一騎当千

 <勇者協会西方支部>の勇者は街のゴロツキとほとんど大差ない者が多いが、戦闘力はピンキリだ。態度だけ大きいチンピラもいれば、喧嘩慣れしている強者までいる。


 そんな勇者と呼ぶにふさわしいかわからない荒くれ者たちは、建物の手前にぞろぞろと集まり、防衛態勢を取っている。

 その中で1人、スレインは毅然と落ち着き払った態度でじっと待機していた。


「よう、あんた<ゼータ>の奴だろ」


 話しかけてきたのは、遺跡に宝探しに行ったときに出会ったドワーフの男、ケヴィンだった。


「気合が違うもんな、無理もねぇが……。こいつらのこたァ心配すんな、手ェ抜いたりはしねぇよ」


「そうか」


 素っ気ない返答に、ケヴィンはむしろへへっと笑う余裕を見せた。彼は<ゼータ>のことを相当気に入っているらしい。


 斥候役の勇者が大急ぎで戻ってきて、敵が大勢ここに攻め込もうとしていると告げた。

 勇者たちにも多少動揺は見られたが、この街の人間らしく「やり返してやれ」と奮起する者のほうが多かった。


「来るぜ」


 ケヴィンは誰にともなく呟く。

 殺し屋というよりは武装した烏合の衆が、支部のほうに正面から突っ込んでくるのが見えた。


 両陣営からワッと鬨の声が上がり、一気に衝突する。

 戦術も何もあったものではなく、とにかく敵を見かけたら襲い掛かっていくだけの混沌とした大乱闘。金に眩んだだけの雑魚は、戦い慣れた勇者たちの前にあっけなく散っていった。


 だが、中には手練れの暗殺者も少なからず混じっている。


「――がひゅっ……!?」


 奇妙な悲鳴にケヴィンが振り向けば、勇者の1人が首を裂かれて白目を剥いている。致命傷に違いないのだが、その傷を負わせた当人の姿がまったく見えない。


 "カマイタチ"だ――瞬間的に察した。影も形も現さずに刃物で標的を仕留める手練れの殺し屋。

 喧嘩慣れはしているケヴィンだが、目視できない暗殺者を相手にできるかは自信がない。


 妙な気配を察知し、反射的に防御の姿勢をとった。

 腕が切り裂かれたのはそれとほぼ同時で、しかし辺りを見回しても敵の姿はなかった。どこからか次の一撃が来るだろうと読んだケヴィンは、がむしゃらに斧を振り回してみるが、当たった感触は皆無だ。


 その背後に、小刀を構えた影が突然現れる。


「ッ!?」


 短く細い刃がケヴィンの喉元に一直線に下ろされる――が、それが届くことはなかった。


 小刀を持った腕が、肘の辺りから綺麗に切断されたのだ。


「――ふぐッ……!?」


 暗殺者――カマイタチが短い悲鳴を上げるわずかの間に、真っすぐ伸びた直刀の第二撃が放たれる。胸のあたりがばっさり切り捌かれ、反撃する隙もなく血を噴射して絶命した。


「おお……助かったぜ」


「まだ油断するな」


 名うての殺し屋を瞬く間に葬ったスレインは、ひどく冷静な声音で辺りを警戒する。

 敵には間違いなく殺しのプロが紛れ込んでいる。ケヴィンも斧をぐっと握りしめて気を張った。


「騎士さんよ、俺はどうすりゃいい」


「カバーを頼む」


 単純な指示だけを残し、スレインは乱戦の中に消えていった――かと思えば、すぐに方々で血飛沫が舞い上がる。


 大空を翔ける鳥のように戦場を飛び回り、流れるように、舞うように敵を撫で斬りにしていく。相手は反撃する暇どころか、視認する隙すら与えられない。


 明らかにカバーなど必要なく、ケヴィンは斧を構えたまま呆然としていた。<ゼータ>が恐ろしく強いのは知っていたが、ここまでとは。


 一騎当千の戦いぶりを見せたスレインは、屍の山と血の海の真ん中で刃についた血をビシッと払った。



  ◆



 こんなに早々に支部が攻め込まれるとは、ファースも予想だにしていなかった。


 まだ中には数人の客が残されており、彼らを見つかりづらい場所に案内してきたところだ。副支部長として職員の安全も確保しなければならず、建物の中を狐と一緒に見回っていた。


