドさんはそれだけ言って、踵を返してしまう。ロゼールさんのほうは涼しい顔のままで、スレインさんに睨まれていた。

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