DRINKING
ドワーフのママさんが経営している小さな酒場は、今日は大勢の勇者たちで埋め尽くされている。
彼らの視線は一様に大きな画面に注がれていて、みんなでお芝居でも観ているみたいにときどき感嘆のどよめきが起こっている。
映し出されているのは、ゼクさんたちがあの巨大な自動人形と戦っている場面だ。
あれを記録したのはソルヴェイさんが作った丸い装置で、いったん切っておいたのが私とスレインさんが穴に落ちたあとになぜか起動し、ゼクさんたちの戦いぶりを映像として残してくれたらしい。
「うわ、マジででっけぇな」
「おおーっ、すげぇすげぇ!! ぶっ刺したぞ!!」
ちょうどゼクさんが氷の槍で巨人を貫いたシーンに差し掛かり、一気に場が沸いている。
今度は中から私を抱えたスレインさんが飛び出してくるところで、ちょっと恥ずかしくもなったけれど、華麗に脱出したスレインさんはやっぱりカッコよかった。
「キャ~~ッ!! 何あれイケメンすぎ!!」
「あれ、あなた? 素敵、ヒーローみたいよ」
当然というべきかそこで黄色い声が上がり、注目の的になったスレインさんは気まずそうに紅茶を飲んでいる。
一通り上映も終わり、酒場はわいわいと賑わう声で溢れだした。場の中心にいるのは見たところケヴィンさんだけど、勇者たちの関心を集めているのは私の仲間たちだった。
ケヴィンさんは勇者をやっていて長いらしく、私たちのことをあまりよく思っていなかった人たちも、彼の一声でここに集まってくれた。
「よお、支部長の嬢ちゃん」
当のケヴィンさんが、すっかり顔を真っ赤にして酒瓶片手に隣に座る。
「俺たちドワーフが、なんで酒が強いか知ってるかい。それはな、ドワーフの血が酒でできてるからさ」
「え、そうなんですか?」
「おーい! こいつを見て、まだこの嬢ちゃんが俺たちを騙してるなんて信じる馬鹿ぁいるかー?」
周りの勇者たちがどっと笑った。どうやら冗談だったらしいけれど、ケヴィンさんなりに私たちが信用されるように気遣ってくれたんだろう。
そんなケヴィンさんに突っかかってきたのは、まさかのゼクさんだった。
「ああ~? 聞き捨てならねぇな、おい。エステルが騙されやすい馬鹿だと? 馬鹿はその通りだが、言っていいのは俺だけだコラァ」
「んなこと言ってねぇだろ。相当酔ってんな、おめぇ。そろそろ酒はやめてミルクでも飲んだらどうでぇ」
「あんだとテメェ!! 勝負はこれからだ、酒持ってこぉい!!」
顔真っ赤で呂律も回っていないゼクさんは、ケヴィンさんと飲み比べ対決の続きに戻り、賭けをしているらしい人たちがわいわい囃し立てている。
他のテーブルでは、女の子に囲まれて居づらそうにしているスレインさん、寄ってくる男性たちを軽くあしらっているロゼールさん、それからどこから持ってきたのかギターを弾いているマリオさんがいて、それぞれ盛り上がっている。
ヤーラ君は相変わらず潰れた人の介抱をしていて、ママさんに重宝されていた。
私の隣にはいつの間にか狐さんが座っていて、丸いサングラスを気取った風に中指でクイッと上げた。
「まったく、ここの勇者ときたら今んなって大騒ぎしちゃってさぁ。俺はハナっから<ゼータ>がすげぇ連中だってわかってたけどな!」
「ええ、ありがとうございます」
「何よりリーダーがこ~んなに優しくって可愛くってよぉ……。あ、あの激マブビューティフルのエルフの姉ちゃんもたまんねぇよなぁ~……いや、意外とあの見た目男みてぇな騎士ちゃんも、よく見れば美人で……!?」
狐さんは突然ぎょっとしたように言葉を切った。なんだろうと思ってその視線の先を追うと――
焦っている様子のヤーラ君と、すぐ前にテーブルに突っ伏している黒い髪。
「ちょっと、誰ですか!? スレインさんにお酒飲ませたの!!」
「今回は私じゃないわよ」
「ぼくも見てたけど、ロゼールは何もしてなかったよ」
私も急いでぐったりしているスレインさんのもとに駆け寄る。
「スレインさん、大丈夫ですか!?」
「……ああ……どこにおられますか、兄上」
ダメだ。かなり意識が朦朧としているみたいで、目の焦点が合っていない。
ヤーラ君がお酒を抜いてくれているところで、後ろからわっと歓声が上がった。
「両方ぶっ倒れたぞー!! 引き分けだー!!」
「水持ってきたほうがよくね? 顔色やべぇぞ?」
「ああーっ、もう!!」
新たに2人の急患が出て、ヤーラ君はうんざりしたように頭を抱える。
「いいよ、スレインさんは私が見ておくから」
「すみません、よろしくお願いします!」
ほんと、忙しいなぁヤーラ君。これが終わったら労ってあげよう……。
