パーティの命運
今回の討伐対象――ホーンドラゴンは、岩場の多い山岳地域を好む魔物で、他のドラゴンと同様に単独で行動する。特徴は頭部の頑丈なツノで、巨大な岩をも穿つ威力があるのだとか。まあ、全部スレインさんに聞いた話なんだけど。
本来、クエストは取り掛かる前に申請しておかなければならないんだけど、事後報告でもロキさんが何とかしてくれるということで、場所が近いこともあって私たちはそのままドラゴン退治へ向かった。
が、さすがに1日2日で行ける距離でもなく、石だらけのじゃりじゃりした山道をずっと歩いていた私たちは、途中で休憩することにした。体力ゼロでへとへとの私は、さっそく腰を下ろして疲労困憊の両脚を休める。
「つ、つかれたぁ……」
「エステルさん、水飲みますか?」
「ありがとう」
気遣い上級者のヤーラ君から貰ったお水は、何か薬が混ざっているのかほんのり甘い味がして、身体に溜まった疲労がじわじわ蒸発していった。
そんな私をレイが訝しげに凝視しているのに気づき、ちょっと噴き出しそうになる。
水を飲みたい、という主張であるわけがなく……あれは私がリーダーをやっていることについての疑念、というより不満に近い。
きっとレイはゼクさんが<ゼータ>で一番強いと考えていて(実際その通りなのだろうけど)、彼が上に立つべきだと確信しているんだろう。私みたいなへんちくりんがゼクさんの上にいるのが許せないのだ。
レイの細められた眼はそのまま水を配って回っていたヤーラ君のほうに移る。
「なあ、ちっこいの」
「僕ですか?」
身長そんなに変わんないけどね、と失礼な感想が湧いてしまった。
「お前はいつも何してんの?」
「錬金術師なので、回復薬の用意とか壊れた装備の修理なんかをしています。前線で戦うことはしませんから、他にすることがなかったら倒した魔物の記録などを手伝っています」
「へぇ……歳、いくつ?」
「14です」
「……えらいな」
感心したレイは、さっきよりも眉の皺を深くして私をじろりと見る。14歳の少年がこんなに働いてるのに、リーダーはいったい何をしているのかと責めるような目だ。実際、記録作業なんか本来私がやるべきなのに、あまりにポンコツすぎてヤーラ君に任せっきりになってるし……。
じりじり頬に当たる視線に耐えていると、ゼクさんの一声が飛んでくる。
「レイ! 特訓すんぞ」
「はいっす!!」
ゼクさんに対しては本当に従順というか、レイは意気揚々とそっちへ向かって行って、私はひとまず解放された。
特訓というのも、前に私がゼクさんに魔物の倒し方を教わったときと同じような塩梅で、山道を走ったり筋トレしたりととにかくゼクさんらしい内容だった。彼の異次元の体力についていくのはさぞ大変だろうけれど、レイは健気にトレーニングに励んでいた。
「今日は必殺技を教えてやる」
「必殺技!」
いつもの体力作りとは違うらしく、レイは目を輝かせている。
「まずは手本を見せてやる。よく見てろ」
ゼクさんは背中の大剣を抜くと、過剰なくらい私たちを下がらせて、ドンと地面が沈むくらいの勢いで駆け出した。
「ぬおりゃあああああああああああッ!!!」
切り立った崖の手前で跳躍、切っ先を頭の後ろまで振り上げ、剥き出しの岩肌に向かって渾身の一突き!
深々と突き刺さった太い刃を中心に蜘蛛の巣状に亀裂が走り、粉々になった塵を噴き散らしながら岩の壁がガラガラと崩落した。
「これでドラゴンをぶち殺す」
無理に決まってるでしょう!!
思わず叫びそうになった。こんな芸当はゼクさんの人並外れた腕力あってのものだ。なのに、レイは無垢に感動と憧れの眼差しを輝かせていた。
「すっ……げぇ~~っ!! どうやるんすか、今の!?」
「簡単だぜ。お前もすぐに岩ぐらいぶっ壊せるようになる」
そんなすぐに人間やめられたら困ります。
ゼクさんは剣の握り方や力のかけ方なんかを指導し始めて、レイも興味津々に聞いている。本当にドラゴンが倒せるかどうかはわからないけど、一生懸命練習をするのはきっといいことだ。
「……はぁ、汗臭くて嫌になっちゃうわ」
大げさにため息をついて立ち上がったのは、ロゼールさんだった。
「どこに行くんですか?」
「お風呂。エステルちゃんも一緒に入る?」
「わ、私はいいです……」
またどこかに魔法で即席の露天風呂でも拵えるつもりなんだろう。
ぼーっと見送っていると、それまでずっと沈黙を貫いていたガルフリッドさんがすっと立ち上がり、ロゼールさんの後を追うのが見えた。
まさか覗くなんてことは億が一にもありえないと思うけれど、少し気になって2人が向かった先にこっそりついていってみた。
「あら、あなたにそんな趣味があったなんて」
岩壁から覗くと、ロゼールさんは待ち構えていたかのようにガルフリッドさんを皮肉で迎える。お風呂に入る様子はまったくなかった。
「……何が狙いだ、『パーティ殺し』。あの無茶苦茶な作戦もテメェの指示か?」
「私が? やーね、あんな脳筋じみたこと、ゼクみたいな脳筋しかやらないわよ」
ガルフリッドさんは依然、刺すような眼光を外さない。
「またパーティを瓦解させようってハラじゃねぇだろうな」
「あらぁ、懐かしいわね!」
ぱん、と陽気に手を叩くその顔は不自然なほど眩しい。
「あのときのあなた、パーティ全員から面白いくらい疎まれていたわねぇ? やることなすこと全部裏目に出て、みんなあなたを悪者にして……見ていて楽しかったわ」
「仕組んだのはテメェだろ、化け猫が」
「ドミノの先頭をちょんと押しただけよ?」
あー……事情を察してしまった。ロゼールさんは前からいろいろなパーティを転々としていたと聞いていたけれど、2人は同じパーティに所属していたことがあったのだ。それで、彼女の癖が出てしまったのだろう。ガルフリッドさんが槍玉に挙げられて、人間関係が崩れて……ということかな。
「テメェみてぇな生粋のイカレ女が、一度や二度で済ますとは思えねぇ……今度は俺たちに何するつもりだ? あの職員の娘にだって――」
「ふっ――あはははははッ!!」
ぞっとするような無遠慮な高笑いが、岩壁に反響する。
「馬鹿ねぇ。私がわざわざ手を出さなくても、あなたたちは勝手に壊れちゃうわ。儚いほどあっけなく、ね。あなた、会って早々あの子が一番気にしていることをずけずけ指摘しそうなところあるもの」
「……」
「あら、図星? あなただって、私と同じくらいパーティを追い出されてきたじゃない……『疫病神』さん?」
ロゼールさんが言葉をぶつけるたびに、ガルフリッドさんの顔の険しさが増していく。一触即発、といった雰囲気。止めに入ったほうがいいのかな……?
「そうそう、エステルちゃんね。あの子がいる限り私は大人しくしているから、安心してちょうだい?」
「信用ならねぇ」
「あらそう。別にいいけど……これだけは忘れないで。あなたたちの命運を握っているのは、あの子よ」
――え、私?
私もガルフリッドさんも、その意味を飲み込めないまま静止してしまう。気ままなロゼールさんは話は終えたとばかりに地面に魔術で穴を空け、中にお湯を注いだ。そうしてつっ立ったままのガルフリッドさんに、しっしと手で追い払う仕草をしてみせた。
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