リベンジ
時間がやけに長く感じられた。重たい沈黙。首に巻かれた鉄の輪が、今になってずしりと喉を締め付けて、かける言葉をことごとく飲み込ませる。
いつもなら、大声で怒鳴って手近なものなんか蹴っ飛ばして、全力で怒りを表現するだろう。それだけ負けず嫌いな人だから。
でも、今のその顔は――絶望。
ただ呆然と、外してしまった最後の矢を見つめ続けていた。
「これで、お互いに2勝2敗だな」
トビヤの淡々とした声が、隣から耳に入ってくる。
「よかったよかった。最後のゲームは一番気合入れて作ったからなぁ。無駄にならなくてよかったぜ。準備するから、まずは全員下がってくれるかい」
幕の中にいた3人は素直に席に戻っていくが、ゼクさんだけは立ちすくんだままだ。血が出るほど握りしめた手から、悔しさが伝わってくる。
「あの!」
私はゼクさんではなく、トビヤに声をかける。彼はここに来たときから変わらない穏やかな笑みで「なんだい」と応える。
「次は、誰がやるんですか? もう全員参加したと思うんですけど」
「ああ。最後は君に選んでもらおうと思ってね。2人必要なんだけど、それは説明をしてから――」
「じゃあ、ゼクさんとスレインさんにお願いします」
即答だった。この2人以外にないと確信していた。
みんなびっくりしたように黙っていて、トビヤも顔から笑みを消して固まっている。
「いや、ルール説明を聞いてからにしたほうがいいよ? 向き不向きとかあるし……」
「その2人で大丈夫です。勝てます」
自信満々に言ったからか、トビヤもそれ以上は言葉を続けなかった。私が全幅の信頼を寄せた2人は、虚を突かれたようにこちらを見ている。
「負けっぱなしで終わるわけないじゃないですか。ねえ?」
決して強がりなんかじゃない、強気の笑顔を2人に向ける。ずっと緊張が残っていたスレインさんは柔らかく微笑み返してくれて、ぽかんとしていたゼクさんは急に両手で自分の頬を叩いた。
「次でぶっ殺す!!」
そんな悪態をつかれたトビヤは、ぷっと噴き出した。
「いいねぇ、そうこなくっちゃ。それじゃあ、ラストステージをお披露目しようか!」
パチンと指を鳴らせば、瞬く間にフィールドは姿を変える。いくつもの細長い柱に支えられた足場のようなものが、広々とした空間を埋め尽くすように立ち並ぶ。完成したそれはアスレチックのようだったが、下を見ると隙間が見えないほどの棘が敷かれていた。
周りよりひときわ高い、宝箱の置かれたところがゴールだろう。反対側のスタート地点には、鎖のついた錠前で柱に括りつけられた、美しい女性の彫像があった。
「あそこで縛られているのは、哀れなプリンセスだ。彼女を助けるには、向こうにある宝箱から鍵を取って来なきゃいけない。だが、この迷宮は罠だらけなうえに姫を狙う魔物まで出現する。そこで、1人が残ってお姫様を守り、1人が難所を乗り越えて鍵を手に入れる役を担当してもらう」
なるほど。スタート地点で防衛する役と、アスレチックを攻略する役に分かれるんだ。どっちがいいかなぁ……。
「ただし、迷宮はマス目で区切られていて、進む側はサイコロで出た目の数しか進めない。止まったマスによって、敵が出現したり罠が作動したりといろいろな効果が発動する。姫が攻撃されたり、プレイヤーが死んだりしたら負けだ」
つまり、すごろくと同じで一度に最大6マスまでしか進めないということだ。運の要素も絡んでくる。
一通りルールを理解した私は、あることを思いついた。
「あのー、たびたびすみません」
「なんだい? また面白いことを提案してくれるのかい」
「その……柱に縛られてるお姫様の役、私がやってもいいですか?」
仲間たちは仰天しているが、トビヤはにんまりと口角を上げる。
「なるほど……なるほど! そっちのほうがいいな」
「いや、お姫様なんて柄じゃないですけどね」
「そんなことはないさ。いいねぇ、君は勝負師の才能がある!」
ゲームマスターの賛同は得られたみたいだが、ゼクさんがすかさず反対の声を上げる。
「馬鹿言うな!! お前は大人しくすっこんでろ!!」
「大人しく見てるのが嫌だから、こうするんです。みんなが頑張ってるのに……。それに、近くで応援したいですし」
私が意志を曲げるつもりがないのが伝わったのか、ゼクさんは溜息をついて頭をバリバリ掻いた。スレインさんもクスッと頬を緩めている。
「ゼク、その困ったお姫様は君に任せていいか? 鍵は私が取って来よう。すぐに済ませるさ」
「チッ。勝手に決めやがって、キザ野郎」
分担が決まったところで、私は所定の位置に向かう。トビヤは美女の彫刻をぱっと消してしまい、代わりに外見が数段劣る私を柱に縛り付ける。そこまできつくはないけれど、もちろん身動きは取れない。
「護衛役はこのスタートのマスから出ないように。そのとんでもないパワーで鎖をちぎったり、柱をぶっこ抜いたりするのも禁止」
「……チッ」
ゼクさん、トビヤに注意されなかったら本当に力ずくでそうしようとしてたのかな……。
スタートのマスは他よりも広めだけど、戦いの足場にするには少し狭い気もする。でもきっと、ゼクさんなら大丈夫。
「で、進む役はもちろん出目より先のマスに進むのは禁止。だが、罠を避けるためとかで後ろに下がるのはセーフだ。マスの効果だけど、青く光ればそのまま進める。赤ならトラップ作動。黄色なら敵が出現だ。覚えた?」
「ご親切にどうも」
あくまで敵と親しくするつもりはないのか、スレインさんは冷淡だ。それでもトビヤは満足そうに、自分の席に戻った。
「さあ、始めよう」
その瞬間、ゼクさんとスレインさんの雰囲気が変わった。後ろ姿を見るだけでも伝わってくる。怖いくらいに真剣な、重々しいまでの圧力。気合が入っている、という次元じゃない。
不正がないようにと、サイコロはゼクさんが振ることになっている。少し大きめの正六面体が床を転がると、「2」を示す面が天井を向いた。
最初は普通の木製の橋が架かっているだけで、スレインさんはそのまま2マス分歩く。踏んだところの四角い仕切りが青く光った。
「お、幸先いいじゃないか。もう1回振れるぞ」
いやに陽気なトビヤの言葉を受けて、ゼクさんは淡々ともう1度サイコロを振る。今度は6だ。
スレインさんは数字通りに階段状になった足場を上っていく。止まったマスの色は――黄色。
「来るぞ!!」
鋭い掛け声が届く前に、ゼクさんはすでに剣を抜いていた。
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