システムの欠陥

 本当に久しぶりに帝都に戻ってきた私は、長いこと空けていた自宅の掃除を軽くして(ヤーラ君は「軽く」どころじゃ済まないんだろうなと思いつつ)、さっそく職場に顔を出した。


 帰ってきたという挨拶をしたかったのはもちろんだけど、他にも大事な用がある。


「えっ……エステルちゃああ~~~~~~~~~~~ん!!!」


 案の定いつもの倍くらい忙しそうだった「パーティ管理課」だけど、レミーさんは私の顔を見るやいなや、椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで私のほうに飛びついてきた。


「あ、あ、会いたかったぜぇ~~~っ!! ここんとこマジで仕事増えてよぉ、みんなカリカリピリピリしてて、精神的にキツかったっつーか……とにかくエステルちゃんの顔見れてめっちゃほっとしたぜぇ~!!」


「ありがとうございます。私も寂しかったですよ」


「……もうこのまま一緒に飲み行かない?」


「レミー!」


 ドナート課長の怒号が飛んできて、レミーさんは一転気まずそうな顔になる。


「今の状況をわかっているのか……? 挨拶は構わんが、遊んでいる場合ではない!」


「へいへい、わーってるよぉ」


 やっぱり今は大変なんだろうな……と思うと、もう1つの用事も切り出しにくくなってしまう。

 どうしようかとためらっていると、聞き覚えのない男の人の声が高らかに響いた。


「あなたがあのエステル・マスターズさんですね!」


 奥のほうに座っていた、眼鏡の男性が立ち上がる。こちらに近づくほどすらりとした長身が目立ち、綺麗な分け目に沿ってふわりとなびく艶やかな金髪と端正な目鼻立ちがくっきりと映えて――


「私はメレディス・クリフォードと申します。このたび『パーティ管理課』に配属となりました。以後、お見知りおきを」


「……」


「エステルさん?」


「……あっ! は、はいっ。よろしくお願いします!」


 危ない危ない、あまりにイケメンすぎて見とれてしまった。スレインさんの素顔を初めて見たとき以来の感覚だった。


 そうか、このメレディスさんが前に聞いたすごい新人さんだ。歳は私よりは上だろうけど、若々しく溌剌とした印象がある。物腰柔らかで爽やかな笑顔を浮かべているが、かなり仕事のできそうなオーラを放っている。


 小さな舌打ちが聞こえて横目でちらっと見ると、レミーさんが口をひん曲げた仏頂面で不機嫌そうに頬杖をついていた。確か、レミーさんはメレディスさんを良く思っていないんだっけ。どうしてだろう?


「エステルさんのお噂はかねがね伺っております。その若さで、しかも職員でありながら、非常に優秀な勇者パーティを率いていらっしゃると! 西方支部では見事、魔族の大物を退けたというお話も存じております!」


「いえいえ、私なんてほとんど何もしてませんから……」


「とんでもない! 一目でわかりました。あなたはきっと、周りの人間を引き寄せるような、そんな才能があるのだと思います。お優しくて、努力家で……何より、可愛らしい」


「や、そ、そんな……」


 ただでさえイケメンが間近にいるという状況なのに、こんなにストレートに褒められて、体温が急上昇してきてしまう。

 でもレミーさんはますます不快感を顔中に表出しているし、ドナート課長も咳払いをしてたしなめモードに入った。


「メレディス、顔合わせはその辺でいいだろう。業務も溜まっている」


「重々承知しております、ドナート課長。しかし、彼女がここに来たのはいい機会です」


 メレディスさんの堂々とした話しぶりに、課長も興味を持ったらしくふっと手を止めた。


「此度の大侵攻に備えた評価システムの刷新。一見合理的ですが、やはり無視できない欠陥があります。まず何より、エステルさんの<ゼータ>が評価対象外となっている」


 え、と肩透かしを食らってしまった。私もそのことについて聞こうと思っていたのだけど、まさかメレディスさんの口から出てしまうとは。


 レミーさんもそれについては思うところがあったのだろう、顔をしかめながらも小さく頷いている。


「<ゼータ>だけではありません。他のパーティでも、ランクの高いクエストでの成果の奪い合い、パーティの再編――言ってしまえば、実力がないと判断されたメンバーを不当に外したり、逆に優秀なメンバーが上位ランクのパーティに移籍してしまったり……その結果が、この業務肥大化です!」


