敗北者
ヴェーラさんを見送った翌日、青犬さんからお金を受け取るために私は仲間たちとロビーに向かっていた。受け取り手であるルゥルゥさんも来るということで、支部の中は少し慌ただしかった。
「だぁからよー、悪かったっつってんだろ。何も覚えてねぇんだからしょうがねぇじゃねーか」
昨日大暴れしていたゼクさんは、覚えのないことで責め立てられているのが不満そうにボリボリ頭を掻いている。薬の後遺症みたいなのはなさそうで、そこは安心したけれど。
「そもそも……知らない人から貰ったもの、勝手に飲んじゃダメですよ」
一番の被害者かもしれないヤーラ君はほとほと呆れているようだ。ゼクさんはきまりが悪いのか、ふいっと顔を背けた。
「ヤーラ君、本当にありがとうね。大変だったでしょう?」
「え? ……いえ、まあ、慣れてますから」
「それでも、いつも助かってるよ」
私が労いの言葉をかけると、ヤーラ君はこういうことには慣れていないのか照れたようにうつむいてしまった。当てつけだと思われてしまったのか、ゼクさんはこちらを見ずに舌打ちをする。
微笑ましいやら困るやらで気を緩めていた私に、スレインさんが真剣な声色で話を振った。
「そういえば……昨日のヴェーラを騙った偽者。軽く尋問してみたが、誰かに命令されて来たような様子だった。あのあとは失敗を咎められるとやたらと怯えていたな。もう抵抗の意志はなさそうだったから、解放したが」
「じゃあ、あの人をここに送ってきた人がまだいるってことですよね」
スレインさんは険しい顔のまま頷く。私も予感した。その命令した誰かというのは――
「それに、昨日の一連のことは偶然のような気がしないんだよねー。誰かが一斉にぼくたちを襲おうとしたんじゃないかな」
対照的にマリオさんの声はのんびりしているが、言っていることはかなり深刻だ。
「ぼくらがカジノで相手をしたリーズっていう人も、向こうから声をかけてきたんだ。ねぇ、ロゼール?」
「話しかけないで」
冷たく言い放つロゼールさんは、まだ喧嘩したことを引きずってるのか、すごく刺々しい態度だった。やっぱりというか、マリオさんはそんなことは意にも介さずにこにこ笑っている。
ロビーに到着すると、さすがに早かったか青犬さんはまだ来ていなかったが、職員に紛れてルゥルゥさんがベンチで横になってリラックスしていた。
「あー、どもッス。ここ、前に来たときよりちょっと綺麗になりましたね~。職員さんたちの顔つきも違うし、エステルちゃんのご指導の賜物ッスか?」
「いや、そんな。皆さんやファースさんの努力のお陰ですよ」
「なるほどなるほど~。で、噂のちびっ子副支部長さんは?」
「休暇を取ってもらってます」
「いい判断ッスね。あの人、ほっとくと過労死しそうッスから」
ルゥルゥさんが洒落にならないことでからから笑っていると、ちょうど時間通りにスーツケースを抱えた青犬さんが姿を見せた。……なぜか、後ろに血をべっとりつけた赤犬さんが同行している。
「よう。兄貴のことは気にしないでくれ」
「いや、気になりますよ!? なんでそんな……えっ!?」
困惑している私をよそに、赤犬さんはぱっと見つけたルゥルゥさんに駆け寄って尻尾を振っている。
「やっほー! <サラーム商会>の美少女ルゥルゥちゃんじゃ~ん。僕とデートしない?」
「あたしは高いッスよ~? 青犬さんが持ってるスーツケースくらいのお金と、ずっと気になってる赤犬さんの年齢の情報をくれれば」
「うっわ、歳の話はナシだって!」
そういえば、赤犬さんって青犬さんのお兄さんなんだから、歳は……いや、考えるのはやめよう。なんか失礼だし。
それにしても、返り血を浴びた赤犬さんと平気で談笑してるルゥルゥさん、こっちもタダ者じゃない……。
