#20 ダーティ・ゲーム

一攫千金作戦

「あぁあぁぁ~~っ!! クソ、エース持ってんなら初めから言えよこの狐野郎!!」


「い、言うわけないじゃないすか……。うわ、もっと賭けとけばよかった」


 支部長としての――形式上の仕事を終えて宿舎に戻ってみれば、2階のラウンジみたいなところで、私の仲間たちとなぜか狐さんが集まってトランプをしていた。

 実際に対戦しているのはゼクさんと狐さんだけで、他のみんなは温かく見守っている。


「何してるんですか?」


「エステルちゃん、お疲れ様。今、世界で一番レベルの低いポーカーを観戦してるの」


 ロゼールさんが皮肉を交えて教えてくれると、撃沈していたゼクさんがギロリと一瞥してくる。

 テーブルの上にはカードが5枚表向きに並べられていて、2人の手元には手札が2枚ずつ天井を向いている。そして、賭け金らしきチップ。


「エステルちゃんもやってみない?」


「え? 私、こういうの弱いですよ。ルールもわからないし」


「大丈夫。今弱い人しかやってないから」


 ゼクさんはさらに不愉快そうに舌打ちし、狐さんは否定するでもなく照れたように苦笑する。

 ロゼールさんに肩を押されて私も席に座ると、ディーラー役のマリオさんがチップを用意してくれた。これはゲーム用で、実際のお金を賭けているわけではないようだ。


「ルールならぼくが説明するよ。ポーカーの役はわかるよね?」


「まあ、はい、一応」


「オッケー。まずはプレイヤー全員が参加料を払うんだ。最初はチップ1枚からにしよう」


 説明しながら、マリオさんはデッキを目にも留まらぬ速さでシャッフルしていて、投げナイフみたいに手札を2枚ずつ配っていく。


「プレイヤーはこの2枚の手札と、これから場に出す5枚の共通カードを組み合わせて役を作るんだよ。その前に、この段階で最初の賭けがあるんだけど」


「っし、5枚ベットだ」


 さっき負けたばっかりのゼクさんが、乱雑にチップを放り投げる。よっぽどいい手札が来たんだろうか。狐さんはそれを見て頭を抱えて悩ましそうにしている。


「マジかぁ……でも兄貴、無駄に強気なとこあるからなぁ。とりあえずコールしますわ」


 首をひねりながらも、狐さんはゼクさんと同じ枚数のチップを出す。最後が私の番かな?


「エステルはこの時点で3つの選択肢があるんだ。狐君みたいにコールして同額出すか、レイズしてそれ以上のチップを賭けるか、フォールドして勝負を降りるか」


 私の手札はハートの8と10。強いのかどうかわからないけれど、最初だしすぐ降りるのももったいないかなぁ、なんて初心者丸出しの考え方をしてしまう。


「じゃあ、私もコールします」


「全員参加だね。共通カードは初めは3枚出すんだ。これをフロップっていうんだけど……ここでも同じように賭けたり降りたりのアクションをするんだよ」


 テーブルには3枚のカードが表向きに並べられる。ハートのエースと、スペードの8、クイーン。私はハートの8を持っているから、これでワンペアが揃った形だ。でも、他の2人にエースやクイーンのペアができていたら負けてしまう。うーん……。


 また順番はゼクさんからだけど、3枚のうちにいいカードがなかったのか何もせずにパスした。それを「チェック」というらしい。一方で急にご機嫌になった狐さんは白い尻尾をぱたぱた動かしている。


「レイズ5枚!」


 意気揚々とした掛け声に、ゼクさんがギロリと睨んでひるませる。何かいい手が来たのかな。私は勝てそうもないけれど、慣れるために最後までやってみようとコールした。結局、ゼクさんも性格的に降りられなかった。


 この後は1枚ずつ場のカードが増えていくみたいで、4枚目にハートの6が来ると、ゼクさんは息を吹き返したように10枚レイズして狐さんをフォールドさせた。

 私が降りるつもりがないのはゼクさんもわかっていたみたいで、気を遣ってくれたのか5枚目が出た時点ではチェックで回してくれた。私の役は8のワンペアのままで、同じくチェックした。


