シナリオ通り

 枯れた森林の土を踏みしめて行くのは、小柄な少女と筋肉質な大男という不釣り合いな2人組。小さいながらも鋭い眼差しのレイは周囲を過剰なまでに警戒し、物静かなガルフリッドは別のことに意識を向けている。


「……断らねぇほうがよかったんじゃねぇのか」


 ガルフリッドは独り言のように呟く。自分が何か言うたびに、レイが機嫌を損ねるのを知っているからだ。案の定、彼女は尖った目をギロリと動かした。


「よくも知らねぇパーティの助けなんか、必要ねぇよ」


「あいつらは強ぇぞ」


「嘘つくなよ。リーダー見たけど、すげぇ弱そうだったぞ」


 メンバーにはガルフリッドの知っている顔もあり、彼らがいかに強く、いかに扱いづらいかもよくわかっている。だからこそ彼らのリーダーなどを務められている少女にも、元職員という経歴以外ほとんど情報を得ていなくとも、一目置いていた。


 経験の浅いレイでは理解できないのも無理はない。しかし、今回のクエストは2人だけでは十中八九苦戦するだろうことは目に見えている。


 標的であるミノタウロスは、単純な膂力に秀で、群れで行動する魔物だ。2人しかいない現状では明らかに人数不利で、小柄なレイは力負けすること請け合いだ。


「……いいか。もし敵が見えたら、闇雲に突っ込むんじゃ――」


「うるっせぇな、さっきから!! オレのこと馬鹿にしてんのかよ!?」


「そうじゃねぇ。そもそも――」


「だからうぜぇんだよ!! 魔物がなんだ、全部ぶっ殺してやる……!!」


 異様に猛っているレイに、ガルフリッドは言葉を続けられずにため息をつく。

 今回も、長くは持たねぇかもな――などと、不吉なことを考えながら。



 しばらく歩いたところで、ガルフリッドが足を止める。

 少し先を行っていたレイはそれに気づくと、不満そうに振り返る。


「……何してんだよ。足、痛ぇのか?」


「来るぞ」


 周りの空気が一変したことを、レイは遅れて察知した。

 遠くから舞い上がる砂煙が接近してくる。地響きが次第に大きくなり、砂塵の中からいくつもの牛の頭が出現した。


「……ッ!」


 敵の襲来を認めた瞬間、レイの顔が険しく歪む。彼女にとっては重たい剣を乱雑に抜き、歯を食いしばる。


「待て。ミノタウロスに正面から突っ込むな」


 ガルフリッドが制止する声もすでに遅く、レイは波のように押し寄せる群れのほうへ踏み出していた。


「うおおおおおおおおッ!!」


 喉の奥から雄叫びを突き上げて、屈強なミノタウロスの集団に無謀にも突撃しようとしている。

 ガルフリッドは咄嗟に手近な石を拾い上げ、一番にレイと衝突しようとしている魔物の目を狙って投擲した。


 石は見事に命中し、先頭のミノタウロスがよろめいている隙にレイは剣を突き刺した。

 これで1体撃破。だが、群れの中に単独で突っ込んできた少女を、血気盛んな獣たちが見過ごすはずはなかった。


 すぐ脇にいた1体が、武器の棍棒を思いきり振りかぶっている。当のレイは死骸に食い込んだままの剣を抜くのに手間取り、無防備な姿を晒している。


 そこに重々しい足音がドシンと割り込み、瞬く間に得物を振りかざした魔物の上半身が消える。

 残された下半身もぐらりと倒れ、乾いた大地を赤い鮮血で染め上げた。


 何が起きたのか理解が追いついていないレイのすぐ目の前には、盾を構えたガルフリッドの大きな背中がある。仲間を無残に葬られたミノタウロスたちの攻勢を、彼は1人で受け止めた。


「どいてろ」


「いや、だっ――」


「剣なんか拾ってる場合じゃねぇ!! どけ!!」


 決死の怒声にレイは勢いを挫かれ、思わず一歩退く。

 棍棒の猛攻を盾で受けながら、歴戦の勇者は斧1つで魔物の群れを捌いていく。戦闘経験の未熟なレイでも、その圧倒的な力は十分に理解できた。


 だが、ガルフリッドも万全ではない。一度切り刻まれた右足は徐々に踏ん張りが利かなくなって、鈍い痛みを訴え始める。蓄積したダメージが身体の動きを鈍らせ、頬の傷痕のそばを一筋の汗が流れた。


