きな臭いクエスト
今日はやることもないので、職員のみんなの様子を見回りながら支部の中をふらつくことにした。殺し屋に襲撃されてそう日は経っていないのに、もう通常営業に戻っている。この街の人たちはたくましい。
廊下の前方から見知った顔が近づいてきて、私は日課のことを思い出した。
「あ、アイーダさん。私、支部長のエステル・マスターズです」
「……ええ。存じ上げております」
ヒールの音を響かせてさっさと立ち去ってしまうアイーダさんの背中を見送る。
毎日同じ自己紹介をしているけど、日によって微妙にリアクションが違うことがわかってきた。丁寧に挨拶を返してくれることもあれば、一言二言で済ませてすぐ仕事に向かってしまうときもある。
知り合った頃から日を重ねるうちにだんだんと丁寧になってくれていたけれど、最近はなんだかそっけない気がする。
ちょっと寂しい気もしながら支部長室に戻ると、外からどたどたと慌ただしく走ってくる音がする。いつものあれかな、と思っていたら――
「エ、エステルさ――んっ!!」
「あれ、ファースさん? 狐さんかと思っちゃいました」
「あんなのと一緒にしないでくださいよ」
肩を弾ませながらも、心底嫌そうな顔をする。狐さん、別に悪い人じゃないのに……。
「それで、あの……エステルさんに、というより<ゼータ>の皆さんにお願いしたいことがあるんですが……」
ファースさんはどこか言いづらそうに目線を泳がせながら、何かの書類をそっと差し出す。
それはなんてことのない、クエストの説明が書かれた紙だった。ある村で突然人がいなくなるという事件が起こり、それに魔族が関わっているかどうか調査してほしいという内容だ。ランクはCで、他に変わったところはないけれど……。
「これを、私たちにやってほしいんですね?」
「そうなんですが……実は、これは元々他のパーティの方にお任せしたものなんです。けれど、そのパーティが村に行ったきり帰ってこなくて……」
なるほど。Cランクって書いてあるけど、本当はもっと上のランク向きのクエストだったのだろう。その人たちは、もしかすると、もう……。
「それで、もっと悪い知らせなんですが……その後も別の、Bランクのベテランパーティに代わりに行ってもらったんです」
「え? じゃあ、その2組目の方々は……」
「……ずっと音信不通です」
見たところこの村は山奥の僻地にあるようだが、距離的にこの街からそこまで離れているわけでもないし、調査がメインなら定期的に支部と連絡を取るはずだ。なのに音信が途絶えているということは……。
「あ、もちろん断ってくださっても構いません。なんだったら、本部のほうにヘルプを頼んでもいいですし……」
本部でBやAの上位ランクパーティといえば、レオニードさんたちやトマスさんのところだろうか。正直、あんまり迷惑をかけたくないなぁ。
「大丈夫です。引き受ける方向でみんなと相談してみます」
「ああ、ありがとうございます……!! いやほんと、誰もやりたがらなくて困ってたもんですから」
ファースさんの小さい肩が空気が抜けたように垂れ下がるのを見て、よほどほっとしてくれたんだろうなぁ、と思わず苦笑してしまう。
だけど、このクエスト――魔族が絡んでいるかどうかも含めてわからないことが多い。何か恐ろしいものが待ち構えているんじゃないかと、少しだけ不安になってくる。
部屋を出たところで、またしても慌ただしく走ってくる足音が――前方から聞こえた。
目線をそちらに向ければ、私の行く手を2人の人間が阻んでいる。
「そのクエスト、待ったァァ――ッ!!」
お芝居のヒーローのような台詞を叫びながら、狐さんはびしっと手のひらを突き出している。その後ろには、厳めしい目つきのドワーフ――遺跡探索のときに仲良くなった勇者のケヴィンさんが控えていた。
「ど、どうしたんですか?」
「俺は耳もいいからな、旦那との話を聞いてたのさ。エステルちゃん、例のクエスト受けるってマジ?」
「例の……って、これですか?」
私は先ほどファースさんから受け取ったクエストの紙を見せる。狐さんは字を読むのに慣れていないのか、サングラスを外して文面をたどたどしく読んでいる。狐さんって意外と……って言ったら失礼だけど、いい顔してるなぁ。
「そう、これ……だよな? ケヴィンの旦那」
「ああ。<クレイジー・ヘッド>と<ブラッドバス>の連中が受けたヤマだな」
前にこのクエストを受けた人たちのパーティ名をぱっと出したケヴィンさんは、彼らのことをよく知っているのだろう。
「やめとけ。こんなもん真面目に引き受ける義理はねぇし、あんな奴ら助けに行く価値もねぇ」
「で、でも……」
「お優しいのは結構だがな……<クレイジー・ヘッド>のゴロツキどもはさておき、<ブラッドバス>の奴らはヤバイ。そっちが足元すくわれる危険だってある」
ケヴィンさんは2番目に出たBランクパーティのほうをいやに警戒しているみたいだ。どういうことだろう。
「奴らは勇者を名乗っちゃいるが、ただのド悪党だ。リーダーの"赤毛のダンド"は気まぐれにそのへんの人間捕まえちゃあ遊びで殺すクズだ。その相方に目つきの悪いニコルってべっぴんの女がいるんだが、こいつが頭の回る奴でよ……2人して強盗、恐喝、殺人、やりたい放題だ」
「そ、そんな人がどうして勇者ライセンスを?」
「あんたらが来る前のガマガエル支部長ん時はな、お偉方に都合が良くて腕っ節がありゃあ素行なんて関係なかったのさ」
そんなの、本部にいた頃じゃ考えられない。みんなの元いたパーティからの追放事由が可愛く見えてくるほどだ。
狐さんもそこまでとは思っていなかったのか、ケヴィンさんの話を聞いて自分のことみたいにぶるぶる震えている。
「つまり、あいつらクエストほっぽって村を略奪しに行ったのかもしれねぇし、次に来たパーティを食い物にするために連絡を断ってるのかもしれねぇ。奴らがやられたとしても、ダンドが負けるなんて相当の相手だ。受けても旨味なんて1つもねぇ、断っちまいな」
ケヴィンさんの目は真剣そのものだ。本気で私たちを心配してくれているのだろう。狐さんも改めて怖くなったのか、その提案にぶんぶん頷いて賛同している。
「でも……私たちが断っても、他の人たちに回るかもしれないですよね」
「いいじゃねぇかよ、そんなん調査したフリして『なんもありませんでしたぁー』で! 撮影用のアレはほら、壊れたことにしちまえよ。エステルちゃんなら誰も文句言わねぇって」
確かに、狐さんの言う通りにすれば危険は少なくて済むのかもしれない。でも――
「……いえ、やっぱり行きます。村の人たちが本当に困ってるかもしれないし……それに、何かあっても仲間がなんとかしてくれます」
「そりゃ、あんたらが強ぇのは認めるがよ……。まぁ、そこまで言うならこれ以上止めやしねぇ。あんたらのこたァ気に入ってんだ。せいぜい生きて帰れよ」
「はい。わざわざアドバイスしに来てくれてありがとうございます」
誠意を込めて感謝を伝えると、ケヴィンさんは呆気にとられたように自分のヒゲを撫でる。
「前から思ってたが……あんたみてぇなお人好し、こんなクソ溜めにいるべきじゃねぇよ」
「いやホント、こんないい子がこの世に存在するなんて……これはきっと何かの運命だ! 今度俺とデートでも――」
「狐さんもありがとうございます、さようなら」
「俺にだけ冷たくない!?」
とにかく今はこのクエストに取り掛かることが肝心だ、と私は仲間の元へ足を速めた。
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