ドラゴン退治

 休憩も終わり、再び石と土ばかりが敷き詰められた山道を歩く。道幅が狭くなっているので、私たちは細い列になって進んでいた。先頭のほうではゼクさんとレイが訓練の復習をしていて、その後ろにガルフリッドさんの物憂げな横顔がちらりと見える。


 最後尾にいる私は、あることを聞くためにスレインさんと声を潜めて話していた。


「……確かに、ガルフリッド殿もパーティを転々とされている方だ」


 やっぱりそうなんだ……。ロゼールさんがそう言っていたのを聞いて、ちょっと気になっていたんだけど。


「ガルフリッド殿に非はないと私は思うんだがな。ただ、運が悪いんだ。仲間と死に別れることが多かったらしく、それで根も葉もない噂を立てられたりしたそうだ」


「その……『疫病神』っていうのも?」


 スレインさんは気まずそうに小さく頷く。


「あの方はなまじ腕が立つから、死地から生還することが多かったというのもあると思うが……思慮の浅い連中が、仲間を見捨てているだの身代わりにしているだの、くだらん想像で話を広げたのだろう」


「……」


 改めて、ガルフリッドさんの気難しそうな横顔を見る。口数も少なく近寄りがたい雰囲気があって、それに悪い噂までつきまとっているとなれば、誤解されてしまうこともあるのかな。でも、絶対に悪い人ではないはずだ。


 だって、あの怖いくらいに険しい顔つきは、ドラゴンと戦うレイの身を案じているだけなのだろうから……。



  ◇



 山頂の開けた場所も例外なく荒地で、視界を遮るものがなく周囲がよく見渡せる。空の向こうをパトロールしているみたいに飛んでいる、大きな黒い影も。


「全員、所定の位置に」


 スレインさんの一声で、仲間たちはぞろぞろと散り始める。事前に決めていた作戦では、もちろん私は後ろで待機――ただし、ガルフリッドさんと一緒に。

 警護をしてくれる彼は、眉の間に不満を集めて目だけレイのほうを伺う。彼の視線の先には、敵を目前に全身を強張らせている、小さな少女がいる。


「レイ!」


 私が声をかけると、妙に力の入った顔がこちらを振り向く。


「大丈夫、やれるよ」


「……う、うるせぇ! 引っ込んでろよ」


 突っぱねられてしまったけれど、幾分か緊張が抜けたように見えた。


「皆さんも、よろしくお願いします」


「本当ならあんなツノヘビ、小指で十分だけどな」


「エステルちゃん、終わったら一緒にお風呂に入らない?」


 ゼクさんやロゼールさんをはじめ、仲間たちは普段と変わらず落ち着いている。それがガルフリッドさんには気が緩んでいるように見えたのか、ぽつりと私にこぼした。


「あいつら、大丈夫なんだろうな」


「もちろん」


「なぜそう言い切れる?」


「なぜ、って言われると説明できないですけど……信じるのが、私の役目なので」


 眉の下に深く沈んだ目が、わずかに見開く。

 この答えに満足してくれたのかどうかはわからないけれど、ガルフリッドさんはそれきり何も言わず、私を安全な場所へ先導してくれた。



「それじゃあ、用意はいいですか?」


 ヤーラ君が小瓶を持ったまま全員に確認を取る。みんなが頷いたのを合図に、小瓶を放り投げた。中には魔物を引き寄せる薬品が入っていて、ガラスが割れる音と同時にぶわっと煙が広がった。

 その香りはやがて空を漂い、遠くを飛んでいた黒い影を振り向かせる。ぎらり、と鋭い眼が光った。


「来ます!」


 すでに物陰に退避したヤーラ君の一声を合図に、仲間たちは戦闘態勢に入る。レイも遅れて剣を抜くが、ゼクさんがその怒り気味の肩をとんと叩く。


「お前は最終兵器だ。ちょっと待ってろ」


「う、うっす!」


 だんだんと迫ってくる影が大きくなっていくとともに、全貌がはっきりと現れた。ドラゴンの巨躯とそれを支える空を覆うかのような翼。頭部の特徴的なツノと、その下に輝く猛々しい眼差し。


