破滅の言葉
地下に降りてみると、それなりに面積のある空間が広がっていた。壁に設置されている燭台に火を灯せば、まず目につくのは乱雑に積み上げられた衣服や武器、雑貨など。明らかに誰かの持ち物で、それらにはどす黒い血がこびりついていた。
注意深く見ていくと、その中に見覚えのある妙な魔道具がある。ソルヴェイの製作した、映像を記録する装置だ。
元々は勇者たちの不正防止用に作られたもので、クエスト中は常に起動しておく決まりになっている。
すなわち、先にこの村に来ていた勇者たちは村人たちの餌食となり――その顛末が、ここに記録されているかもしれないということだ。
「……これの中身は私が確認するから、あなたは他の場所を調べてくれる?」
この映像は絶対にヤーラに見せてはならない。ロゼールの持ち前の勘を使わずとも、それは明白だった。
聡い彼は「はい」と端的な返事をして、奥のほうへと消えていく。
血の臭いが鼻につく不快な空間で、ロゼールは撮影用の魔道具を操作する。村人はこれが何なのかわからなかったのだろう、機能はほとんど無事だった。
暗がりに画面がぼうっと映し出される。人相の悪い赤毛の男と猫目の金髪の女が目に入った。狐とケヴィンの話にあったという勇者ライセンスを持つ悪党だ。名はダンドとニコルといったか。
何人か荒くれ者といった風体の仲間を連れて、森の中を歩いている。
『クソみてぇな村だな。飯はまじぃし若ぇ女は少ねぇし』
ダンドが地面に唾を吐く。隣にいるニコルは、猫目をさらに吊り上げた。
『でも意外と景気良さそうじゃない? 適当なところでこっそり戻ろうよ』
『ああ。まずは村長のジジイからぶっ殺すかな』
パーティ全員が下卑た笑みを浮かべながら下劣な相談事をしている。初めから真っ当に仕事をしようという気は皆無だったらしい。
自分たちは狩る側の人間だと信じて疑わない傲慢さ。それが、彼らの命取りとなった。
『――うお!?』
狩猟用の罠を転用したものだろうか。あっという間にワイヤーロープの仕掛けに絡めとられた悪党たちは、後から湧いてきたさらなる悪鬼たちに囲まれた。武装した村人たちが、手慣れた様子で身動きの取れない獲物たちを痛めつけて大人しくさせる。連れていかれた先は、この地下だ。
『ざけんな!! テメェら、こんなことしてタダで済むと思ってんのか!!』
『そうよ、あたしたちは勇者なのよ!?』
捕まったとはいえ、ダンドとニコルの2人は元気にわめいていた。どの面下げて、と言いたくもなるが、あのおっとりした村長は意にも介さずただ笑うだけだった。
『ご心配なく。次に来られる方々も、同じようにするだけです』
ザク、と刃物が肉に突き立てられる音で、騒々しかった2人が静かになる。
仲間の1人が腹に大きな包丁を突き刺されていた。大きな刃がそのまま皮膚を引き裂く。村人たちが嬉々としてその裂け目に腕を突っ込み、中のものを引きずり出し始めた。
『ぎぃあああああッ!!! あがっ……!!』
この世のものとは思えない絶叫を血のあぶくとともに噴き出す仲間の姿に、ダンドたちは何も言えなくなっていた。ここでようやく、自分たちの運命を悟ったのだろう。
ある者は手足と頭をすり潰され、ある者は全身に杭を打ち込まれて凄絶な最期を遂げていった。残された者は、目の前で悲惨な光景を見せられて恐怖の渦に沈んでいく。
『君は他の人間よりも肉付きがいいねぇ』
血みどろの地獄の中でも、村長はダンドに穏やかに微笑みかける。その顔はまさに狂気だ。ついに自分の番になって、赤毛の男は震え上がった。
『やめろ、やめてくれ……ああああああッ!!』
手足を鎖で縛られた男の身体のあちこちに、一斉に鋭利な刃が入り込む。まるで牛でも解体しているかのように、少しずつ少しずつその肉を削いでいく。もはやその身は血と赤黒い肉とはみ出た骨ばかりで原形を失っていた。そんな状態でも、男はまだ息がある。
