飛び入り参加

 "吸血鬼"と呼ばれた青白い顔の不気味な男は、ゆっくりとファース達のいる部屋に入ってくる。両手には長さや太さがバラバラの針が数本握られている。足元の別の殺し屋の死体に気づくと、小指で耳をほじくった。


「あーあー、おれのダチ死んでら。まあいいや、エステルちゃんのトコ案内してよ」


 親しげに話しかける吸血鬼に、狐はすくみ上っている。ファースももちろん恐ろしいが、責任感が彼を殺し屋の前に立たせた。


「こ、ここにはいません。どこにいるかも知りません」


「フーン? オチビチャンはどういう立場の人ォ?」


「ボクは、ここの副支部長です」


「お、マジでェ?」


 どっ、とファースの小さな背中が一気に床に叩きつけられる。

 気づけば視界のほとんどが男の身体で覆われ、首元に鋭利な針が当てられていた。


「キミ周りから信用されてる人じゃ~ん。エステルちゃんトコ行っておびき出して来てよォ」


「い……いや、どこにいるか……」


「聞けばいいだろ、誰かにィ。なァ~~? 死にたいのォ~~?」


 小さく細い首にわずかに針が食い込み、血の筋が垂れる。彼が"吸血鬼"と呼ばれる所以は、標的に無数の針を突き刺し、流れる血を嬉々として舐めるからだとルゥルゥは言っていた。