「うへぇ、外の血の臭いが濃くなってるっす。こっちにゃ来ねぇでくれよぉ」


 狐は持ち前の嗅覚で周囲の状況を教えてくれるので、珍しく役に立っている。

 外は混戦状態のようだが、中はまだ無事だ。しかし油断はできない――と、ファースが気を引き締めたその直後。


「うおあっ!?」


 狐の悲鳴に振り返れば、廊下の窓のところから侵入しようとしている男が1人。手にはハンマーが握られていて、ガラスを割ろうとしているのは明白だ。2人はすぐに逃げる姿勢を取る。


 が、窓の外の男は身体を何かに引っ張られ、ゴキリと首の骨を折られて落下した。


 ファースはすぐに合点がいく。<ゼータ>の糸使いであるマリオが、建物の周囲に罠を仕掛けたという話だった。侵入を試みればこうやって糸の餌食になるのだろう。味方の所業ながら、ぞっとする。


 ともかく、正面の入り口が破られない限り敵と出会う可能性は低い。そう考えれば内部を移動しやすくなり、ファース達は足を速める。



 職員たちは行動が早く、さっさと避難している者が大半だった。しかし、全員を確認するまでは安心はできない。


「あとはアイーダさんとソルヴェイさんだけか……」


 ソルヴェイはいつもの仕事部屋にいるのだろうが、アイーダはオフィスにもいなかった。最後に何の仕事を任せたか記憶を辿っていると、狐の顔がみるみる青くなっているのに気づく。


「ま……まずいっすよ、旦那。中で誰か死んでる臭いがします」


「え……? ど、どこで!?」


「こっちっすけど……き、気をつけてくださいよ……?」


 誰かが死んでいるということは、殺した人間がいるということだ。2人は慎重にその場所に向かう。


 そこには死体が転がっているだけで、生きている人間の気配はなかった。

 死んでいるのはファースも見たことのない人間で、ナイフを持っていることから敵の1人だと判断できる。死因は、さっき罠にかかった男と同じく首の骨折だ。


「な、なんだ。糸のトラップで死んだのが入ってきただけっすね」


「いや……何か変だ」


 死体の周りには散乱したガラス片がある。傍の窓が割れていて、そこから入ってきたのだろうが――あの<ゼータ>の糸使いが、わざわざ窓から中に入れるよう罠を仕掛けるだろうか。


 ファースは注意深く観察する。よく見ると、散ったガラス片がある方向に伸びている。まるで、靴の裏についた破片がこぼれたかのような跡だ。


「まさか……誰かがこの男をわざと罠にかけて、トラップがなくなったところを狙って侵入したんじゃ……」


 足跡の先にあるのは、ソルヴェイの仕事部屋だ。


「ちょ、旦那!?」


 ファースはたまらず駆け出していた。敵と遭遇してもまともに戦えるわけがないのだが、それでも放っておけなかった。



 目的の部屋のドアは開いている。中から誰かが後ずさりながら出てきた。その人物と目が合う。


「アイーダさん!!」


 彼女の無事を安心している暇はない。急いで部屋の中を確認すると――


「……おぉ?」


 聞き慣れた、気の抜けた声がファースたちを出迎えた。

 ソルヴェイはいつも通りの気だるげな顔を上げている。が、その足元には泡を吹いて倒れている男の死体があった。


「これは……え? ソルヴェイさんが……?」


「わかんねぇ」


 死体に外傷はなく、見た目からして毒殺されたと推測できる。そんな芸当ができるのはソルヴェイしかいないのだが、彼女はなぜかそれ以上追及させないような、静かな威圧感を放っていた。


「と……とりあえず、お2人が無事でよかったです」


「まだ安心するには早い」


 死体の前でいやに落ち着き払っているソルヴェイが、ぽつりと警告する。


「1人入ってきたってことは、2人3人と続いてくるぞ。穴を塞がない限りな」


「外からこちらに応援を呼んだほうがよろしいのでは?」


 アイーダも普段通りの機械的な調子で、この女性陣2人の妙な冷静さにファースも面食らってしまう。


「そ、そうですね。勇者さんを何人か中へ――」


 ファースの言葉は、別の声によって中断された。その主はここにいる4人の誰のものでもなかった。



「こんにちはァ。エステルちゃんっていうコ、いるゥ?」



 青白い顔の、猫背の男だった。ぎょろぎょろとした目が4人を舐め回すように凝視する。


「きっ……"吸血鬼"……!!」


 狐が名を呼ぶと、男は気味の悪い笑みをニタリと浮かべる。

 ルゥルゥの話にもあった殺し屋――つまり彼は、要注意の敵で、殺しのプロである。

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