気になるEランク

 夜。<ゼータ>のみんなで久しぶりに帝都の酒場のテーブルを囲んで、私は会長から聞いた話をそのまま伝えた。


「じゃ、今度はあのSランク連中と真っ当に勝負できるってわけだな」


 ゼクさんは嬉しそうにタバスコがたっぷりかかったステーキを噛みちぎる。赤い雫がテーブルに散ってもゼクさんは気にも留めないが、小さな手が伸びてきてさっとその汚れを拭き取った。


「そもそも『模擬戦闘』なんですよね? どうやるんでしょう。特にゼクさんとか、ちゃんと手加減できると思えませんけど」


「EやDランク相手だったら、死人が出ちゃうかもしれないねー」


 ヤーラ君が心配そうに空になったお皿を隅に重ね、マリオさんがさらに心配になるようなことを付け足す。確かに、試合がどんな形式になるのかはまだ聞いていない。


「それよりも、まずはクエストだ。我々はよそのパーティを支援するということだったな」


 食べるのが早いスレインさんは、もう食後のお茶も残りわずかだ。その隣では、ロゼールさんがのんびりとフォークでパスタをくるくる巻いていた。


「マーレちゃんとエルナちゃんのところ、困ってるらしいわねぇ。もっと困らせに行こうかしら」


「<クレセントムーン>に協力するときには、ロゼールをどこかに縛り付けておこう」


「いやだ、冗談よ」


「こちらも冗談だ」


 ロゼールさんはため息をつきながら、パスタを口に運ぶ。マーレさんたちも大変みたいだし、お手伝いに行きたいのは山々だけど――


「あの……実は私、気になってるパーティがあって」


 ちょっと控えめに切り出してみると、仲間たちは一斉に私のほうに注意を向けてくれた。


「<エデンズ・ナイト>っていうんですけど、知ってます?」


 名前を出してはみたものの、みんなの反応はイマイチだった。


「知らねぇな」


「名前からしてEランクですよね」


「エステルちゃんが興味持つなんて、よっぽどねぇ。どんな子たち?」


「いや、実は私もよく知らないんですけど……」


「だったらボクが教えてあげようか?」


 いつの間にか席が1人分増えているのに気づいて――私は飛び上がった。


「ひゃあっ!? ロキさん!?」


「そーです、神出鬼没のロキさんですよー」


 相変わらずいたずらっ子みたいなロキさんは、私をびっくりさせたのが嬉しいらしく、したり顔でピースサインを作る。


「いやあ、さすがはエステル。<エデンズ・ナイト>に目をつけるとはお目が高い! あそこは消えるにはもったいないパーティだからね。どうだい、今なら無料でいろいろ教えちゃうけど」


「そう言って、前もタダで情報くれたじゃないですか」


「バレたかぁ。君たちには恩があるからね、お代は取らないことにしたんだ。で、件の<エデンズ・ナイト>だけど……どこまで知ってる?」


「えっと、元は4人パーティだったけど3人辞めちゃって、そこにDランクから移籍した人が入って、メンバーが2人だけっていうことは」


「うん、そうだね。で、リーダーが元からいた新人のレイチェル・エイデンって子。はっきり言って、勇者としての力は微妙なところ。だけど、もう1人は――あのガルフリッド・ナイトレイだ」


 その名が挙がった途端、仲間たちはピクリと顔を上げた。


「ガルフリッド殿が? まさかEランクにいらっしゃったとは……」


「あの斧のジジイか! 前はAランクだったよな?」


「まだ勇者続けてるのねぇ、あの人。うふふ、懲りないわぁ」


 そのガルフリッドさんという人は、結構な有名人らしい。前はAランクだったってことは、相当強い人なのかな。でも、どうしてそんな人が?


「そう! ゼクの言う通り、昔はAランクパーティで活躍していたベテラン勇者さ。でも、いろいろと不運な人でね。あちこちのパーティを転々としてて、今回は足の怪我のせいで移籍になったんだ」


「で、その人たちはどういう問題があるの?」


 マリオさんがマイペースに食事を進めながら、核心を突いた質問をする。ロキさんの回答は、至極単純なものだった。


「性格の不一致、さ」


 ふと、昼間に見たリーダーのレイチェル――レイという子のことを思い出す。ラックにつっかかっていた彼女は刺々しいというか、周りの人を拒絶しているような感じがあった。


「2人とも、なんというか……人と容易に打ち解けられるタイプじゃないっていうか。こればっかりは、実際に見てもらったほうが早いな。特にレイチェルは、例の宣戦布告してきた魔族にボコボコにされて、それで一層ツンケンしちゃってるみたい」


「その魔族って……」


「彼女の報告では――『ダリア』と呼ばれていたらしいよ」


 ロキさんの目が、じっとゼクさんのほうを見据える。ゼクさんはやはり覚えがあるような反応をしたが――サラやヨアシュのときとは違って、なんというかこう、うんざりしたような顔になった。


「あー……あいつか。やっぱりかー……。うわ、マジでめんどくせぇ」


「ダリアって、どんな人なんですか?」


「一言で言えば、バカだ」


 ものすごく端的な悪口で表現されて、私たちはきょとんと固まる。


「あいつはマジで頭が悪いんだよ。わざわざ宣戦布告したのも、あいつのお遊びだろ。アモスのしかめっ面が目に浮かぶぜ……」


 ゼクさんにとっては憎い兄であるはずのアモスにまで、どこか同情的な口ぶりだった。


「困るね。先が読めないタイプかぁ」


 マリオさんにとってはやりにくい相手かもしれない。サラやヨアシュのように計画性がないぶん、何をしてくるかわからない怖さがある。

 ロキさんはテーブルに肘をついた姿勢で、彼らしいへらへらとした顔のままその情報を咀嚼している。


「なるほどね。レイチェルはダリア憎しで燃えてるみたいなんだけど、正直実力が伴ってない。そんなちぐはぐなお2人さんは、これからミノタウロスの討伐クエストに向かう予定らしいよ」


「ミノタウロスかぁ。Dランク上位からCランク真ん中くらいが適正だよねー」


「え、じゃあ早く助けに行かないと……!」


 私が思わず立ち上がると、ロキさんは制するように両手を挙げる。


「まあまあそう慌てなさんなって~。実はこのロキさん、すでに根回し済みなんですねぇ~。そう言うと思って、<ゼータ>がそのクエストに協力する手続きをとっくに済ませているわけですよ」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「テメェ、俺らの動向勝手に決めてんじゃねぇよ」


「そんな怖い顔しないでよ。これには事情があって。というのも、あの2人――特にレイチェルは他からの協力を受けたがらない子でさ。実際、申請は1回拒否されてるんだ」


「え? それ、私たちが行っても大丈夫なんですか?」


「うん。その却下の旨が何かの手違いで<ゼータ>に伝わってなくて、君たちは少し遅れて<エデンズ・ナイト>のピンチに馳せ参じるの。OK?」


 ああ……つまり、ロキさんは私たちが助けに行くシナリオを遂行できるよう、裏で細工をしてくれたということなんだ。さすがというか、何というか……。


「エー、クエストの詳細については、こちらをご覧ください。というわけで、ヨロシクね~」


 用は済んだとばかりに席を立ったロキさんを、少し皮肉の混じった声が呼び止める。


「……Eランクのヒヨッコちゃんにそこまで手間をかけてあげるなんて、随分優しくなったのねぇ?」


 ロキさんはちらっと振り返って、先ほどとは違う笑みを浮かべる。


「そりゃ、なんだってやるさ。勝ちたいからね、今度こそ」

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