2人のリーダー
憑き物が落ちたよう、とはこういうことを言うのだろうか。
さっきまで触れたものすべてに噛みつく猛犬のように神経を尖らせていたレイは、ゼクさんに気づいた途端に人懐っこい小型犬に変貌した。
「あの、魔人を真っ二つに叩き割ったやつ、めっちゃ覚えてます!! そうか、<ゼータ>って兄貴のとこだったんすね? 全然気づかなくて、スイマセン」
「いや……」
そうか。合同作戦の後にゼクさんにまとわりついていた子がいたけれど、それがレイだったんだ。
あのときと同じ無垢な憧れの目に当てられたゼクさんのほうは、戸惑った顔で私に救援要請を出している。ちょっと面白い。
でも、これはチャンスだ。<エデンズ・ナイト>の課題はメンバー2人がお互いピリピリして打ち解けられないこと。レイから信頼を置かれているゼクさんに間に入ってもらえば、それも改善するかもしれない。
となれば、ゼクさん! まずはこの子と全力で仲良くなってください! このパーティが立て直せるかどうかは、ゼクさんにかかってるんです!!
そんな思いを視線に乗せて、全力で訴えてみる。たぶん、わかってくれている。いつもの強面が妙にひきつってるし、変な汗をだらだら流しているし。視界の隅でロゼールさんが肩を震わせてるのが見えたけど、仕方がないんです。お願いします!!
「……あー……お前、レイっつったか」
「はい!」
「ミノタウロス、1体ぶっ殺したんだろ? なんだ……やるじゃねぇか」
そこでロゼールさんとスレインさんは思いっきり噴き出し、ヤーラ君まで袖で口元を覆ってぷるぷる震え、マリオさんはいつも通りにこにこしている。わ、私は別に、笑ってないですよ。
「本当っすか!? ありがとうございますッ!!」
ゼクさんのぎこちなさ全開の褒め言葉も、レイは素直に喜んでいるみたい。尻尾をぶんぶん振り回してるワンちゃんに見えてきた。
「じゃ、じゃあっ! 今度こそ、オレを弟子にしてください!! 強くなりたいんす!!」
「で、弟子だぁ? そんなん――」
ゼクさんは、私の決死の目線とレイの純白な目線とを交互に見た。
「――ま、まあ、稽古くれぇならつけてやる……」
「よっしゃあッ!!」
はあ、と息をつくと同時に笑顔になる。ほっとしたのもあるけど、レイの屈託のない喜びように自然と和んでしまったからだ。やっぱり、根は素直でいい子なんだろうな。
この変わりようは厳格無表情だったガルフリッドさんをも驚かせたみたいで、眉を片方だけ上げた顔のまま固まっている。ようやく我に返ると、呆れたように1つ息をついて短い角刈りの頭をわしわしとかき回した。
「そうだ! オレ、また兄貴と同じクエストやりてぇっす! 今度はちゃんと協力するんで!」
「クエスト……あー……」
ゼクさんのたどたどしい目つきが流れてきて、私はあるものを思い出し、鞄から取り出す。
「ちょうどよさそうなクエストの依頼書、何枚かあるけど」
「マジで?」
レイは飛びつくようにその紙束を持っていくと、ゼクさんにも見えるようにパラパラと吟味し始める。
実は、あれはロキさんが帰り際に「何かあったら使って」と渡してくれたものだ。こうなることまで予想していたのだとしたら、本当にあの人には恐れ入る。
「兄貴、どれがいいかなぁ」
ちょうど、歳の離れた兄妹がレストランでウキウキしながらメニューを選んでいる光景を思わせる。付き合わされている兄ことゼクさんはレイのテンションに置き去りにされていたが、あるところにふと目を留めた。
「こいつにしよう」
太い指ですっと抜かれたその紙を覗き込んだレイは、少し意外そうにしていたものの、またぱっと純真の光を放つ。
「い、いいんすか、兄貴!?」
「ああ、お前にはちょうどいい」
「何選んだんですか?」