 最後にショーダウンといって、手札を晒す段階になったのだけど――その前に、スレインさんが少し笑みを浮かべながら口を挟んだ。


「ロゼール、君はもう全員の役がわかってるんじゃないか?」


「そうねぇ、ゼクは6が出たときに大きく出たから6の手札のポケットペアでスリーカード。狐君はいい手じゃないとレイズしないから、エース、8、クイーンのどれかのツーペア。エステルちゃんは……降りるつもりがなさそうだったからわかりにくいけど、何かのワンペアかしら?」


 私たち3人が手札を明かせば、ゼクさんはハートとダイヤの6、狐さんはダイヤのクイーンとクローバーの8。本当にロゼールさんの言った通りだった。


「ロゼールさん、すごい!!」


「……あれ? エステル、ハートのフラッシュできてるよ」


「え?」


 マリオさんに言われてよく見れば、5枚目はハートの9だったので場には3枚、私の手札には2枚ハートのカードがあり――


「ほんとだ」


「ざっけんなテメェ!! なんで気づかねぇんだよポンコツ女!!」


「さすがにこれじゃあ私もわからないわよ。強運ねぇ、エステルちゃん」


「た、たまたまですよ……。やっぱり、ロゼールさんやマリオさんのほうが遥かに強そうですし」


「だから最初、俺と兄貴だけでやってたんだよ」


 ああ、と納得してしまったのがゼクさんの気に障ったらしい。


「ケッ。どうせなら、お前ら2人でカジノ行って大儲けしてこいよ」


「いやいや兄貴。この街のカジノなんてみんなイカサマがまかり通ってて、絶対勝てないようになってるんすよ」


「ぼくならイカサマはすぐにわかるけどねー」


「ああ……マリオならそうかもなぁ。だが、連中も手口が巧妙でよ、俺らは搾取される一方さ」


「じゃあ、なんでカジノ通いなんてしてるんですか」


 ヤーラ君が鋭く狐さんを黙らせたところで、誰かがどたどたと階段を上がってくる音が聞こえた。ひょこっと頭を出したのは、ファースさんだった。


「お、旦那じゃないっすかぁ。ポーカーやります?」


「狐ェ……そんなことしてる場合じゃないんだよ。あ、エステルさん、お休み中のところ申し訳ないんですが、探している書類がありまして。ほら、ルゥルゥさんから貰ってませんか? <サラーム商会>の融資の……」


「私が預かっている」


 そう。私だと100%失くすから、スレインさんに預かってもらっていたのだ。私だって馬鹿じゃない、ちゃんと学ぶんだから。

 ……いや、その前に失くさないようにするのが普通なのはわかってるんだけど。


 スレインさんから渡された契約書を、ファースさんは丸眼鏡を直しながら食い入るように見る。


「ああ、やっぱり……」


「どうかしました?」


「この、利子のところ見てください」


 ファースさんが小さな指で示した、びっしり敷き詰められた文字の中のさらに小さな文章を読み上げる。


「えーと、『返済期限を過ぎた場合、利率は倍に引き上げるものとする』……ええええええええっ!?」


 そうだ、思い出した。これにサインしたときは古代遺跡の財宝の話をされてて、頭がそっちでいっぱいになってたんだ。


「す、すみません。私がうっかり見逃してて」


「いえ、これはもう商会が一枚上手だったということで……」


「……ちなみに、返済ってその期限に間に合いそうなんですか?」


「……五分ですね」


 つまり、もし間に合わなかったら、この支部は借金漬けになっちゃうってこと?

 恐ろしい未来に青ざめていると、ファースさんからさらに悪いニュースが飛び出した。


「それで、始末の悪いことに……近いうちに本部から視察が入るみたいなんです」


「それって……この支部が借金まみれだってバレちゃったら――」


「最悪、ボクらの首が飛びます」


 全身から血の気が引くような感じがした。協会をクビになったら、<ゼータ>のリーダーでいることもできなくなってしまう。早くお金を作らなくちゃ――


 そこで、おもむろに狐さんがばっと立ち上がった。


「よし! じゃあ旦那、ギャンブルで一発儲けましょう!!」


「いや、おま…………殺すぞ」


 普段のファースさんなら絶対に口にしないような言葉が出ると、慌てて狐さんが弁解する。


「違う違う! エステルちゃんたちに任せるんす! カジノもそうっすけど、他にも金になりそうなとこ知ってんすよ!!」


 そうして狐さんは、そのお金が稼げそうだという場所を自信満々に紹介し始めた。

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