 せわしなく手を動かしていた他の職員たちも、徐々にメレディスさんの熱弁に目線を集めていく。

 そういえば、私たちが帝都に帰る道中にトマスさんたちが1体の魔物を取り合っていた。そういう事態があちこちで起こっているのだろう。


「そこで! 私はこのシステムの見直しを上層部に打診したいのですが――いかがです、ドナート課長」


「……君の意見はわかった。もっともだと思う。だが……ただ文句を言うだけでは、上は受け入れてくれないだろう。それに、君はここに配属されたばかりだ」


「わかっております。もちろん、対案はご用意しておりますので、後で確認していただければと……。それに、私のような新人だからこそ、失う立場もございません」


 課長は腕を組んでしばらく考え込んでいたが、おもむろに席を立ち、メレディスさんの目を直視した。


「詳しい話を聞こう。他の者は、そのまま業務を続けていてくれ」


 オフィスを出ていく2人の背中を、私はぼんやり見送っていた。

 メレディスさん……すごいなぁ。頭もよさそうだし、行動力もある、熱い人だ。


「あんんんの……キザ野郎!! 新入りのクセにエラっそうにべらべらべらべら……マジでむかつくぜっ!!」


 レミーさんが惜しげもなく悪態をつく。長く勤めているぶん、やっぱり複雑な気持ちとかあるのかなぁ。


「でも、レミーさん。みんなの仕事が楽になるなら、そのほうがいいじゃないですか。私じゃ、お役に立てないし……」


「ノーノー、エステルちゃんはそこにいるだけで俺たちの癒しになるからいいんだよ……うーん、ラブリー!」


「はぁ……。そういえば、パーティの再編? が増えてるって話でしたけど……私がいない間に、結構変わってたりしてます?」


「あー、そうねぇ……。エステルちゃんと関わりのありそうなパーティは、全然変わってないはずだけど……一応、名簿見る?」


 レミーさんから本部の全パーティと所属メンバーが記載されたファイルを受け取る。ざっと見た感じ、知り合いのところに大きな変化はない。


 そのほかのパーティは、記憶力のない私にはどんな変化があったかわからなかったけど……1つ、気になるパーティが目についた。


「レミーさん、ここ……メンバーが2人しかいないんですか?」


「ああ、それね。そうそう、今一番滅亡の危機に瀕している、<エデンズ・ナイト>さ」



  ◆



 足の怪我で行き場を失ったガルフリッドの唯一の受け入れ先、たった2人のEランクパーティのもう1人は、小さな会議室で待機しているとのことだった。


 駆け出し勇者の少女ということであまり期待はしていなかったガルフリッドだが――彼女の姿を見たとき、その予想が悪いほうに振れてしまったことを悟った。


 10代半ばといったところか、身軽な服装から見える体つきはかなり華奢でやや背も低い。にもかかわらず、とても扱えそうもない剣を提げ、バンダナ越しの眼光だけはいっちょ前に野犬のような鋭さを発揮している。


 真っ先に突っ走って死ぬタチだ――と、ガルフリッドは自身の経験から判断した。

 若い奴にありがちな、荒削りの意志だけが先走って、実力がついて来ていないタイプ。


 不安が顔に出ていたのだろう、少女もガルフリッドに好意的な態度は見せず、むしろ野生の獣のように警戒心を剥き出しにしていた。


「ンだよ、ジジイ」


「……ああ、悪い。レイチェル・エイデンてぇのはお前か?」


「レイでいいよ」


「そうか、レイ。俺は元<ダイヤモンド・ダスト>のガルフリッド・ナイトレイだ」


 レイは何も応えず、視線すら合わせない。ガルフリッドはため息をつく。


「見ての通り、ここは2人しかいねぇ。まあなんだ、互いに協力して――」


「るっせぇな。リーダーはオレだ。よそモンのジジイが口出すんじゃねーよ」


 あくまで反抗的な態度のレイだが、ガルフリッドは生憎と器用に振る舞える男ではなかった。


「……女が、男みてぇな喋り方するな」


 ただでさえ不機嫌だったレイは、その言葉で怒りに目をひん剥く。

 ガルフリッドはさっそく、彼女にとって最も気に障る部分に触れてしまったらしかった。

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