「ったく……。お嬢ちゃん、とっとと勘定済ませてくれ。早く帰りてぇ」
「あ、金勘定ならお任せッス! きっちり返済分とっときますね~」
ルゥルゥさんはささっとスーツケースの中身に関心を向け、放置された赤犬さんが頬を膨らませている。
ケースを開ければきちっと整列した純度の高そうな金貨がずらりと並んでいて、こんなものをロビーなんかで広げちゃって大丈夫かと不安になった。
一応ここの責任者である私が蚊帳の外になってしまったので、むくれている赤犬さんにさっきから気になっていることを聞いてみた。
「赤犬さん。結局その……血? は、どうしたんですか?」
「あー、これね! 僕の可愛い顔が台無しだよねぇ?」
自分で言うのかと戸惑いつつ、実際に美しく整った可愛らしい顔立ちなのは事実なので、苦笑いで頷いた。
「昨日傷顔のお兄ちゃんに盛られた薬ね、うちが管轄してないところから出てたみたいでさ。闘技場の人たち含めて懲らしめてやろうと思って。まあ、ほんとは9割憂さ晴らしだったんだけど」
「…………そうですか」
「エステルちゃんたちも大変だったみたいだねー。僕が言うのもナンだけどさっ。性格悪そーなオバチャンに、ずる賢そうな美人のお姉ちゃんに、闘技場のハゲオーナー! 全員に絡まれたんでしょ? なんかすごい恨みでも買ってんの?」
「……あれ? なんで知ってるんですか?」
たぶん赤犬さんが言ってるのは、ヴェーラさんの偽者とカジノでロゼールさんたちに絡んできたという女性のことだろう。闘技場にいたはずなのに、どうしてこんなに詳しいのか。当の赤犬さんも、私の問いに小首を傾げている。
「ん? エステルちゃんたち、広場のあれ知らないの? うーん、じゃあ……トニー!」
「るっせぇな、今忙しいんだよ!」
「ちょっとエステルちゃんたち借りるねー?」
「ああ、勝手に……は!?」
「ほら、こっちこっち~」
青犬さんの制止も聞かず、赤犬さんは半ば強引に私の手を引いて、支部の外に連れ出してしまったのだ。
◇
街の広場は騒然としていて、しかしどこか人々は慣れているような雰囲気があった。
が、まったく耐性のない私には、目の前の光景は1秒と見ていられるものではなく――むせ返るような悪臭も相まってその場に倒れそうになってしまう。
中央に立つ小さな時計台。
文字盤を隠していたのは、括りつけられた3つの――生首。
下部に縛り付けられた3人分の胴体が、首から滴り落ちる血液を受け止めていた。
「あれでしょ? エステルちゃんたちに絡んできたの。僕もオーナーのにおい追ってたらさ、ここに辿り着いちゃったワケ。で……ありゃ? もしかして、こういうの苦手だった?」
「このクソガキ!!」
ゼクさんの怒声に、ふらつく足をどうにか立たせて止めに入る。
「だ、だめですよ、喧嘩は……。それより、誰が……」
「僕も最初はそのへんの殺し屋の仕業かなーって思ったんだけど、エステルちゃんたちにちょっかいかけた奴らっぽいから違うかなって。心当たりない? 余所者だったら僕がヤッてもいいよ!」
赤犬さんのはしゃぐ声が遠くに聞こえる。スレインさんに支えてもらいながら、真っ先に時計台に近づいて行ったマリオさんの分析に神経を集中させた。
「死んだのは今朝方みたいだけど……ギロチンで斬ったみたいな切り口だなぁ。人間の手でやったことじゃないね。何かの装置か、魔術か」
ああ、やっぱり。
時計台の手前に血で大きく書かれた「敗北者」の文字に、次の勝負はすでに始まっているのだということを悟った。
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