魔界への切符
<黒き谷の遺跡>の奥、魔界に通じる大きなゲートが開き、大量の魔族が攻め込んでくる――「大侵攻」。
このタイミングで、<勇者協会>の勇者たちは魔族の進撃を阻止し、逆に開いたゲートに入って魔界へ乗り込み、魔王を討つ。歴史上、何度も行われてきたという一大決戦だ。
ゲートの性質上、人間が大人数で一気に入り込むことはできないという。魔界に行けるのは、ちょうどパーティ1組分。だから、協会で最も強いパーティがその役目を担ってきた。
最後の「大侵攻」で魔界に攻め込んだのが、お兄ちゃんたちのパーティだった。
今でもよく覚えている。賢者たちがゲートの異常を確認し、全勇者たちが招集され、大勢の人々に見送られながら帝都の大通りを行進して出陣していった。お兄ちゃんたちは近年で一番魔王討伐に近いと期待されていて、誰もが勝利を信じていた。
――結局、あの日から今日まで、お兄ちゃんが帰ってくることはなかった。
「何を呆けてるんだ?」
「わっ!」
はっと気がつくと、トマスさんの怪訝そうな三白眼が間近に迫っている。
だだっ広いホールには私をはじめとする各勇者パーティのリーダーが集められていて、顔見知りの姿もちらほらと目についた。
「あー、えっと……会長、どんな話するのかなって」
私たちは今日、ウェッバー会長から話があるということでここに来ている。内容は知らされていないが、なんとなくメレディスさんがドナート課長と一緒に上層部に掛け合ったことが関係しているんじゃないかと勘繰ってしまう。
「そうだな……そう悪い話じゃないだろう。ロキの奴がニヤニヤしてやがったからな」
「ロキさん、もう先に情報掴んでそうですね」
「ほぼ間違いないだろうな。今もこのホールのどっかに潜んでるんじゃないか」
そう言われると、気になって周りをきょろきょろしてしまう。
そんなことをしているうちに、前方のステージのようなところへ穏やかな紳士が現れた。お喋りに興じていた人たちは、一斉に話をやめてそちらに注目する。
「今日は、集まってくれてありがとう」
ウェッバー会長は前に会ったときと変わらず、優しく微笑んでいる。
少し長い前置きの間、ふと気になって息子のラックのほうを見てみた。父の登場でふんぞり返っているのかと思いきや、意外にも居心地悪そうに顔を背けていた。
「……さて、このたび諸君らを呼んだのは、『大侵攻』に向けた現体制に一部変更を加えることになったからだ。というのも、職員の者から提言があってね」
やっぱりメレディスさんだ。本当に彼の意見が通ったんだ。すごい。
「まず、クエストについて……これまでは複数のパーティが競合する形も可としていたが、やはり先に申請したパーティの担当とする。ただし、どのランクのクエストにも参加できるよう規制を緩めるつもりだ」
ということは、たとえばEランクのパーティでもAランクのクエストを受けられるようになるんだ。現実的にそれは難しそうだけど……。
「原則として、1つのクエストに2つ以上のパーティの参加は認めない……が、例外として――特別な位置づけである<ゼータ>のみ、他パーティと共同でクエストを行うことができるものとする」
「えっ?」
変に上ずった声が出てしまった。評価対象外だった私たちは、他のパーティのお手伝いをするという役目を貰えたわけだ。
「マジか! エステル、俺たちと一緒にやんねぇ?」
「いいなぁ、あたしらともやろーよ!」
「えー……ロゼールと一緒は嫌ね」
嬉しいことに、レオニードさんやマーレさんは喜んで誘ってくれている。エルナさんはあんまり乗り気じゃなさそうだけど。
「それから、『大侵攻』での役割はクエストの達成度で決定すると言ったが、それとは別に、皆の実力を測るための試験のようなものを用意することにした」
再び、勇者全員の視線が会長のほうに注がれた。
「全パーティ間で模擬戦闘のトーナメントを行い、優勝したパーティを魔界突入の部隊に任命する」
ざわ、とホール中に動揺と緊張が走る。
トーナメント大会で勝利を収めれば、魔王を倒すチャンスを手に入れられる……Sランクでなくとも。