村人たちはというと、削ぎ落した肉をご丁寧に調理して、宴のつまみにしていた。血と臓物でまみれた狭い部屋で、酒を片手に談笑している。
ダンドがようやく死ねたのは、散々その肉を貪られた後だった。
最後の1人となった猫目の女は、恐怖を通り越して絶望で血色を失っていた。彼女が残されたのは、その器量のためだろう。村の男たちがおぞましく醜悪な笑みを浮かべて周りを囲む。
ロゼールはそこで映像を停止した。これ以上見ても不愉快になるだけだ。
エステルに遠慮する必要はなかったのかもしれない。ここに住んでいる悪魔どもは、一刻も早く皆殺しにするべきだ。流血沙汰を嫌うロゼールですら、そう思わざるを得なかった。
装置は証拠品として押収することにして、ひとまずヤーラと合流することにした。
やけに静かでどこにいるか少し迷ったが、すぐに小柄な人影が目に入る。しかし、様子がおかしい。彼はじっと硬直したまま、一点を見つめている。怯えるように、爪をぎりっと噛んで。
嫌な予感がして、ロゼールもその視線の先を確かめに行った。
「……ッ!!」
さしものロゼールもあまりの衝撃に顔を歪めた。
壁で仕切られた空間の奥に、何かが横たわっている。それは全裸の人間で、暗がりに煤けた金髪が散らかり、枯草のような髪の下からは死霊のような目玉が覗いている。ほとんど屍のようなそれは、両手を鎖で繋がれて両脚を切断され、身動きを封じられていた。
この女は、映像で見た最後の1人――ニコルだ。まだ生きていたとは。
ニコルは言葉にならない呻き声を途切れ途切れに漏らしている。その柔肌に刻みつけられた痛々しい痕から、ここでどんな目に遭わされてきたか大方の想像がついた。傷は膿んで爛れ、劣悪な環境にいたせいか何かの病に蝕まれており、もう長くは持たないのは明らかだ。
女は力のない瞳をロゼールに向けた。すべてを奪われ、苦痛の地獄に閉じ込められた女の、ただ1つの望みを――ロゼールは瞬時に悟った。
「……ええ。今楽にしてあげる」
ロゼールは膝をついて哀れな女にそっと手を添えた。透明な氷がその身体を包み込み、永遠の眠りへと誘う。
氷に覆われた遺体を見るたびに、ロゼールの脳裏に浮かぶのは――自分が人生で一番敬愛していた夫人と、最愛の妻を失ってその亡骸に妄執するようになった主人。彼は日々欠かさず氷の棺桶を愛しそうに撫で、愛の言葉を語りかけていた。
あれは、この世で最も美しい愛だった。
思い出すたびに、視界が滲む。しかし、その後にはきまって虚無感が襲ってくる。自分の周りにいる人間は、どんなに美しくとも、儚く消えていくのだ。
袖で涙を拭い、ゆっくり立ち上がる。後ろを向いて、違和感に気づく。ヤーラが震えながらどこかの一点を見つめている。生き残りの勇者の女に怯えていたわけではなかった。
視線の先にある、大きな鍋。隣には女の足が刃物か何かで解体されて乱雑に散らかされている。よく見れば、まだ切断されてからそう時間は経っていないようだ。この部屋はまるで調理場のようで、普通の食材も一緒に置かれている。
その料理の残骸は、記憶に新しいものだった。
「――僕らが、食べていたものって……」
さしものロゼールも吐き気がこみ上げてくる。傍にいる繊弱な少年はなおのこと――震える指の爪を、神経質に噛み続ける。
恐怖に歪む横顔が視界に入って、ロゼールはヤーラの奥深くに根を張る闇を直感的に察知した。
ああ、この子がこうなったのはそういうことなのね――そう理解したということは、彼を壊す方法を手中に収めたということだ。
醜悪で狂った空間に毒されたのか、元々巣食っていた狂気が目覚めたのか、心の中の悪魔が這い出てくる。
人間はあまりにも儚く、人生はあまりにも冗長で、世界はあまりにも虚しい。だから。
「ねえ。あなた、もしかして――」
狂笑を浮かべた唇から、破滅の言葉がこぼれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます