度胸試し

 身を削って勝利を掴んでくれたヤーラ君は、控えのベンチで横になって休んでいる。マリオさんがテキパキと処置してくれる傍らで、ゼクさんがぼそりと「よくやった」と労っていた。


「それじゃ、次のゲームだけど……そこのイケてる女騎士ちゃんにやってもらおう」


 指名を受けたスレインさんは、腕を組んだまま猛禽類のような眼光をトビヤに向けている。促されてフィールドの真ん中に出てくる間も、その険相は変わらない。


 トビヤが指を鳴らせば、フィールドはまた姿を変える。端のほうから塔のように高い装置がいくつも立ち並び、そこには巨大な鉄球や刃、大砲の砲身のようなものが備えつけられている。そんな物騒なものに囲まれても、スレインさんは眉ひとつ動かさない。


「今からこの危ない仕掛けが君に襲い掛かる――が、どれも絶対に当たらないように設計してある。君の足元に小さな丸いラインがあるだろう? ビビってそこから一歩でもはみ出たら、君の負けだ」


 よく見れば、スレインさんの足の周りに円形の囲いみたいな線がある。少しでも動けばはみだしてしまいそうなサイズだ。


「……ここから動かなければいいんだな?」


「そうだ。意外と難しいぞ」


 要するに、これは度胸試しだ。スレインさんなら難なくクリアできるはずだと私は信じている。


「さあ、ゲームスタートだ」


 合図が出るやいなや、本当に頬の脇すれすれのところを1本の矢が通り過ぎた。ふわりと黒い髪が揺れるが、スレインさんはまばたき1つしなかった。間髪入れずに何本もの矢が同じように飛来するが、そんなもの存在しないかのように腕を組んで動かない。


 続いてロープに吊るされた大きな刃が振り子のように風を斬りながら向かっていく。当たったら身体が縦に真っ二つになってしまうんじゃないかというほど恐ろしい仕掛けだが、堂々と腕を組んで仁王立ちしているスレインさんは、ただ真正面を見据えている。


 途中、ロープが何かに引っかかって軌道を大きく変え、刃が横向きになって蛇のように襲い掛かった。ちょうど首元を掻き切りそうな位置で思わず息を呑んだが、スレインさんは刃とすれ違っても微動だにしなかった。


 あまりに肝を冷やしてしまい、何度も目を背けたくなってしまうが、スレインさんの勇敢な立ち姿には確かな安心感があった。ハラハラしている私のそばで、トビヤはのん気に感心していた。


「うおー、すっげぇな」


 次いで発射された大砲の爆撃音が何度も響く中、爆風に煽られてもなお動じないスレインさんに、軽い拍手を送っている。


「君たちってさぁ」


「はい!?」


 唐突に話を振られて、私は無駄に大声を出してしまった。トビヤは構わず続ける。


「君というリーダーのもとでしっかりまとまってるというか……要するに、メンバーたちは全員君のために尽くそうとして、それで上手く回ってる感じだよね」


「え、まあ……ありがたいことに」


「だからあの坊やも根性見せてくれたし、女騎士ちゃんもドンと構えてられるんだな。それって、すごくいい関係だと思う。なるほど強いわけだ」


「ど……どうも」


 このトビヤという魔人は、あまりにも「敵」という感じがしない。本当に、ただ純粋に私たちとゲームを楽しみたいだけなのだろう。スポーツの対戦相手というほうがしっくりくる。


 お互いの命を賭けるという恐ろしい条件も、私の命を奪いたいのではなく、それくらい本気で勝負をしたいという彼の美学に近いかもしれない。それで命を危険に晒されるのはたまったものではないが、彼に悪意みたいなものは感じられなかった。


 フィールドでは、またしてもロープに吊るされた刃の仕掛けが滑降する鳥のように空を切っている。さっきと同じように何かに引っかかって刃の軌道が大きく逸れたが、今度はスレインさんのいるほうから離れていっている。


「――だが、そんな『いい関係』にも、もちろん欠点がある」


 トビヤが呟く声よりも、私は場内を囲う壁面に沿って旋回する鉄の塊に意識を奪われていた。


「え?」


 仕掛けの行方を目で追っていれば、眼前に迫る鋭利な刃物。

 あれは確実に、私のほうに向かっていて――


「きゃあああっ!!」


 悲鳴なんか上げるんじゃなかったと思っても、もう遅い。


「エステル!!」


 さっきまで毅然と構えていたスレインさんの、取り乱したような必死の呼び声。

 もちろんあの刃物は私を傷つけることなく、所定の位置に戻っていった。



「動いたな」



 トビヤの短い指摘に、再びフィールドのほうに視線を戻す。

 さっきとはうって変わって、スレインさんは自分の足元を見て青ざめている。


 左足が半歩、ラインからはみだしていた。


「これで、1勝1敗だ」


 その言葉が届いているのかいないのか、スレインさんは顔面蒼白のまま絞り出すように声をこぼした。


「……す……すまない」


「違います! 私が悲鳴なんて上げるから……」


 たぶん、というかほぼ確実に私のせいだった。これは全部トビヤの算段だったのだろう。<ゼータ>が私を中心に成り立っているというのを逆手にとって、あえて私を狙って動揺を誘ったんだ。


 けれど、責任感の強いスレインさんのことだ。私を死の危険に近づけたとか、仲間たちの足を引っ張ってしまったとか、とにかくそんな自責の念が渦巻いているに違いなかった。


「結果は結果だ。こうなると、次の勝負が肝になってくるな」


 トビヤは相変わらず楽しそうだった。確かに、次で負けたほうが2敗となってリーチがかかってしまう。なんとしても勝ちを拾っておきたい。


「で、今度は2人に参加してもらおうと思うんだ。そこの――エルフの美人さんと、器用な糸使い君」


 ぎょっとした。よりによって、お互いに「二度と一緒に行動したくない」と宣言し合った2人が、ここで指名されるなんて。


「君らのこともバッチリ見てたぜ。とんでもねぇ大喧嘩してたなぁ。途中でリーダーちゃんが止めに入ってたけど、実は気になっちまったんだ。どっちのほうが強いのかなって」


 やはりトビヤは自分が送った刺客たちの動向を見ていたらしいが、そんなことよりも最後の一言が気になった。


「ここで、決着をつけるってのはどうだい。んで、リーダーちゃんにはどっちが勝つか賭けてもらう」


「そんな!」


「どっちに賭けるかはこっそり教えてくれ。もちろん、どっちかがわざと負けたりするような素振りを見せたら……つまり、八百長なんかをしたらその時点で負けだ」


 ロゼールさんとマリオさん、戦ってどちらが勝つかなんて私にもわからない。2人とも相当強いし、何より仲間同士で争ってほしくない。

 不安を覚えながらも、控え席にいる当事者たちを見てみれば――


「あら、この冷酷非人情殺人鬼を合法的に叩きのめせる機会が来るなんて!! 100年と言わず1000年氷漬けにしてやるから、エステルちゃんも応援してね」


「ロゼールと戦うのかぁ。仲間同士だけど、八百長はダメだって言うし、本気でやるしかないねー。大丈夫だよー、殺しはしないから」


 意に反して2人ともやる気満々で、私はがくっと脱力してしまった。

 なぜか鼻歌交じりに出てきたロゼールさんは、そのまま呆然と立ち尽くしていたスレインさんの肩に手をかける。


「あなたはもちろん私に賭けてくれるわよね?」


 スレインさんは意識を取り戻したようにロゼールさんと目を合わせた。


「……ああ……そう、だな。そうしないと、後でどやされそうだ」


「何よ。もっと素直に応援してくれてもいいのに」


 促されて戻っていくスレインさんと入れ替わりで、ゼクさんから野次が飛んだ。


「俺はマリオに賭けるぜ。そのババアが吠え面かくところが見てぇからな!」


「……エステルさんの予想が当たらないと、意味ないですけどね」


 ヤーラ君がぽつりと言った通り、この勝負は私の予想が一番重要なのだけど……私の脳裏に浮かんでいたのは、たった1つの、確率の低い選択肢だけだった。


「さあ、選んでくれ。どっちに賭ける?」


 トビヤの問いに対し、その選択肢を答えると――彼は一瞬目を丸くしていたが、すぐにニカッと口角を上げて、「君も大概イカレてるねぇ」と嬉しくない褒め言葉を寄越してくれた。

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