#22 暗殺者の饗宴
処刑屋
アコースティックギターの温かな音色が、少し肌寒い曇り空の下に響く。演奏しているのは、私が最初に面談したときに見たジミー君――つまり、操り人形。
お客さんは3体のお人形さんと、まだ幼い男の子と女の子。本物の人間みたいに動くジミー君に目を丸くしていたが、だんだんとリズミカルなギターの旋律に乗せられて小刻みに身体を揺すり始めた。
曲が終わると、2人の小さなお客さんは惜しみない拍手を送った。
「すっげぇー!! これどうなってんの? 人入ってんの?」
「全部お兄さんが操ってるんだよ……。本当に、すごいと思います」
「練習すれば誰でもできるよー」
やや興奮気味の男の子とちょっと大人しめな女の子に、マリオさんは普段通り笑顔を向ける。
「あの、こっちのお人形さんは?」
「それはお客さんだよ。見てる人は多いほうがいいからね」
そして恒例の名前紹介に入る。いつもと同じく、一番見えやすいところにクラリスさんがいる。女の子はやっぱり可愛いものが好きなのか、よくできた人形をまじまじ見つめていた。
この子たちと出会ったのは、男の子が私にぶつかってスリを働こうとしたのがきっかけだった。
たまたま同行していたマリオさんが未然に防いだものの、容赦なく締め上げてしまったところを知り合いらしい女の子が止めに来たのだ。私も子供相手なのだからと慌てて間に入って、マリオさんは何事もなかったかのように彼らと友達になった。
「これ、ほんとにカネ取んないの? 代わりにボコるとかやめろよ」
男の子はさすがにこの街の人間で、そういう警戒も怠らないみたい……。
「もちろん無料だよ。友達だからね。でも、ちょっとした質問はいいかな」
「質問?」
「大きなお下げを2つ垂らした眼鏡の女の人、見たことない? この街の人じゃないと思うんだけど」
そう。私たちの本来の目的は、ヨアシュの側近であるナオミを探すこと。
実はファースさんから、ナオミが実験体にした人間を捨てている現場に出くわしたと聞いたのだ。その死体の血から、<ウェスタン・ギャング>のドクター・クイーンが作った危険な薬と同じ成分が検出されたのだという。つまり、この街の人を使ってどこかで人体実験をしているということだ。
死体を捨てるために外を出歩いているなら、目撃者がいるかもしれない。なので、私たちは手分けして聞き込み調査を行っている。
質問を受けた男の子と女の子は、顔を見合わせて首をかしげている。
「知らねー」
「私も」
「そっかぁ。じゃあ、もう1つ。最近何か変わったことはないかな。事件とか」
「うーん……あっ。なんかここんとこ街を荒らしまわってる奴らがいるらしいぞ。建物ぶっ壊したりカジノ潰したりして。ユーシャキョーカイってとこの連中なんだって」
うっ。身に覚えがありすぎて思わず目を反らしてしまう。確かに、この街の一番の異物は私たちかもしれない……。
「そういえば……このあいだも広場で騒ぎになってたけど、今日も誰かの死体が晒されてたって……」
「抗争でもやってんのかな」
私の脳裏には、真っ先にトビヤに惨殺された3人の死体が蘇った。子供たち2人はそんなこと珍しくもないのか、慣れた様子で特に動揺してもいない。この街の子供はたくましい。
「どうもありがとう。君たちの名前は?」
「俺はジョー。こっちがハティ」
「ジョーにハティ。君たちはいい友達だ」
マリオさんは改めて2人に握手をして別れの挨拶をした直後、同じ笑顔で「件の死体を見に行こう」と提案した。
◇
前と同様に広場は観衆で埋まっていたが、トビヤのときとは違って街の人々もさすがに恐怖を感じているみたいだった。まだ血の臭いがむんと漂っていて、犠牲者はそのままになっているらしいことはわかる。
「エステル、大丈夫? ぼくだけ見に行こうか?」
「……いえ……一応、行きます」
もちろん死体なんて見たくはないが、私だけ行かないのも……と思い、少しだけ覗いてみることにした。
すぐに、それを後悔することになる。
以前よりもずっと悲惨な光景だった。顔は血まみれで男女の判別すらつかず、首だけでなく手足もみんなバラバラにされて、1つ1つ丁寧に釘が打ち込まれ、十字架に磔にされていた。
どうしてこんなひどいことができるんだろう。怖いというよりも、むしろ悲しかった。
マリオさんが平然と中に入って死体を調べている間、私はじっとうつむいていた。
「あれー? エステルちゃんだ」
聞き覚えのある高い声と、視界の隅に映るニット帽。
「赤犬さん」
「また死体出ちゃったねー。あの殺し方は『処刑屋』だね。久しぶりに見たかも」
「処刑屋……」
「標的をああやって磔にすることで有名な殺し屋だよー」
ハンカチで手を拭きながら戻ってきたマリオさんが代わりに説明してくれた。
「殺されたほうも同業者っぽいね。戦ってやられた感じだったよ。身体を切断したのは人間の手によるものだったから、今度は魔族は関係ないかも」
「わー、お兄ちゃんよくわかるね」
感心している赤犬さんに気づいたマリオさんは、すかさず手を差し出した。
「やあ、赤犬君。友達になろう」
「いいよ! 今度僕と喧嘩しよう!」
仲良く握手するこの2人は、変なところで波長が合うのだろうか。
それにしても、マリオさんも知っている「処刑屋」というのが気になった。そういう界隈では有名な人――要するに、恐れられている人ということだ。
「最近なーんか街の殺し屋さんたちが元気なんだよねぇ。エステルちゃんも気をつけな?」
「そ、そうなんですか……」
「うん。たとえばぁー」
赤犬さんが急に視界から消えたかと思うと、すぐ後ろで短い悲鳴が上がった。
振り向いてみれば、野次馬に紛れていた1人の男性が白目を剥いて崩れ落ちた。首の一部が欠損して、そこから噴水のように血が噴き出している。赤犬さんは血だまりの中に欠けた肉をぺっと吐き出した。
野次馬の騒ぎが大きくなるのを背中で受けながら、私は状況を理解できずに呆然と立ち尽くしていた。
「それは、誰だい?」
マリオさんの穏やかな声で、はっと我に返る。
「なんだっけなぁ……そう、『ジャックナイフ』って呼ばれてる、そこそこの殺し屋。エステルちゃん、恨み買った覚えある?」
「え?」
ということは……今の人は、私を狙っていたの? どうして?
「<勇者協会>の支部長ってだけで、狙われる理由としては十分だと思うけど……なんか、引っかかるねー。いろいろ聞いてから殺すべきだった」
「ごめんごめん。僕もエステルちゃんのことは気に入ってるからさっ。弟が何か知ってるかもしれないし、聞いてみよっかな~」
顔中に返り血を塗ったくったまま、赤犬さんは「じゃねっ」と気軽に別れを告げた。
入れ違いに、見知った顔が走ってくるのが視界に映る。狐さんだ。サングラスでも隠しきれないほど焦りが顔に出ていて、いつものように何かまずいニュースを持ってきたのかもしれない。
「た、大変だ~~~っ!!」
「どうしたんですか?」
案の定、それは悪い知らせだったのだが――私の予想を大きく上回るほどの、最悪の知らせだった。
「こ、この街の殺し屋の間で!! エステルちゃんに懸賞金がかかってるっぽい!!」
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