 とうとうガルフリッドの足が、大きく後方へよろめいた。眼前に迫りくるのは、当たれば無事では済まない勢いの単純で頑丈な武器。


「くっ……!」


 だが、その攻撃が命中することはなかった。


 棍棒を振り下ろしたミノタウロスは、時が停止したかのように途中でピタリと動きを止めてしまった。魔物の身体は、よく見れば薄く透明なベールで覆われている。

 それは、氷だった。


 間髪入れず、群れの後方から血飛沫が噴き上がる。そこから一陣の太刀風が群れを真っ二つにするように駆け抜けて、その軌道を飛び散る血液がなぞっていく。

 先頭の氷漬けが蹴り倒されると、呆気にとられる2人の勇者の前に兜の騎士が現れた。


「お前は――……」


「まだ来ます」


 騎士は短く警告し、鋭い眼光を残党たちに向ける。


 混乱した魔物たちには、態勢を立て直す隙も与えられなかった。反撃に転じようとしたものは、すぐさま何かに縛られたように身体の自由を奪われ、屈強な筋肉を引き裂かれる。


「こっちこっち」


 反対側から、気の抜けた声が飛んでくる。枯れ木の陰からひょっこり顔を出した青年が、小さく手招きしている。ガルフリッドは戸惑っているレイを小脇に抱え、指示に従って避難した。


「ぬおらああああああああああッ!!!」


 野獣の咆哮を思わせるような絶叫。2人が振り向けば、獰猛な目つきをした傷顔の男と、大柄な身の丈と同等の大剣が唸りを上げていた。


 乱暴に振り回された巨大な鉄塊は、ミノタウロスの頑強な肉体をいともたやすく切り裂いた。


 それはまさしく、一方的な蹂躙だった。魔物は1体残らず撃滅、受けた被害は皆無に等しい。

 圧倒的な力を見せつけた彼らのもとに、記録用紙を携えた少年と、いかにもこの場にふさわしくない人畜無害そうな少女が近づいてくる。


「皆さん、ミノタウロスはこの先の――……って、あれ? もう終わっちゃいました?」



  ◇



 枯れた森の開けた場所で、私は先ほど命の危機に瀕していた2人を見る。2人とも大きな怪我はなさそうで、そこだけはひとまず安心だった。

 武器や防具の損傷もあったみたいだけど、ヤーラ君が錬金術でぱぱっと修復してくれている。


「どうぞ」


「ああ」


 ヤーラ君が渡した盾は、さっきまでは攻撃を受けすぎて表面がボコボコに凹んでいたけれど、今はもう新品同然だ。

 不愛想に返事をしたガルフリッドさんは、足を怪我したと聞いていたけれど、それほどの攻撃に耐えていたということだ。その厳めしい顔つき通り、強い人なのだろう。


 もう1人の、リーダーの子はというと――


「ンだよ」


「あ、いえ」


 鋭い眼に睨まれて、反射的に視線を反らしてしまった。


 ロキさんに言われた通り、協力申請が却下されたのが伝わっていなかったということは<エデンズ・ナイト>の2人にも説明したけれど……それでもどこか不満げなのが何も言わなくてもわかってしまう。

 それでも、もう一度おそるおそる話しかけてみる。


「あの、レイちゃん?」


「『ちゃん』付けすんな」


「ご、ごめん。じゃあ、レイちゃ……レイ?」


「気安く呼ぶな」


「うぅ……」


「で、何だよ」


「あ、えっと……私、前にレイと会ったことがある気がするんだけど……覚えてないかな」


「知らねぇよ」


「そ、そう……」


 私の言葉すべてにつっけんどんな対応が返ってきて、少しへこみそうになる。名簿によるとレイのほうが私より2歳ほど年下だったのだけど、少なくとも年齢を気にする性格ではなさそうだ。


「『合同作戦』のときじゃないかな」


 マリオさんがぽつりと添える。


「ほら、前にいろいろなパーティが合同で魔族と戦ったときがあったよね? そこに<エデンズ・ナイト>も参加してたはずだよ」


「……ああ!」


 思い出した、アルフレートさんたちも参加したあの作戦だ。確か、各パーティのリーダーだけが集められる話し合いみたいなのがあって、そこでレイを見たんだ。


 そこでゼクさんも何かに気づいたように膝をぱしっと叩いた。


「お前あれか、あんときのガキか!!」


「……?」


 レイは怪訝そうにゼクさんをまじまじと見つめるが、だんだんと苛立ちに絞られた目つきが緩んで丸くなっていく。


「……あ! ゼクの兄貴!」


 さっきまでの厳しい表情が、嘘のようにぱあっと輝いた。

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