ゲームセット
どこからともなく数体の黒い影が飛来する。あれは、ワイバーンだ。トビヤが仕込んだのか、甲冑のような装甲を身につけている。
私は逃げも隠れもできない。防御の姿勢だって取れない。攻撃を食らったら死んでしまうかもしれない。
それでも怖くはなかった。私のことは、絶対に、ゼクさんが守ってくれるから。
ゆっくりと剣を構えた腕の筋肉が盛り上がる。肌を刺すような殺気を放ったまま、ピクリとも動かない。
鋼を纏った飛竜が、四方八方から滑降してくる。今度は悲鳴を上げたりなんかしないように、唇をきゅっと結んだ。
一振りだった。
あの巨大な剣が大きな弧を描けば、防具など関係なしにワイバーンの身体が綺麗に輪切りにされてしまった。びしゃびしゃと血が飛び散る。あまりにも荒々しく、頼もしい戦いぶり。
「ヒューッ、すっげぇ!」
相変わらず観客みたいに楽しんでいるトビヤに、ゼクさんは峻烈な眼光を突き刺す。トビヤは余裕たっぷりにサイコロを振るように促した。
次に出た目は3だ。あと少しで階段を上り切るところだったが――マスの色は、赤だった。
スレインさんが踏んでいた木製の足場が、バキッと音を立てて崩れ落ちる。下の針で串刺しになる前に前のマスに飛び乗ったが、すぐにそこも壊れてしまった。結局、安定した足場に辿り着く頃には、5マス分も戻されてしまったのだ。
「あらら、残念。そっちの道はもう使えないから、次は右脇の回り道を使ってくれよ」
その回り道は本当に回り道で、本来到達できたはずの階段の上まで優に3倍の距離がある。スレインさんはわずかに眉をひそめた。
さらに運の悪いことに、次の出目は1だった。
スレインさんは回り道のほうに行こうとはせず、じっと崩落してなくなった道を見ている。そうして何かを思いついたように、トビヤのほうを向いた。
「ここからさっきのマスの次に行ったら、それはルール違反か?」
そんな突飛な質問に、トビヤは驚きつつも嬉しそうに笑った。
「ルール上は問題ないよ。……できるのならね」
罠で崩れ落ちたところには、足場を支えていた細い柱が残っているだけだ。
まさかと思っていると、ゆっくり後退したスレインさんは助走をつけ、その柱の残骸に向かって思いっきりジャンプした。
少しでも足を滑らせれば落下して針山の餌食になってしまうというのに、迷いのない足で途切れた木の棒を器用に跳んで渡っていく。最後の柱を蹴ったところで、踏み込みが甘かったのか足場まであと少し距離が足りなくなった。
が、スレインさんは咄嗟に剣を抜いて次の足場に突き刺した。そのまま床板に手をかけてよじ登ろうとする。
緊張していつの間にか息を止めていた私は、ようやくほっと息をついた。
床が赤く光ったのは、そのときだ。
まだ登りきれていないスレインさんに向かって、何本かの矢が飛んでくる。スレインさんはすぐさま剣を引き抜いて、片手でぶら下がったまま鞭のような太刀筋で矢をすべて捌いていった。他の罠の気配がなくなったのを確認して、素早く登る。
「お見事」
トビヤの賞賛の言葉にも、スレインさんは一瞥もくれない。黙って進むべき先を見据えている。
そこからは順調だった。飛んでくる魔物はゼクさんが難なく撃退し、罠の仕掛けもスレインさんが素早い判断力で対処していった。敵は決して弱くはないし、本当に危うく死んでしまうようなトラップばかりだったが、それでも2人ならと私は安心して見ていた。
ただし、敵であるはずのトビヤも一切態度を崩さず、2人が攻略していくのを余裕たっぷりに面白がっていたのは気がかりだけど。
とうとう、スレインさんは宝箱まであと少しというところまで到達した。
踏んだところは青マスで、次に振ったサイコロの出目もちょうどゴールに着く数だった。でも、油断はできない。宝箱を開ければ勝ちというわけではないからだ。
スレインさんは周囲を警戒しながら、宝箱に近づく。蓋はあっさりと開いた。中から手のひらに収まるサイズの小さな鍵を取り出す。