他の人が手伝ってくれたのもあって、スレインさんはママさんが用意してくれた店の奥の休憩室のようなところに運ばれた。
「ここは好きに使ってちょうだい。起きたら水でも飲ませてあげなさいな」
ママさんは慣れた様子で、それだけ言い残してさっさとお店のほうに戻ってしまった。
残された私は、泥酔してぐったりしているスレインさんを見守る。家系的に弱いって言ってたけど、ラルカンさんもお酒飲んだらこうなっちゃうのかな、なんて。
「う……兄上……どこに……」
スレインさんが途切れ途切れに呟く。酔っているせいにはちがいないけれど、帝都から遠く離れてしまって、お兄さんが恋しいのかもしれない。
「ラルカンさんも、きっとスレインさんのこと心配してますよ。帰ったら元気な顔見せてあげましょうね」
そう声をかけてからしばらく返事はなく、もう眠ってしまったのかと思ったが、やがて消え入りそうなほど弱々しい声が聞こえてきた。
「――て……く……」
「……え?」
「許して……くれ……」
唐突な懺悔に、私は何も言わずに続きを待つ。
「私には……エステルと、兄上と、どちらかを選ぶなんて……できない……できません。許して……許して、ください……」
私は思わず、スレインさんの手をぎゅっと握っていた。
「大丈夫ですよ。私は大丈夫です。スレインさんがどんな選択をしても、私はずっと、大好きですからね」
握り返された指の感覚がひどく弱々しくて、私はいっそう手に力を込めていた。
◆
点々と小さな水滴が窓に付着していく傍で、その体格にしては大きい安楽椅子に腰掛けながら、黒髪の少年はゆっくりと紅茶を味わう。
そんな優雅な時間を彩る音は――
「ぎぃやぁぁぁぁあああああ!!! ひぎっ!! ひぎゃあああああああっ!!!」
苦痛に悶える男の野太い絶叫。彼は確か身体を拘束されているはずだが、あまりの苦しみのせいかバタンバタンと暴れる物音まで聞こえてくる。
ようやく小さな雨音が聞こえるようになって、コンコンとボロボロのドアが叩かれ、1人の女が恐る恐るといったふうに顔を覗かせる。
「あ、あのぅ、ヨアシュ様……」
「やあ、ナオミ。実験結果はだいたいわかるから、言わなくてもいいよ」
ナオミと呼ばれた、大きなお下げを2つ垂らした気弱そうな眼鏡の魔人は、中に足を踏み入れるなりいきなり頭を下げる。
「す、すみませんっ!! やっぱりあれ、人間には強すぎるみたいで……また新しい検体連れてこなきゃ。はぁ……」
「まあいいさ。人間なんていくらでもいる」
余裕をもって、紅茶を一口。
ヨアシュたちのような魔族が平然と隠れ住むことができるほど、この「最果ての街」は混沌としていた。もちろん外に出るときは人間に扮するが、この隠れ家が誰かに見つかることはなかった。
再びドアが開き、助走をつけて飛び込んできたのも、やはり魔人だった。
「正義のヒーロー参上ッ!!」
ポーズを決めたヘロデに、ヨアシュとナオミは部屋に侵入した羽虫を見るような視線を送る。
「ヘロデ、ヒロインは救えたかい?」
「ヒーローは卑劣な悪党と勇敢に戦い、あと一歩のところまで追い詰めたが……唯一無二の相棒<スーパーヒーロー号>を失い、ついぞ敵を取り逃がしてしまった……。だが、ヒーローは諦めない!! 真のヒロインを救うその日まで、俺たちの戦いは続くのだッ!!」
「ダメだったってことだね」
すっぱり言い放つヨアシュのことなど気にせず、ヘロデは陶酔しきっている。そんな彼を現実に引き戻そうと、ナオミが控えめに飲み物を差し出す。
「と、とりあえず、お疲れ様です。あの、よろしければ……」
「おお、サンキュー! そんでな、ヨアシュ。やっぱヒロインってのは――」
コップに一口つけてから揚々と喋り始めたヘロデは、突然勢いよく血反吐をぶちまけた。
激しく咳き込みながらビシャビシャと床を汚し、その中に倒れ込んでびくびくと痙攣するヘロデを――ナオミは眼鏡を拭きながら、何事もなかったかのように見守っている。
「……殺しちゃうんだ?」
「えっ? えっ? だ、ダメでした? だ、だ、だってこの人、なんかちょっと、変だからぁ……」
「ダメってことはないよ。まあ……今回はあえてこういう人選にしたんだ。そのほうが面白いかなって」
「変な人ばっかり集めたってことですか? ……わ、私もそれ、入ってます?」
眉を下げて抗議するナオミに、ヨアシュは苦笑いで返す。
「気を悪くしないで。君たちがここでどんなことをするか――すごく、楽しみにしてるんだ」
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