魔族の善悪
ガチャ、とゼクさんが鍵を開けてくれて、私を縛っていた鎖が緩んだ。ずっと同じ姿勢でいたせいか身体が硬くなってしまい、私はぐぐっと伸びをする。
全員生還。ゲームクリア。要するに、私たちの勝ち。
敗北が確定したトビヤは、果たして、大声で笑った。
「……あっははははっ!! いや、すごい!! 見事だ!! 本当に、感動しちゃったよ! ここまでやるとは、俺の予想以上だったなぁ。久しぶりに――違うな、初めてだ。こんな脳味噌のシビレるゲームができたのは!」
心底満足そうに語ったトビヤは腕を一振りして、フィールドをまっさらな状態に戻した。高い足場にいた私たちは下に落とされ、着地したところで転びそうになる。
控え席から仲間たちが出てくる。自由に歩けるようになったスレインさんもこちらに来て、トビヤに詰め寄った。
「手紙で『魔族に関する情報を教える』と言っていたな。聞かせてもらおうか」
「ああ、そんな話だったねぇ。ヨアシュの付き人で、ナオミってお嬢ちゃんがいるんだけどさ」
「知ってます」
あの遺跡にいたヘロデという魔人が名前を出していたのを覚えている。どうも薬に詳しい魔人らしい。
「で、なんだっけ……<ウェスタン・ギャング>? そいつらが昔、どっかの組織と抗争してたらしくてよ。なんとかいうドクターが作ったヤベェ薬? そいつを敵の縄張りに流して壊滅させたんだと」
トビヤは興味なさげに耳を掻いているが、続く言葉は私たち全員を瞠目させた。
「その薬をな、ナオミがまた作って――街中にばらまくつもりらしい」
<ウェスタン・ギャング>で姿をくらましているドクター・クイーン。彼女の秘密の研究室から盗まれた研究成果。話が繋がった。ヨアシュはそれを使って、この街を混乱に陥れるつもりなのだろう。
「俺はあんまよく知らねぇけどな。当然ナオミの実験はこの街のどこかで行われている。居所まではもちろん吐かないけどさ。まあ、探してみな」
仲間たちは一様に険しい顔つきになって、特にヨアシュの性格を知っているであろうゼクさんは憎々しげに舌打ちをした。早くヨアシュたちの居場所を突き止めなければならない。どうやって?
一方で、トビヤは役目を終えたとばかりにふぅと息を吐く。
「んじゃ、用も済んだし。楽しかったぜー。あばよっ」
「えっ!? ちょっと、待ってください!!」
思わず制止してしまった。トビヤはあまりにもあっさりと自分の首輪を作動させようと――つまり、死のうとしていたから。
「何? もう喋ることないけど」
「そうじゃなくて、その……わざわざ、本当に死ななくてもいいじゃないですか。ゲームに負けただけで」
トビヤはぽかんとしている。当然と言えば当然だが、ゼクさんも不満そうに意見した。
「おい、こいつは敵だぞ! 助ける必要なんてねぇだろ!」
「それは……そうなんですけど」
「……ぷっ、あはははははは!!」
笑い上戸なのだろうか、トビヤはこんな場面でも大笑いしている。
「ほんとブレないなぁ、君……。けどほら、俺はそのへんの人間捕まえてこういう勝負させて、負けたら容赦なくそいつらを殺すような悪党なんだぜ? そもそも、この空間はどちらかが死なないと出られないようになってるしな」
「そう……ですか」
「そんな顔すんなって。俺は最高のゲームができて満足なんだ。思い残すことはない」
その言葉にはたぶん偽りはないのだろう、これまでで一番さわやかな笑顔だった。
わざわざ命なんて賭けなくてもよかったのに、なんてどうしようもないことを考える。どうして彼はそうなってしまったんだろう。魔族が生まれつき悪人ではないことは、ゼクさんを見ればわかる。本当に、どうして……。
ふいに、トビヤは出会ったときのようにコインをトスした。キャッチした手をすっと私に差し出す。
「表」
私がなんとなくで即答すると、手の甲に乗ったコインは本当に表を向いていた。
「ほらな。運命なんだよ」
パチッと指が高鳴って、この歪んだ世界は消えてなくなった。
◆
せっかく休暇を貰って、やることもないからと昼間から飲みに来たというのに、ファースはそわそわと落ち着かない。なぜか同行している狐が、怪訝そうにその顔を覗き込む。
「どーしたんすかぁ、旦那。休みなんだから、もっと楽しみましょうぜぇ」
「お前は楽しみすぎだよ。なんか今日、街が騒がしい気がするんだけど……何かあったのかな」
「どーせどっかで死体でも出たんでしょ。俺らには関係ない話ですって」
