#25 XYZ
孤独の勇者たち
青々とした丘陵地に、点々と赤に染まった場所がある。地に伏した傷だらけの少年少女たちと、彼らを見下ろす人ならざるもの。
「まっ……じ、でぇ~~~!? よっっっわ!! 人間よわっ! 勇者とかクソすぎねぇ!? これで『Eランク』なんだろ!?」
有り余る元気で手足をバタバタさせている、長髪を雑に結わえた魔族の女。その隣には、神経質そうな魔族の男が眉間に皺を刻んでいる。
「何を期待してたんだ? 『E』なんぞこんなモノ……。オレ達が出動するまでもない。時間のムダ!」
「でもよ、あれだろ……E、D……なんかあって、S、ってなってんだろ? ランクって。こいつらが『一番』なのによ~、これじゃあガッカリだぜ!」
長髪の女の言を受け、神経質な男は目を見開く。
「……ハァ!? ダリア、オマエバカ! ホンットにバカ!! 『E』が一番弱くて、『S』が一番強い!! オレ達がやったコイツラは、一番弱い連中!!」
「え……まっっっじでぇ~~!? ウッソォ!? あたし超バカじゃん、一番強いのとやりたかったのに!! ……アレ? でもそうなるとよ、ゼカリヤ兄のいるとこってどーなんの?」
「知らん。ランク制度の外にあるか……もっと弱い扱い? でも、サラ様やヨアシュ様と渡り合ってるから、きっと前者」
「ゼンシャ……? よくわかんねぇけど、じゃあいいや。どーしょっかな~……こいつらこんなに弱いんじゃ、殺しても仕方ねぇしなぁ」
ダリアは腕を組んで首を左右に揺らし、うんうん唸りながらその場をぐるぐると回る。やがて何か思いついたように足を止めた。
「そーだっ! じゃあ弱いの! お前らの仲間にこう伝えろ。あたしら魔王軍は、人間界に攻め込む計画絶賛進行中!! ちゃんと準備して、ばっちり強くなって、そんでまた遊ぼうぜっ!」
無邪気にウィンクを決めながら宣言するダリアに、地に伏しながらも戦意の滾る眼光を突き上げる少女がいた。
短く結わえた金髪と大きなバンダナは泥にまみれ、身軽な装いは所々破れてさらに縮み、露出した肌には生々しい傷痕が鮮明に刻まれている。
小柄な体格には不相応の剣は、それでもしっかりと小さな手に握られていた。
荒々しいまでに力強い意志を瞳に宿す少女を――ダリアは歓迎するかのように、ニヤリと笑って見下ろした。
◆
小さな村の番兵をしていた大嫌いな父が魔物に殺されてから、レイチェル・エイデンは勇者になることを志した。
最初に所属したのはEランクの<エデンズ・ナイト>。そこから<スターエース>のような強豪パーティへと成り上がることを、彼女は夢見ていた。
その希望を打ち砕いたのが、ダリアという魔族だった。
命からがら逃げ帰り、協会本部に戻って報告を済ませた<エデンズ・ナイト>の面々は――1人を除いて、皆が覇気をなくしていた。
「……レイ、無理だよ。俺たちじゃ、勝てない」
「はぁ!?」
すっかり消沈した仲間の発言に、レイは食って掛かるように声を荒げる。
「だって、見ただろ? 俺たちはあんなのと戦わなきゃいけないんだぜ……。みんな、手も足も出なかったじゃんか」
「そんなの、強くなってぶっ倒せばいいだろうが!!」
「限度ってもんがあるだろ。あんな化物、一生かかっても勝てやしねぇよ……」
他の仲間も力なく賛同を示す。レイはそれが気に入らない。あのダリアという魔族にあれだけ馬鹿にされて、黙って引き下がるという選択肢は彼女にはなかった。
「俺たち、勇者やめるよ」
黙ったままのレイは、じわじわと頭に血が上っていくのを感じる。我慢が限界に達するのに、そう時間はかからなかった。
「なっ……情けねぇ!! テメェらがそんなに腰抜けだとは思わなかった!! 初めっから勇者なんて向いてなかったんだよ。故郷に帰ってジメジメ暮らしてやがれ、弱虫ども!!」
生来の粗野な言動に怒りが拍車をかけて、レイは感情の爆発するまま罵声を浴びせる。負い目があった仲間の男もこれには耐えかねたか、鋭い一言を呟いた。
