黒に潜む

 日暮れ時になって、村長さんに借りた寝室で私たちはこれから行う調査についての話し合いを始めた。

 こういうときに仕切ってくれるスレインさんは、いつもより陰りのある表情でロゼールさんに話を振る。


「とりあえず、我々は森に入って敵を探す。数はどれくらいだ?」


「まあ……ほぼ全部って考えたほうがいいわね」


「危険度は」


「5段階中4、ってところかしら」


「君1人で相手できそうか」


「ええ」


 2人はいったい何の話をしているんだろう。もう敵の正体がわかったのかな。


「わかった。では、我々は森に向かう。ヤーラ、君はロゼールとここに残ってくれ」


「は……え?」


 急に残れと言われたヤーラ君は、驚いて顔を上げた。


「その調子では、クエストは難しいだろう。ここで休んでいるといい」


「……わかりました」


 スレインさんの言い分はわかる。このところ本当に調子を崩しているし、今日だってあの食事会の後からさらに顔色が悪くなっていて、とてもクエストどころではなさそうだ。

 でも、暗い顔で爪を噛んでいるヤーラ君を見ていると、なんだか心苦しくなってしまう。


「あ……じゃあ、私も一緒に残りましょうか。調査のほうは、こっちに連絡してもらって――」


「いえ、大丈夫です」


「え……」


 思いの外きっぱりと断られてしまって、ちょっとたじろいでしまった。ヤーラ君は私と目も合わせようとしてくれない。やっぱり、避けられてるのかな……?


 少しショックを受けつつも、ロゼールさんにヤーラ君を任せることにして、私たちは森へ向かうことにした。



  ◇



 村を出るときはまだ青が残っていた空も、森に入ると鬱蒼と生い茂った木々に覆われて、辺り一面暗黒に包まれた。


 一寸先は闇の不気味な世界で、何が出てくるかわからない恐怖心から私はつい辺りをきょろきょろ見回してしまう。が、他の3人は敵を探す様子もなく黙々と歩いている。初めから何もいないとわかっているかのように。


 森の中はしんと静まり返っていて、私たち以外誰もいないんじゃないかと思えるほどだ。妙に不安になってきて、私はスレインさんに話しかけた。


「ど、どこまで進むんですか?」


「そうだな……もう少し奥まで行こう」


「奥に何かいるんですかね」


「なんだよ、ビビってんのか?」


「う……」


 ゼクさんがからかい半分に聞いてくる。ビビっているのは事実なので、反論はできない。


「情けねぇな。どんなバケモンが出ても俺がぶっ飛ばしてやるから、テメェは指くわえて見てな」


 本当にぶっ飛ばしてくれそうだから、ゼクさんは頼りになる。口は悪いけど。



 さらにもう少し進んだところで、スレインさんがぽつりと切り出した。


「そろそろいいか……。マリオ、数は?」


「たったの1。もうやっちゃう?」


「そうだな」


 よくわからない短いやりとりの直後、2人は突然踵を返して後方に突っ走っていった。


「え!? 何っ――」


 マリオさんがぐっと腕を引くと、木の陰から黒い塊のようなものがごろっと転がり出てくる。間髪入れずにスレインさんが倒れたそれに剣を突きつけた。


「ぐぅ……な、なぜ……!?」


 その声で、黒い何かが人間だったとわかる。2人のほうに駆け寄ってみれば、その人はどこにでもいそうな普通の若い男性だった。


「彼はあの村の住人だよ。ぼくたちを尾行してたんだ。友達になろう」


「やーっぱ、どっか臭ェと思ってたんだよな、この村」


 マリオさんが縛った村人と握手を交わし、ゼクさんが呆れたようについてくる。理解が追いつかない私に、スレインさんが説明してくれた。


「初めからこのクエスト自体が罠だった、ということだな。魔族の仕業でもなんでもない、ここに来た勇者を騙して襲う――つまり、村全体で盗賊の真似事をしていたわけだ」


「そ、そんな!」


 ここに来たときから、みんなの様子が少し変だったのには気がついていた。何かあるのかなと思っていたけれど、まさか村全体が……?

 でも、それならスレインさんとロゼールさんの会話の意味も理解できる。そして、ロゼールさんを村に残してきたのは……。


「詳しい話は彼から聞くとしよう」


「どこまで痛めつけよっか」


 マリオさんの軽い言い方に、縛られた男はすくみ上がっている。


「怖がることはない。正直に話してくれれば、君は傷つかずに済むんだ」


「へっ、お優しいこって」


 ゼクさんが皮肉るが、スレインさんとマリオさんが本気で彼を痛めつけようとしているわけじゃないのはなんとなく察した。


「まず、我々を尾行してどうするつもりだったのかを聞こう」


「お、俺はただ……皆さんの様子を見守っていただけで」


「嘘はよくないなぁ。爪、剥がそうか」


「あ、ああああっ!! すみませんすみません許して……!!」


 マリオさんが指を握った瞬間、男は恐怖して泣き叫んだ。あれはただの脅しで、本当にそうするつもりはないのだろう。最近はそうやって私に気を遣ってくれている。


「ほ、本当はっ……襲われたふりをして、あんたらをこの先にあるトラップにかける計画だったんだ……。成功したら、村の連中で集まっていたぶってやろうって……」


「マジで盗賊だな。くたばっちまえ、テメェら」


「妙に羽振りがよさそうだったのはそのせいか……。以前来た勇者パーティはどうした。同じ手を使ったのか」


「ああ、あいつらか……あいつら……へ、へへへ……」


 急に、男が狂ったように笑い出した。目の焦点が合っておらず、何もないところを見上げている。


「どうせ、俺は殺されるんだ……いっそここでやってくれ。爪でも剥がされたほうがましだ……へ、へへへ」


「おい、質問に――」


 すっかりおかしくなってしまった男を見て、スレインさんは先を促すのを諦めたようだ。

 村全体で人を襲うようなことをしていたなんて……にわかに信じられない。そんな恐ろしい環境が、彼をこんなふうにしてしまったのだろうか。


 マリオさんは黙って彼を木に縛り付けて、そこに放置することにした。今はそうするしかない。それよりも……。


「村に残してきたロゼールさんとヤーラ君は、大丈夫ですかね……」


「魔族は絡んでいないし、敵はただの人間だ。今頃村中氷漬けになってるんじゃないか」


 その光景が容易に想像できてしまって、ちょっと身震いする。


 ちょうどそこに<伝水晶>の通信が入った。ヤーラ君は休んでいるはずだし、おそらくロゼールさんからだろう。


「ロゼールさんですか? どうしました?」


 話しかけてみるが、何も声が聞こえない。よく耳を澄ますと、何か荒い吐息のようなものがかすかに聞き取れた。


 ――そのすぐ後に、ひどく咳き込むような音。



『……め……な、さ……』



 途切れ途切れの、弱々しい声音。でも、確かにロゼールさんだった。少しの間無音になって――水晶が大きな破壊音を拾う。


 誰が合図するでもなく、私たちは一斉に元来た道へ駆け出していた。

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