3本の矢

「次のゲームは、リーダーちゃんを除く君たち全員に参加してもらう」


 あと1敗もできないという追い詰められた状況にあるトビヤは、他人事のように説明を始めた。


「みんなでやるんですか?」


「あー、主役はヨアシュの兄貴君だけさ。ちょっと手伝ってもらおうと思ってね。とりあえず、全員出てきてくれるかな」


 言われるままに、控え席にいた仲間たちがぞろぞろと出てくる。ヤーラ君も具合は悪そうだけど、どうにか歩けるようにはなっていた。


 トビヤの指示でゼクさんとそれ以外の4人で分かれる。いつも通り指を鳴らすと、4人が立っていた周囲をカーテンのような幕が覆っていった。天井まで届きそうな大きな幕に囲まれた仲間たちの姿は、朧気なシルエットでしか確認できない。


 ――あれ?

 その影を見ていた私は違和感に気づく。うっすらと見える立ち姿は、どれも同じような背格好で誰が誰だかわからない。それに、人数が2人分増えている。


「その幕は、中にいる人間の姿をわかりにくくするんだ。そして、君らの仲間以外に2体のダミーを混ぜてある。そいつらを2体ともぶち抜けば勝ちだ」


 ゼクさんの傍には台があり、少し大きめのクロスボウと3本の矢が用意されている。それで射抜けということなのだろう。


「チャンスは3回。失敗してもいいのは1回だけだ。もちろん、中にいる奴らは喋ったり身振り手振りで教えたりするのは禁止。リーダーちゃんも口出しはダメだぜ」


「あの……もし、仲間に矢が当たってしまったら……?」


「ああ、矢を避けたり弾いたりするのはOKだよ」


 簡単に言ってはくれるが、クロスボウで発射された矢をそう易々と回避できるものだろうか……いや、私の仲間たちなら問題ないかもしれない。唯一、非戦闘員のヤーラ君だけはわからないけれど、ゼクさんはそんなことはしないと心配をかき消した。


「んじゃ、ゲーム開始だ」


 トビヤが手をかざせば、円筒形の幕がぐるぐると渦を巻くように回転し始める。その動きが収まると、6人の人影が等間隔に立ち並んでいた。並び順が入れ替わったんだろう。輪郭が完全にぼやけていて、頭とその下の肩の膨らみくらいしか認識できない。人間を簡略化した図のようだった。


 だけど、私にはだんだんと誰が誰なのかわかってきていた。


 堂々と腕を組んでビシッと立っているように見えるのがスレインさん。少し気だるげに頭を傾けているのがロゼールさん。すぐに動けるようにリラックスして構えているのがマリオさん。ちょっと猫背気味で俯きがちになっているのがヤーラ君。あとは、ダミー。


 根拠らしい根拠はないけれど、なんとなく、黒いシルエットからみんなの様子が頭に浮かんでくるような気がするのだ。


 ダミーのほうも、確かに他と同じような風貌をしているし、本物の人間みたいな動きもする。その姿を見ても顔が浮かんでこないから、偽者なのだろうと判断しているに過ぎなかった。


 ――でも、ゼクさんはどうだろう?


 クロスボウを片手に、真紅の瞳を真っすぐ幕のほうに向けている。

 眉根を寄せ、口をぎゅっと結んだその表情から伺えるのは――焦り。


 私はリーダーだから、仲間たち全員に気を配って、常に注意を向けてきたつもりだ。だからあのぼんやりとした影でも判別がつくのかもしれない。


 が、ゼクさんはそうではない。もちろん私のことも仲間たちのことも、大事に思ってくれているはずだ。けれど、普段から周りを見ているタイプかというと……。


「……チッ」


 物音ひとつしない空間に、小さな舌打ちがこだまする。

 ギョロギョロと一列に並んだシルエットを見回していたゼクさんは、やがてゆっくりと武器を構えた。


 ――そう!