「……弱いのなら、お前だってそうだろ」
ただ1人、駆け出しのEランクパーティ<エデンズ・ナイト>に残された彼女は――顔に怒気を漲らせたまま、言葉を失った。
◆
「う~~~ん、アンナちゃんが大天才なのはわかってると思うんだけどぉ~……前みたいな戦場を駆ける狼ムーブはやっぱムリぽよかもしんないね~」
協会附属の診療所で気の抜けた声を上げるアンナとは裏腹に、壮年の勇者は座ったまま厳めしい顔を俯けている。
白髪交じりの角刈りに頬の十字傷、筋肉質で大柄な体躯。顔見知りの協会関係者ならば問題はないが、初対面には必ずと言っていいほど恐怖心を与える外見をしている。
「ゆーてビャルヌっちのコレもパーペキじゃないしぃ?」
アンナの隣にいる背の低いドワーフは、モコモコの白いヒゲに囲まれたつぶらな瞳を心配そうに見上げている。その太く短い指に丁寧に抱えられているのは、頑丈そうなブーツだった。
「うん。これはあくまで補助的なものだからね、痛いのは減ると思うんだけどね、走ったり跳ねたりするのはきっとよくないよ。絶対絶対ムリしちゃダメだよ。ガルフさんがまたおケガしちゃったらね、オイラも悲しいよぉ」
壮年の勇者――ガルフリッドは、泣きそうな眼差しを向けるビャルヌから黙って特注のブーツを受け取り、右足に装着した。
難儀そうに立ち上がると、足を軽く動かして使用感を確かめた。岩のような顔つきは、決して緩むことはない。
「……ガルフさん、どお?」
「問題はねぇ」
低く短い返事を残し、ガルフリッドは用は済んだとばかりに出口へ向かう。飛び上がったビャルヌが慌てて短足をばたばたと走らせ、足下まで追いつく。
「ま、待って! もう行っちゃうの? もうちょっと休んでたほうが……」
「必要ねぇ。世話ンなった」
彼なりの無骨な礼を述べ、あっさりと出ていってしまう。アンナは困ったようにこてんと頭を傾け、ビャルヌは太く白い眉毛を八の字に垂らしてその背中を見送った。
診療所を出ようとした矢先、ガルフリッドの前に煙草の煙を纏った人影が待ち構えているのが見えた。
「膝の下を三等分されたのに、もう元気になったのねぇ。あなた今年いくつだっけ? ベテラン勇者さん」
「カミル。その女みてぇな喋り方、やめろって言ってんだろ」
錬金術師は依然、じっとりとした眼差しをガルフリッドに送る。
「そんな些末なことにこだわってたら、この業界はやってられないの。それより――ガルフリッド・ナイトレイ。『パーティ管理課』から通達が来てるわ」
カミルは別の職員から受け取ったらしい紙を2本の細長い指に挟んで、内容を事務的に読み上げる。
「あなたの所属する――いえ、所属していた<ダイヤモンド・ダスト>のリーダーから……その右足の怪我を理由に、パーティの除籍勧告が出てるそうよ」
ガルフリッドは小さく眉をひそめる。かつてはAランク級の実力があったベテランとして誘われたパーティだったが、仲間との関係はあまり円滑ではなかった。
しかし――自分が重傷を負う原因となった仲間からこうもあっさりと見放されて、思うところがないわけではない。
「冷たいもんねぇ……。まあ、死に別れるよりはマシじゃない? そろそろいい頃合いなんじゃないかしら」
「何が言いてぇ」
「勇者、やめたら?」
沈黙の合間を、白煙がゆらゆらと漂う。壮年の勇者は巌のような眼で睨むだけだった。
やがて、ふーっと長い煙が空気をかき回した。
「……あなたがその気なら止めやしないけど」
とん、と小さな紙を押し付けて、カミルは呆れたように去っていく。
ガルフリッドが紙面の字を追っていると、先の通達の続きが目に入った。
曰く、メンバーが1名だけとなったEランクパーティに移籍してはどうかという、協会からの些細な配慮だった。
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