 狐は全身の毛を逆立てているが、ファースはそれまでの弱々しい態度から一転、気迫のこもった眼差しを放った。



「殺してみろ……!」



 吸血鬼はその豹変ぶりに目を丸めるが、依然として余裕の笑みを浮かべている。


「意外とコンジョーあるじゃんかァ」


 へらへら笑いながらすっと立ち上がり、ファースを解放する。急に自由になったファースは首の傷をさすりながらも、警戒しつつ身を起こす。


「じゃ、こーゆーのはどーよ?」


 猫背の暗殺者は音もなく消えたかと思うと、よりによってアイーダを背後から抱えて凶器を突きつけた。


「お前っ……!!」


 ファースの顔が怒気に染まる一方、アイーダは鉄のような無表情で視線だけを殺し屋の手元に動かす。


「ほらァ~副支部ちょ~、部下が死んじゃうぞ~。早くエステルちゃん呼んできて。ほらっ」


 あまりの卑劣さに、狐もギリッと歯を食いしばった。沈黙を貫いていたソルヴェイは、みるみる青ざめて一言こぼす。


「……よせ」


 その声が聞こえているかいないか、吸血鬼は下卑た笑みをニィ、と顔に刻んでいく。


「このカワイコちゃんの生き死にはァ、オチビチャンが決めるんだぜェ~?」


「……」


 怒りで震えていたファースは、かえって不気味なほど静まり返る。ぐっと結んだ口と冷徹な眼差しから、覚悟の据わった凄みのある雰囲気が漂う。

 絶対に彼女を死なせはしない――そんな決意が、彼に無謀な選択をさせようとしたとき。


「旦那!」


 はっと何かを感知したらしい狐が、ファースの無茶を止める。

 状況を面白がっていた吸血鬼は、何事かと顔を歪めるが――



「じゃあさ、君の生き死には僕が決めていいよねっ?」



 無邪気な声に物騒な言葉。それは吸血鬼のすぐ後ろから投げかけられ、振り返る間もなく鋭い牙が首の肉を抉り取る。


「お……ァ……え……?」


 わけもわからず赤黒い血をどくどくと垂れ流す吸血鬼は、死に際に少年のような風貌の獣人の姿を認めた。


「可愛い女の子を人質にとるなんてダメだよーっ。ま、僕もやったことあるんだけど」


 ばしゃっと血液のシャワーをまき散らした暗殺者は、ぐらりと血だまりの中に沈む。


「赤犬! ……さん」


 狐は嬉しそうに名前を呼ぶが、すぐに口をつぐんで敬称を付け足す。顔を鮮血で染め上げた美少年は、その様を見てぷっと噴き出した。


「ドーモコンニチハ、<勇者協会>の皆さん。わあ、美人さんが2人! こんなキレイな人がいたなんて。僕と遊ばない?」


「本日は終日予定が埋まっております」


 アイーダが生真面目に返答すると、赤犬は肩を震わせて笑い出した。ソルヴェイはなぜか複雑そうな顔で視線を背けている。


「アイーダさん、大丈夫ですか!?」


「問題ありません」


 言葉通りアイーダは眉1つ動かさず、ファースのほうがおろおろしている始末だった。それを見た赤犬は「度胸あるね~」などとのん気に感心している。


 遅れて弟の青犬までやって来た。兄の姿を確認すると、1つため息をつく。


「兄貴……ややこしいことしてねぇだろうな?」


「デートに誘っただけだよ。断られたけど」


 青犬は兄にものを言うのを早々に諦め、ファース達の顔を見渡してどこか恭しい態度で咳払いをする。


「<ウェスタン・ギャング>はあんたらと共同歩調を取る。ここを襲うクソ共はぶっ殺してやるから、安心しな」


 ふーっと火をつけた煙草の煙を吐くと、赤犬は「うえっ」と鼻をつまんだ。狐は嬉しそうだったのが一変、獣人の兄弟をおどおどと見つめる。


「あー、その……ギャングさんは、どうして協力してくれることになったんで?」


 顔を拭いていた赤犬は再び噴き出すが、青犬は表情を変えず煙草をふかす。


「まず、あんたらを敵に回したくねぇ。特にあのおっかねぇパーティはな……。それと、『殺し屋教会』がいい加減うざったくなってたからな。この機会にってこった」


「僕は息抜きで来たけどっ」


 赤犬は両手を後頭部に回してにひひっと笑う。

 それまで目を細めつつ兄弟2人を観察していたソルヴェイが、ぽつりと声を漏らした。


「……『黒犬』の息子か」


「親父のこと知ってんのか」


 青犬は意外そうに軽く首をかしげるが、ソルヴェイはだるそうな表情をぴくりとも動かさない。


「昔、ちょっと会ったことがあるだけだよ。今どうしてんの」


「死んだよ。だいぶ前にな」


「へぇ……そりゃ失礼」


 黒犬といえば、「エース」と並ぶ傭兵出身の武闘派ギャングだ。そんな人間とソルヴェイが面識があることを、ファースは意外に思った。



  ◇



 外の喧騒を遠くに聞きながら、私は広い会議室でマリオさんと一緒にじっとしているだけだった。緊張で握りしめた手に汗がにじむ。一方のマリオさんは涼しい顔で腕を組んでいた。


 ドアが開く音がして、私は思わず立ち上がる。入ってきたのは意外な人物だったが、敵ではなくどちらかといえば味方と言える人だった。


「青犬さん?」


「ああ、邪魔してる。襲撃してきたクソ共は兄貴が順当に片付けてっから、まあなんだ、騒がせて悪いな」


「い、いえいえ! じゃあ助けに来てくださったんですね? 本当にありがとうございますっ!!」


 意想外の助っ人に感極まって、何度も何度も頭を下げてしまう。青犬さんは煙草をくわえつつ、呆れたように苦笑していた。


「気にすんな。俺らもあの手合いにゃウンザリしてたとこだ」


「スレインさんも外で頑張ってくれてるし、赤犬さんもいれば怖いものなしですよ。私たちはもうちょっと待ってたほうがいいですかね」


 ちらっとマリオさんに目配せすると、彼はやけに考え込んでから返答した。


「……いや。他の人たちの様子を見に行きたいな。いい?」


 何か気になることがあるのかもしれない。断る理由もないので、その案に賛同して部屋の外に出ることにした。



 お客さんや職員さんたちはファースさんが避難させてくれて、みんな無事な姿を見せてくれた。道中で赤犬さんに噛まれたらしい人たちが何人か転がっていたけれど……だめだ、文句は言えない。


 外の様子を聞けばスレインさんがほとんど撃退してくれたらしく、正面から入れた敵は1人もいないとのことだった。

 これでもうほとんど危機は去ったといっても過言ではない気はするが、マリオさんはやたらと周囲に気を張っているように見える。


 まだ何かあるのかもしれない――私も油断しないようその後ろを歩いていたとき。


 ヒュッ、と何かが空を裂きながら接近してきた。


「!?」


 それは私に届く前に、マリオさんの2本の指でピタリと止められる。小さな、投げナイフだった。その軌道は確実に私の喉元を狙っていた。


「……。そこに隠れて」


 端的な指示に大人しく従って、柱の陰に隠れる。マリオさんはゆっくりと糸を引っ張り出して、ナイフが飛んできたほうへ近づいていく。


 だけど、マリオさんと少しでも離れたのが裏目に出てしまった。


「――ッ!?」


 視界が何かに封じられ、悲鳴を上げる間もなく身体を後ろに引きずられて、私は意識を失った。

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