 ホーンドラゴン――手練の勇者にしか倒せないとされる巨大な魔物が、駆け出し勇者の少女の前に降り立った。


 その眼はすぐ、真っ先に駆け出したスレインさんに飛び移る。

 ドラゴン相手とは思えないほどの無謀に見える突進。ホーンドラゴンは首を地面に這わせ、自慢のツノで迎撃する態勢を取った。


 岩石のような龍のツノと細い直刀が交わろうとした瞬間――スレインさんは絶妙に身を捻り、その攻撃を綺麗に受け流した。


 ツノは何にも当たらず突き上げられ、反りあがった首はそのまま地面から突き出た大きな氷の柱に挟まれ、自由を奪われる。


 驚いたらしいホーンドラゴンは、自らの首を固定する氷を両手の爪で破壊しようともがき始める。

 が、急にもがいていた腕が縛り付けられたかのように動かなくなる。いったい何が起こったのか、私にも見えなかったのだから当然ドラゴンにも見えていないだろう。


 業を煮やしたホーンドラゴンは、口を大きく開いてゴオッと息を吸い込んだ。ブレスを放とうとしているんだ。

 その射程内を堂々と直進していくのは、大剣を携えたゼクさんだった。


 彼は逃げも隠れもしないで、大口を開けたドラゴンに突進していく。


「兄貴!!」


 レイが焦った様子で叫ぶ。ガルフリッドさんも声こそ上げないが、頬に冷や汗を流している。2人の焦燥の眼が注がれる中、ホーンドラゴンはブレスを放った。


 破壊力の塊が渦を描いて突き進んでいく。それがゼクさんの大きく振り回した剣にぶつかるやいなや、散り散りに吹き飛んでしまう。


 私たちには見慣れた光景だが、ドラゴンの必殺技を人間の力で霧散させるなんて芸当は、初見の2人を驚かせるには十分だった。


 ゼクさんはそのまま地面を思いっきり蹴って飛び上がり、氷の柱を足掛かりにしてドラゴンの頭部に着地する。

 再び大剣を振り上げると、あの大きく突き出たツノに向かって思いきり打ちつけた。


「ギャオオオオオオオッ!!」


 岩をも穿つホーンドラゴンのツノが、剣の一振りでヒビを走らせる。苦しげに首を振るドラゴンの上で、ゼクさんは容赦なく鋼の刃を何度も叩き込んだ。

 やがて鈍い音を立てて、自慢のツノが砕け散る。


「レイ、今だ!!」


 呆気に取られていたレイは、ゼクさんの合図ではっと我に返る。

 ぐっと剣を握りしめ、吊り上がった両目に戦意を光らせ、力強く地面を蹴る。


「う、おおおおおおおおおおおおっ!!!」


 自らを鼓舞するような雄叫びと同時に跳躍、背を反らしながら剣を振り上げ、ドラゴンの首に向かって――渾身の、一突き。


 その刀身は、魔物の急所を完璧に抉っていた。


「ガアアアアァァァ……!!」


 ホーンドラゴンは断末魔を轟かせ、やがて力なくその場に倒れ込み、その巨体で地面が揺れる。


「はぁ、はぁ……」


 肩を弾ませてへたり込んでしまったレイに、下に降りていたゼクさんがトドメに使った剣を引き抜いて持ってきてあげていた。


「やったじゃねぇか」


「いや、ほとんど兄貴たちが……」


「決めたのはお前だろ」


 もういっぱいいっぱいといった顔のレイは、地面に横たわる巨大なドラゴンの亡骸をじっと見つめ、やがてぱっと顔を煌めかせた。


 今になってわかった。マリオさんが「理に適っている」と言ったわけ。


 ドラゴン退治なんてもちろん大きな功名になるだろうけれど、それだけではない。ドラゴンは基本的に群れでなく単独で行動する――つまり、こうやってレイが仕留めやすいようにお膳立てをしやすいのだ。<エデンズ・ナイト>の評価アップにこれほどピッタリな敵はない。


 ともあれ、練習通りの成果を出せたのは素晴らしいことだ。私はレイのもとに駆け寄った。


「やったね、レイ! ほんとにドラゴンを倒しちゃうなんて!」


 レイはぽかんと目を丸めていたが、だんだんと頬を赤らめて、ごまかすようにフンと鼻を鳴らした。


「こ、こんくらい当然だろっ」


「うんうん、すごいよ!」


「っ……!」


 ぷいっとそっぽを向いてしまったのがなんだか可愛らしくて、私は思わずクスッと笑った。

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