デッドライン

 支部に戻る頃には、外は土砂降りの大雨になってしまっていた。まだマリオさんは帰ってきていない。調べものが長引いているのか、どこかで雨宿りしているのか、それとも……。


 教会に行っていたゼクさんたち3人も戻ってきてくれていた。ロゼールさんは敵の毒を受けてしまったようで、ソルヴェイさんに診てもらっている。ヤーラ君は……なぜかひどく落ち込んでいるみたいだった。


 ギャングの人たちも帰って、支部の中は少し落ち着いたように見える。私たちはロビーでマリオさんの帰りを待っていた。


 先に姿を見せたのは治療を受けていたロゼールさんで、いつも以上にだるそうな顔をしている。


「ロゼールさん! 大丈夫ですか?」


「エステルちゃんの顔見たら元気になったわ。やっぱりいつもの服のほうが楽ね」


「シスターの恰好も似合ってましたけどね」


「今度エステルちゃんにも着てもらおうかしら。……それで、まだこっちの殺し屋は帰ってこないのね」


 仄暗い、豪雨の降り注ぐ窓の外を、私は黙って見つめる。

 怪我は大丈夫だろうか。処刑屋はどうなったのだろう。雨が上がったら捜しに行こうか――なんてことを考えながら。



 しばらくして雨脚が少し弱まってきた頃、青犬さんたちを見送りに行っていたという狐さんがこれまた大慌てでロビーに飛び込んできた。


「お、おい!! また出たぞ!!」


「狐さん、『また』って……」


「広場のほうだ。『処刑屋』が出た!!」


 血の気が引いた。

 処刑屋はマリオさんが倒したものだと思っていた。それで連絡をくれたものだと――


「い、行きましょう!!」


 ただそれだけ叫んで、私は出口のほうへ駆け出していた。



  ◇



 雨上がりだからか前よりも人は少ないけれど、騒然とした雰囲気は変わらなかった。


 「処刑屋が出た」ということは、同じように手足をバラバラにされてそれぞれ釘を打ち込まれた、凄惨な死体が見つかったということ。二度と見たくはなかったが、誰かを確かめるために私は群集をかき分けていく。それがマリオさんでないことを祈りながら。


 結果的に、私の心配は現実にはならなかった。

 相変わらず惨たらしくてすぐに目を背けたくなる光景だったが、磔にされていたのは――


「処刑屋……」


 この殺し方を得意とする張本人だった。そっくりそのまま、同じ手口で殺されている。


 こんなことができるのは、1人しかいない。



「やあ、みんな」



 いつも通りの、能天気な声に振り返る。何事もなかったかのような、にこやかで陽気な笑顔。


「無事だったか。連絡くらい寄越せ、エステルが心配していたぞ」


「ごめんごめん」


 スレインさんの苦言も、のらりくらりと受け止める。

 元気そうだ。腕の傷もほとんど治っている。それは、本当によかった……けれど。


「マリオさん……」


 どうしてあんなことをしたんですか――そう聞きたかった。続く言葉は何かにせき止められて出てこない。それでも彼は、私の意を汲んで答えてくれた。


「聞きたいことがあったんだ。結局喋ってはくれなかったけど」


 それは、つまり……あの人を――


「詳しい話は向こうで聞くとしよう」


 スレインさんが間に入ってくれて、私たちは少し離れた人気の少ない通りに移動した。



 マリオさんは淡々と説明してくれた。磔になっていたのが処刑屋本人で、私を攫って殺そうとしたところを、マリオさんが止めに入ったこと。その後に身体を切断して、土砂降りで誰もいない隙にあの広場に晒したこと。


 もちろん彼のことだから、何かの目的があってあんなことをしたのだと思う。理由については「まだ話せない」と口をつぐんでしまった。


「まあ、まだ油断はできないからね。エステルも十分気をつけてよ」


「……はい。でも……あんまり、ああいうことをするのは――」


 湿った空気がじっとりと纏わりついて、うまく言葉が続かない。代わりにロゼールさんがちょっと嫌そうな顔をしながら言い添えてくれた。


「そうよ、この変態殺人人形。可愛い可愛いヤーラ君だって怯えてるじゃないの……ねぇ?」


「えっ? いや……す、すみません」


 ずっと青白い顔で爪を噛んでいたヤーラ君は、何も悪くないのに謝っている。

 当のマリオさんは悪びれる様子もなく、あっけらかんと――私を真っすぐ見据えて、1つの質問を投げかけた。



「どこまでならいいの?」



 一瞬、その意味を汲みかねた。


「君が暴力的な手段を嫌ってるのはわかるんだけど、誰も殺さないのは正直難しいからさ。どこまでなら、君は受け入れてくれるのかな」


 マリオさんは私とじっと目を合わせたまま、淡泊な調子で続ける。


「たとえば、処刑屋くんの場合は彼と同じことをしただけだし、あれも一応必要なことなんだけど……。それ以外の手段を取るなら、どの程度がいいんだろう」


 言いたいことは理解できる。どうしてその基準が必要なのかも、本当によくわかる。

 だけど――それは私の口からは絶対に言えない。そんな線引きなんてできないし、してはいけない気がする。


「そんなの、エステルちゃんが言えるわけないでしょう。自分で考えなさいよ」


 ロゼールさんが呆れたように助け船を出してくれた。スレインさんもそれに乗るように話を切り出す。


「そうだな。いずれにせよ、まだ予断を許さない状況らしい。今回の『処刑屋』は客に紛れていたというし、今後も――」


 そこまで言いかけて、はっと話を止めた。少し何かを思案して、ゆっくりとマリオさんのほうに視線を合わせる。


「お前、まさか……客の中に敵がいることを予期して、エステルを連れ回したのか……?」


「え……?」


 思い返せば、青犬さんたちが来てくれたあと、マリオさんは「他の人たちの様子を見に行きたい」と言っていた。そのときに襲われたんだ。あれは、敵を炙り出すための――



「そうだよ」



 あまりにもあっさりとした肯定。


 直後――バキッ、という鈍い音と同時にマリオさんの長身が吹っ飛んだ。

 道端にあった木箱に身体ごと突っ込んで、壊れた木の破片が散乱する。地面の泥水がばしゃっと跳ねて、細かい木片と入り混じる。


「テメェ……ふざけんなよ!! このクソ――」


「やめてくださいッ!!」


 喉が枯れそうになるくらいの大声で叫んだ。ゼクさんは突き出た拳はそのままに、血走った赤い眼だけをこちらに向けている。


「ゼクさんが、怒るのも……マリオさんが、どう考えているかも……わかります。わかってますから。だから……喧嘩、しないで……」


「……ッ」


 ゼクさんは何か言いたげだったけれど、黙って手を下ろしてくれた。

 マリオさんは涼しい顔で、埃や泥を払っている。殴られたところは痛々しく変色していて、鼻血の赤い筋が口元を伝っているのに。


「だっ、大丈夫ですか……?」


「うん。痛くないから」


 へらへらと軽い笑顔を向けられると、なぜか私のほうが胸の辺りを針で刺されたような、鋭い痛みを覚える。

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