「形式としては、まず同ランクどうしで勝ち抜き戦を行い、その後各ランク帯のトップで争い優勝を決めるが――<ゼータ>は特別に、EからSランクまでで1位となったパーティと順番に試合を行うこととする」
「なるほど、優勝を目指すなら必ず<ゼータ>と戦わなきゃいけないのか。これはキツイな」
横目でこちらを覗くトマスさんは、言葉とは裏腹に表情は自信に満ちている。
私たち<ゼータ>は他のパーティとクエストでは協力しつつ、トーナメントでは全ランクの人たちが敵になってしまうらしい。
勝算は――仲間の顔を思い浮かべれば、「ある」とはっきり答えられる。
あのときお兄ちゃんたちにできなかったこと……私たちなら、できるだろうか。
会長の話が終わったあとも、興奮冷めやらぬ勇者たちのざわめきは続いた。
「よーっ。なんかスゲェ話になってきたなぁ」
レオニードさんも例に漏れず浮足立っている様子だ。
「ま、Bランクの王者は俺たち<ブラッド・カオス・ドラゴン・エクスカリバー>で決まりだけどよ? 正直、ゼクの兄貴に勝てる気しねぇ~っ!」
「あはは……。でも、最終的には共に戦う仲間同士ですからね。一緒にクエストやるの、楽しみにしてますよ」
「おうよ! 皇子んとこは<ゼータ>予約しねぇの?」
「俺たちもぜひ、と言いたいところだが……本当に困ってるパーティを優先してもらったほうが、全体の戦力向上には繋がるだろうしな。俺たちはもう十分世話になった」
「へぇ、俺らは可愛い女の子不足で困ってるからセーフな」
「うちの可愛いお嬢様方に切り刻んでもらえるサービスを提供してやろうか?」
レオニードさんとトマスさんは気軽に冗談を交わせるくらい仲良くなっているみたい。
2人がわいわいじゃれ合ってる傍で、マーレさんとエルナさんが話に入ってくる。
「困ってる度だったら、実は割とあたしら深刻なんだよねー。さっきの、真面目に検討しといてくんない?」
「もちろんいいですけど……何に困ってるんですか?」
「あんたはまだ会ったことないと思うけど、うちの残り2人。これがまた厄介なのよね……。まあ、ロゼールやノエリアほどじゃないから大丈夫よ」
エルナさんの眉間に苦労の跡が浮かぶ。<クレセントムーン>の他のメンバーは顔だけならちらっと見たことあるけど、そこまで変な感じはなかった気がするなぁ。
こうやって私が知っている人たちのヘルプに入るのもいいけど……まだ知らない人たちで困っているパーティがあったら、そちらの手助けもしたい。トマスさんが言っていたように、全体の戦力向上を考えなきゃ。
「いってぇな!!」
そんなことを考えていたら、どこからか刺々しい声が響いてくる。人々の隙間を縫ってその元を探すと、ラックの見下すような顔と、金髪で小柄の――目つきだけはやけに猛々しい女の子が見えた。
「テメェ、今オレの足踏みやがっただろ!! 謝れ!!」
「んん? 悪いね、この人ごみだし……それに、小さすぎて見えなかったよ」
「ンだと、このクソ野郎……!!」
「僕はAランクパーティ<オールアウト>のラック・ウェッバーだ。君はいったい誰だい?」
「……<エデンズ・ナイト>のレイだ」
あ。あの子、確かレミーさんが「滅亡の危機に瀕してる」なんて大げさに言ってたパーティの……。
なんだか、顔に見覚えがある気がする。どこかで会ったっけ……?
「はははは!! なんだ、まだEランクのヒヨッコか。先輩に対する礼儀はわきまえたまえ」
「馬鹿にしてんのか、テメェ!!」
レイという子は血気盛んなのか、今にも飛び掛かりそうな勢いだ。ラックは態度を改める気配がないし、このままじゃ喧嘩に――
と、心配していたところで、2人の間に兜を被った男性が入り込んだ。
「何を笑ってるんだ? 俺も昔はEランクだったよ」
現最強パーティ、<スターエース>のリーダーにたしなめられて、へらへらと笑っていたラックは顔を引きつらせる。
「皆やる気は十分みたいだな。とてもいいことだ。君たちとの戦いを、楽しみにしているよ」
最も魔王討伐に近い勇者――アルフレートさんは、それだけ言い残してこの大広間から颯爽と去っていった。
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