「もし魔族が関わってたら、エステルさんが……」
「今日くらい仕事のことは忘れましょうよ。旦那は休日の過ごし方をまったくわかってない!」
ほどほどに酔いが回っているらしい狐は、わざわざ立ち上がって講釈を始めた。
「こういうときは何もかも忘れて!! こうやって昼間っからパーッと飲んだり、うまいもん食ったり、カジノとかで遊んだり、とにかく思いっきり楽しむもんっす!!」
「いつものお前じゃないか……」
「ま、まあまあ……。や、本当ならこう、綺麗な姉ちゃんとかと一緒に過ごせりゃ最高なんすけどねぇ~」
「あー……」
「……旦那、今アイーダちゃんのこと思い浮かべました?」
その名前が出た瞬間に飲み物を吹き出して咳き込んだファースを見て、狐はいっそうニヤニヤする。
「な、なんで……」
「見りゃわかりますよぉ。美人っすもんねぇ~」
赤くなった顔を隠すようにテーブルを拭くファースだったが、徐々にその顔を曇らせる。
「でも……向こうはボクのことも覚えられないだろうし」
「そこは……あれっすよ。愛の力で!」
「なんだそれ」
前にエステルが、アイーダはどこかでファースのことを覚えてくれているかもしれないと言っていた。だが、毎日顔を合わせても変わらず事務的な対応をする彼女と、それ以上親しくなれるかといえば……。そう考えて、ファースはため息をつく。
「そういやぁ、俺も『ソルヴェイちゃんを口説いてやろう計画』のこと忘れてたなぁ」
「なんでまた、そんな難易度の高い……」
「だってエルフっすよ!? いつもだらーんってしてるけど、絶対可愛いっすよ!!」
「会話成立させるだけでも大変なのに?」
「そこはもう、俺の話術で! まずは軽ーくメシにでも誘って、いや飲み屋でもいいな……酔ったら意外と可愛かったりしてなぁ! ぐへへへ……」
そんな欲望剥き出しの妄想を垂れ流していた狐だが、重要なことを忘れていた。
当人が一番酒に弱いということを。
もはや恒例行事のように、調子に乗って飲みすぎた狐は店の裏で延々と吐いていた。
ファースは少し離れたところで待ちながら、これが一番ダメな休日の過ごし方だな、と面白くもないことを考えていた。
不意に、何かの気配を感じた。
ここは路地裏。まだ日が落ちてはいないが、人通りのほとんどないこの場所はかなり危険だ。狐を呼んだところで、酔い潰れているあいつが役に立つかどうか。
しかし、その気配の正体を認識したファースは、そんな危機感も警戒心も一気に薄れてしまった。
若い女だ。身の丈よりもだいぶ重たそうな袋をひぃひぃ言いながら引きずっている。この街によくいるようなゴロツキには見えないし、本気で困っているようだった。
「あの、大丈夫ですか?」
安全だと判断したファースは、善意で声をかける。細い腕で懸命に袋を引っ張っていた彼女は、泣きそうな顔を向けた。
「だ、大丈夫じゃないです~っ。ほんっと、重たくてぇ。でもこれ、早く捨てないと……」
このすぐ近くには川があるので、巨大なゴミ袋をそこに捨てるつもりなのだろう。
「手伝いますよ」
「えっ、いいんですかぁ?」
ホビットの腕力など高が知れているが、いないよりはましだろうとファースも助けを申し出る。
その袋を掴んでみれば予想外に重量があり、近くにいると悪臭が鼻を突いてくる。一緒にひぃひぃ言いながら、その廃棄物を濁った川にどしゃっとぶち込んだ。
「はぁーっ。ほんとにありがとうございました~っ」
「いえいえ……」
彼女はぺこぺこと何度も頭を下げて感謝を伝えた。その仕草がなんとなくこの街の人間らしくないと思ったが、流れ者などそう珍しくないのでファースは特に気にもせず、手を振って去っていく彼女の背中を見送った。
入れ違いで、ふらふらになった狐が青い顔で近づいてくる。
「うえぇ、なんすかこの臭い……。それに今、カワイコちゃんと話してませんでした?」
「ゴミ捨てをちょっと手伝ってただけだよ」
「それにしちゃ、異様に臭いません? また吐きそうっすよ……」
嗅覚の鋭い狐に言われて、悪臭のするゴミなど見たくもないが、ファースもあの袋の中身が気になってくる。
なんの気なしに自分の小さな両手を見て、背筋が凍った。
赤黒い血が、べっとりとついている。
慌てて振り返るが、あの人畜無害そうなお下げの女の姿はすでに見えなくなっていた。
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