 喋ってはいけないので、私は見えないところでぐっと手を握りしめた。ゼクさんが狙っているのは、間違いなくダミーだ。


 バン、と高らかに発射音が響いて小さな矢が飛んでいく。あの幕にはなぜか当たらず通過して、しっかりとダミーを撃ち抜いた。


「1体目、クリアだ」


 トビヤの言葉に、ゼクさんはほんのわずかだが安堵したような吐息を漏らした。この調子で、次も……。


「あー……2発目行く前に、ちょっと待ってくれ」


 困ったようなその声で、ゲームは一時中断となった。トビヤは苦笑しながら私に言う。


「そのー、そう。教えるのはナシって言ったし、君もそれは守ってくれてるんだけど……そうだよな。ぶっちゃけ、君ってめっちゃ顔に出るタイプだよね」


「え? まあ……よく言われます」


「うん、だからさ。申し訳ないけど、君の顔は隠させてもらう」


 要するに、思いっきり態度に出ていたらしい。外からわからないように控えめにしていたつもりだったんだけど……。


「何やってんだよ、アホ女」


「あはは……。でも、ちゃんと応援はしてますからね!」


 憎まれ口を叩いたゼクさんはふいっと顔を反らす。

 トビヤがすっと手をかざすと、私の前にもあのカーテンと同じ幕がかかった。なるほど、外からは見えづらいのだろうけれど、こちらからはゼクさんの様子がよく見える。


「流れ切っちゃって悪いね。さあ、ゲーム再開だ」


 あと1発で自分の死が確定するかもしれない状況で、なおもトビヤは楽しそうだ。

 一方で、ゼクさんはまた渋い顔に戻ってしまった。なぜかさっきよりも自信がなさげで、私のほうをちらっと一瞥したが、当然向こうからは見えなくなっている。


 別に、1回目のときはゼクさんも私の顔を見て判断したわけではなかったはずだ。一度もこちらを見ていなかったんだから。なのに、どうしてあんなに不安そうなんだろう。


 1体目のダミーは撤去されたので、選択肢は1つ減って楽になった。それでもゼクさんは、あちこち視線を往復させている。クロスボウを構えようとして、ためらって下ろすという動作を繰り返している。その焦燥感がこっちにも伝わってきて、頬を汗が伝った。


 ようやく意を決したようにクロスボウの狙いを定め――私は血の気が引いた。


 だめ。そこはだめです、ゼクさん。そう言いたいのを懸命に堪える。言ってしまったら、ルール違反で私の負けだ。なんとか考え直してくれるように祈るしかない。



 そんな願いも虚しく、無情にも矢は放たれてしまった。



 思わず目をぎゅっと閉じる。が、矢が刺さる音の代わりにキィンと弾くような金属音が耳に入って、はっと目を開けた。


 幕の向こうの人影が移動している。1人、別の誰かの前に立っている。細長い何かを持って。


「大丈夫か!?」


「す、すみません」


 スレインさんとヤーラ君の声が聞こえる。

 ゼクさんが狙った先にいたのは、やっぱりヤーラ君だった。危ないところをスレインさんが割り込んで、剣で矢を弾いてくれたんだ。


「おっと、そうか。『矢を避けたり弾いたりするのはOK』って言ったけど、それが狙われた当人だけとは言ってないもんな。今のはセーフだが、2人分の立ち位置がバレちまったし、坊やだけ抜けてもう1回シャッフルすることにしよう」


 トビヤは公正な処置をしてくれる。その指示の通り、幕からそろそろとヤーラ君が出てきた。彼を危うい目に遭わせてしまったゼクさんは、目を合わせようともしなかった。


 円筒形の幕が再び渦を描く。綺麗に整列した4人分のシルエット。正解は1つだけ。

 じっくり目を凝らせば、どれがダミーなのかは私にはわかった。肝心のゼクさんは――


「…………」


 さっきの失敗を完全に引きずってしまっているのだろう。顔色はさっきよりも悪くなっていた。ギリ、と歯を食いしばっている。


 選択肢は減った。ヤーラ君も無事だった。もし失敗しても、あと1ゲーム残っている。そんな楽観的な要素は、彼の頭からすっかりなくなってしまったのかもしれない。私は祈るしかない。


 ゼクさん。あなたが優しいのも、私のことを思ってくれているのも、誰よりも勝ちたがっているのも、全部わかってます。信じてます。だから……。


 ふぅ、と大きく息を漏らして、最後の矢が装填されたクロスボウをゆっくりと構える。

 その矢じりが向く先を視線で追う。


 ――そう! そこです!


 私はほっと胸を撫でおろす。あれは間違いなくダミーだ。ゼクさんは少し迷っているようだったが、標的を変える気はないみたいだった。そのまま撃ってくれれば、勝てる。



 勝負を決める一発が、射出される。



「――え……」


 私の情けない声が、静寂の中に溶けていった。


 幕が消え去り、結果が誰の目にも明らかになる。木偶人形みたいなダミーには、傷1つついていない。


 最後の矢は、何にも当たることなく――ただ地面に突き刺さっていた。

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