ようこそ勇者様

 その村は街からそう距離は遠くないものの、険しい山々に囲まれた僻地にあり、辿り着くまでに予想外に苦労してしまった。

 途中からは馬車も通れず徒歩で行くはめになり、歩き疲れてへとへとのところに見えた集落は、本来は寒村でも桃源郷に見えた。


 でも、油断してはいけない。勇者パーティが2組も失敗したクエストの現場であり、先遣のパーティにもよからぬ噂があって、仲間たちは警戒心からピリピリしている。


 一方で村の人々は完全に歓迎ムードで、私たちを救世主か何かのようにありがたがっていた。


「おお、またしても勇者様方がいらしてくださるとは……。しかも、Aランクの手練れの方々! これで我々も安心です……!」


 村長のおっとりしたお爺さんは、今にも泣きそうなほど大げさに喜んでくれている。

 以前、マリオさんとの初めてのクエストで行った村を思い出した。あのときは最低ランクだと思われてかなり印象が悪かったけれど、西方支部ではAランク扱いなのでその心配も無用だ。


 和やかなムードにほっとしていたところで――ロゼールさんがなぜか露骨に不快そうな顔をしていたのが、少し気になった。



 この村は見たところ土地も貧しく、辺境ということもあってあまり暮らしぶりも豊かには見えない。私たちが案内された村長さんの家も、村の中では規模は大きいほうだが、やはりどこか質素だった。


 ややくすんだ木のテーブルを囲んで、薄い色のお茶が出される。正直休めただけでもありがたいので、味については文句は言えない。

 一息ついたところで、村長さんが今回の件について説明を始めた。


「以前からですね、森に入った村人が帰ってこなくなることがありまして……。一応、<勇者協会>さんのほうに調査をお願いしたのですが、最初にいらした勇者様方も森に行ったきりで……」


「その、次に来たBランクの人たちも?」


「おっしゃる通りです」


 とりあえず、森に何かあるのは間違いないみたい。魔族の仕業とも十分考えられるが、まだ情報が少なすぎる。

 スレインさんも同じことを考えたのか、村長さんに質問を始めた。


「これまでに魔族の出現や被害はあったか?」


「いえ、それらしいものを見たというのは聞いたことがありません」


「前に来たパーティに変わったところはなかったか?」


「はあ……変わったところというと?」


「妙な素振りを見せたり、言動に怪しいところは」


「いやあ……奇抜な見た目の方々でしたが、特に何も」


 スレインさんはそこで少し考えこむ。

 ケヴィンさんの話では、前に来たBランクパーティは真っ当にクエストを受けるタイプの人たちじゃなかったという。そのときは大人しくしていたのだろうか。


「……わかった。魔族は夜間に活動することが多い。そのときに調査を開始しよう」


「おお、ありがとうございます。それまではぜひ我が家で――そうだ! せっかくいらしてくださったのですから、何かご馳走をご用意しましょう」


「え? そんな、悪いですよ」


「いえいえご遠慮なさらず。といっても、こんな村ですから大したものはお出しできませんが……ぜひ、寛いでいってください」


 私の返事も待たず、村長さんは片っ端から家の人に声をかけにいってしまった。


 ちらっと仲間のほうを振り返る。ゼクさんとスレインさんはわずかに険のある顔を浮かべ、ロゼールさんは深く溜息をつき、マリオさんは目を鋭く開いていて――1人、ヤーラ君だけどこか上の空だった。



  ◇



 私たちが囲んでいる大きなテーブルに並べられた品々は、予想外に多彩で豪勢だった。もちろん帝都の高級なレストランとかそういうところには劣るけれども、寒村とは思えないほどのクオリティだった。


「い、いいんですか、こんなの!?」


「もちろんですとも」


 村長さんを始め、そのご家族や召使さん、さらには窓の外から覗いている村の人々まで、私たちを笑顔で見守っている。ちょっと、この中でご飯食べるの恥ずかしいな……。


「じゃあ、いただき――」


 食前の挨拶を述べる前に、マリオさんがひょいっと手を伸ばして小さなパンを口に入れた。


「……うん。問題ないね」


 その一言を皮切りに、みんな一斉に食事を始める。ゼクさんはいつも通り無遠慮に信じられない量のタバスコをかけてるし、ロゼールさんもむすっとしているけれど普通に食べている。


「すごいな。失礼ながら、これだけのものをどこから持ってきたのか……」


 スレインさんがぽつりと聞くと、村長さんは目尻の皺を一層深くした。


「こんな場所でも来られる方はいらっしゃるんですよ。商人ですとか、そういう……」


「そうか」


 へえ、もしかして<サラーム商会>の人とかが営業に来たりしてるのかな。ここまで来るのも帰るのも大変そうだけど。

 とりあえず、私も用意されたスープを一口いただいた。ちょっと香辛料が効きすぎな気もするけれど、それを差し引いてもおいしく食べられる。


 料理に舌鼓を打っていると、ふとヤーラ君が全然手をつけていないのに気がついた。ここ数日張り付いたままの物憂げな顔で、じっと手前にあるお皿を眺めている。


「どうしたの? 体調悪い?」


「あっ……いえ! い、いただきます」


 明らかに無理をしているようにしか見えず、余計心配になってしまう。でも、休むように言っても聞いてくれないし……。


「――!!」


 突然、ヤーラ君がガタッと立ち上がった。顔は青ざめていて、口元を押さえている。どうしたの、と聞く前にどこかに走っていってしまった。


「おいテメェ!! 何か変なもん入れたんじゃねぇよな!?」


「そ、そんな、滅相も……!!」


 ゼクさんが食って掛かるが、村長さんも戸惑っているようで額に汗を浮かべながら首を横に振っている。

 そこで食卓を冷静に観察していたマリオさんが、何かに気づいた。


「……あれ? これ、もしかして肉が入ってるのかな」


「は、はい、そうですが……」


 料理を用意してくれたらしい村長の奥さんがおどおどと答える。そういうことか、と納得した。


「あ、ごめんなさい。あの子、お肉食べられないんです」


「そうでしたか! ああ、申し訳ありません勇者様……」


「いえ、こちらこそ説明してなくてすみません」


 最近あまりよそで食事をする機会がなかったから忘れていた。支部でのご飯はマリオさんが担当してくれているからそういう配慮は完璧だったけど、今日は突然もてなしを受けたから……。


 ふらふらと戻ってきたヤーラ君は、元々青白かった顔がさらに血色を失っていて、もはや食事どころではなくなってしまったようだった。

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