気になって覗いてみると、ゼクさんはニヤリとその紙を見せびらかし――私はその字面に驚愕した。
推奨ランク、A。内容は――
「ドラゴン退治だ」
ずい、と何かが立ち上がる気配。振り向くと、沈黙を貫いていたガルフリッドさんがいつも以上に険しい顔で歩み寄ってくる。
「どういうつもりだ?」
「……ンだよ、ジジイ」
レイはまた反抗的な目つきに戻ってしまった。ガルフリッドさんは構わず続ける。
「お前にはまだ早ぇ。ミノタウロスですら手一杯だったじゃねぇか」
「なんだと!?」
食って掛かろうとしたレイを、ゼクさんの手が制止する。
「そうピリピリすんなよ、ガルフのオヤジ。俺たちも手伝ってやるっつってんだ。言っとくが、ドラゴンぶっ殺すだけなら俺一人で事足りる」
「……」
それは、誰も反論できない。ゼクさんはSランク級のブラックドラゴンでさえあっさり討伐してしまったのだから。
「だが、俺がぶち殺すまでもねぇ。こいつなら十分やれる」
やや華奢な肩をドンと叩かれたレイは、ぎょっと身を固くした。
「行けるよな?」
「は……はいッ!!」
「待て、しかし――」
まだもの言いたげなガルフリッドさんだけど、ゼクさんは容赦なく切り返す。
「そっちのリーダーの意向は決まったんだ。あとはうちのリーダーが首を縦に振るだけ。だろ?」
急に決定権を投げられた私に、レイもガルフリッドさんもそれぞれの意志がこもった眼差しを注ぐ。ちょっと勘弁してほしかったけど、私はいつも通りに言った。
「皆さん、どうですか?」
たぶん、反対する人はいないと思うけど……それでも、みんなの意見は絶対に聞くことにしている。ゼクさんは言わずもがなだけど。
まずはロゼールさんが、口元を妖しく緩めてぽつりとこぼした。
「面白そうねぇ」
あまりいい予感がしない同意に、マリオさんが続いた。
「……いいね。理に適ってる」
あのマリオさんがそう言うとなれば、その重みは増す。スレインさんとヤーラ君も即座に頷いてくれた。
微妙におもむきが違う気がするけれど、満場一致。となれば――
「行きましょう、ドラゴン退治」
「決まりだな」
ゼクさんにトドメのように言われて、ガルフリッドさんも不安を顔に残したままだが矛を収めてくれた。
これで心置きなく次のクエストに――と思ったが、今度はレイのほうが何か解せないような表情でこちらを凝視している。
「なあ、兄貴」
ゼクさんは自分より遥かに背丈の低いレイを見下ろす。
「なんで兄貴んとこはあんな弱そうなのがリーダーやってんだ?」
ごもっとも、と私は思うんだけど……聞かれた側のゼクさんはわずかに眉をピクピクさせている。だめですよ、怒っちゃ。相手はゼクさんからすれば100歳は年下の女の子なんですから!
さすがに怒る場面ではないと考えてくれたのか、彼はふうと短く息を吐いた。
「……馬鹿おめぇ、そんなこともわかんねぇのか? あいつはな――」
そこで、言葉が止まる。時折「あー」と漏らすだけで、視線は虚空をぐるりと行き来し、長い沈黙の果てに一言。
「ま、そのうちわかる」
「……ふぅん」
どう見ても納得いかなそうなレイの半目を投げられて、私は苦笑いで返すしかない。
確かに、なんで私がリーダーをやっているかなんて、自分でもうまく説明できない。ただ成り行きでそうなって、なぜか知らないけどそれでうまくいってるから、そのまま続けているだけだ。
もやもやしたまま同行するのも気が引けるので、協力するパーティのリーダーどうしだからと、私は改めてレイに手を差し出す。
「頑張ろうね」
「……」
返答は、パン、と手のひらに一発だけだった。
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