その瞬間、宝箱が置いてあった場所の床にビシビシと亀裂が入った。同時に、今までにない数のワイバーンがわらわらと出現する。
罠だ。鍵を取ると作動する仕掛けだったんだ。
スレインさんは急いで踵を返す。足場の崩壊は止まらず、走っているすぐ後ろからガラガラと崩れていく。来る途中に罠で消失した足場があるので、そこを飛び越えながら本当にギリギリ逃げているという感じだった。
ゼクさんも襲い来る敵に備えてまた剣を構えるが、そのうちの数体は私たちのほうではなく、よりによってスレインさんの前に向かっていった。
必死で走りながら一直線に飛んでくる飛竜を炯々と光る眼差しで捕らえ、高く跳躍して舞うように剣を振るう。真っすぐ伸びた刃は装甲の隙間から首を掻き裂き、敵を絶命させた。
しかし、着地地点の足場はすでになく――重力に従えば、下に敷き詰められた針の餌食になってしまうことは必至だ。
「スレインさん!!」
「受けとれ!!」
叫び声とともに小さな何かを思いっきり投擲する。ゼクさんは敵を退けながらもそれをキャッチした。鍵だ。
大切なものを託してくれたスレインさんは、私の視界から消えてしまった。
ゼクさんは鍵を握りしめた右手はそのままに、片手であの大きな剣を振り回し、襲い来るワイバーンを両断していく。
ようやく数が減っていったところで、ひときわ大きな影が舞い降りてきた。同じように鉄の装甲で武装した――ドラゴンだ。これが敵の切り札なのだろう。
巨竜は長い首を反らして大きく息を吸う。ブレスなんて撃たれたら、私は避けられずに黒焦げになってしまう。
ゼクさんは迷わず地面を蹴って、攻撃を放とうとしているドラゴンに突っ込んでいった。鍵はもちろん、なぜか剣もしまっている。スタート地点のマスからギリギリ出ないところで強く踏み込み、竜の首に向かって飛び掛かった。
「オラァ!!」
首にしがみついたゼクさんは、そこを思いきり捻って頭の向きを変えさせる。ドラゴンは虚空に向かってブレスを放つことになった。ひとまず目の前の危機は去る。
ゼクさんはそのまま巨体を覆う甲冑に手足を引っかけてその背に上っていき、するりと大剣を抜く。
ドラゴンの狙いは私らしく、再び空気を吸い込んでブレスを放とうとしていた。けれど、そんなことを彼が見過ごすはずがない。
「させるかあああああああッ!!!」
めいっぱいの力を込めて叩きつけられた鋼の刃は、分厚い鎧も硬い鱗も石柱のような骨も何もかもを断ち切って、返り血に染まる。断末魔の叫びを轟かせながら墜ちていくドラゴンを足蹴にして、ゼクさんは私の前にどすんと着地した。
敵は全滅、鍵はゼクさんの手の中。これで――
「俺たちの勝ちだ」
ギョロリと吊り上がった目を向け、堂々と宣言する。トビヤは静かに口を開いた。
「最初に説明したことを覚えてるかな」
「ああ?」
「『プレイヤーが死んだら負けだ』って」
ゼクさんは咄嗟に針の敷き詰められた床を見下ろす。ここからだと崩落した足場の木片と、絶命した魔物たちの死骸しか見えない。
「あの女騎士ちゃんが落ちて死んだ時点で、君たちの――」
「誰が死んだって?」
耳に馴染んだ凛々しい声が、下方から確かに聞こえた。ガン、と鉄板を蹴るような音がして、ワイバーンの死骸の上に見慣れた姿が現れる。
信じてた。生きていてくれるって。
「ご丁寧に頑丈な鎧で武装させてくれたお陰で、このワイバーンは針に貫かれなかったからな。いい足場になってくれた」
空中で魔物を倒して、鍵をこっちに投げてくれて、落ちると同時に敵を足場にして……そんな人間離れした芸当を披露したスレインさんは、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
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