罠と追手は使いよう

 その5人は、<ゼータ>よりだいぶ遅れて遺跡に侵入していた。接近すると勝手に点灯する石が等間隔に壁に設置してあるお陰で、あまり距離を詰めると容易に気づかれるため、かなり離れた位置から追跡している。


 今のところ気づかれてはいないだろう、とリーダーであるドワーフの男は判断していた。<ゼータ>の連中がこちらを振り返ることはほとんどなかったからだ。

 一度だけリーダー兼支部長の少女が後ろを見ていたが、何事もなかったかのように進んでいたので、問題はないと無視することにした。


「どうだ、連中は」


 仲間であるウサギの獣人の女に声をかける。遠くからでも<ゼータ>の動向がわかるのも、そもそも宝の話を盗み聞きできたのも、彼女の耳の良さのおかげだ。


「なんか、広い部屋に出たみたい。……4つ部屋があって……右の手前側にまず入った」


「4つとも攻略しねぇといけねぇってわけか。奴らに任せちまえば、そう急ぐ必要はなさそうだ」


 ドワーフは自慢の斧をぐっと握りしめ、警戒しながら歩みを進める。5人は曲がりなりにも西方支部のBランクパーティで、魔物との戦いには慣れていた。「最果ての街」らしく、人間相手でも。


 そんな彼らだからこそ、道中に無残に転がる無数の魔物の亡骸には全員が愕然とした。


「……何だこれ、丸焦げじゃねぇか。どんな魔法だ?」


「こっちは綺麗に6等分、曲芸かよ」


「これで連中は無傷? 化物ね」


 彼らの記憶に新しいのは、西方支部のロビーで自分たちを含む勇者たちを素手で圧倒していた<ゼータ>の鬼神のような戦いぶりだ。5人の中にも重傷を負わされ、つい最近までまともに動けなかった者もいる。


 そんな奴らと正面から戦う気はないが、あれだけ暴れて前支部長を追い出し、職員に取り込んで急激に体制を変え、勇者が殺された事件を有耶無耶にしたことには少なからず不満を抱いていた。


 この遺跡なら、気づかれぬよう追跡して背後から刺すか、罠にかかったところを追撃すれば勝てる見込みはあるかもしれない。そんな期待を抱きつつ、5人は慎重に進んでいく。



 やがて、聞いていた通りの広い部屋に出た。中央に台があり、四隅にそれぞれ装飾の施されたドアがある。


「奴ら、そこの手前側に入ったんだよな? その後は」


 ドワーフが確認すると、獣人の女は首を振る。


「それっきり、何の音もしなくなった」


「死んだんじゃねぇの? 罠とかで。そうだとありがてぇ」


「罠だったら、そいつが作動する音もするんじゃないの?」


「音のしねぇ罠だよ、きっと。催眠ガスとか」


 会話が途切れると不気味な静けさが辺りを包み、5人は扉を一点に見つめた。しばらく待っても、文字通り音沙汰がない。


「……行ってみるか」


 リーダーの一声に、仲間たちは黙って頷く。

 無音、ということは中で動いている人間が1人もいないということだ。動けないのならとどめを刺せばよし、どこか別の場所に行ったら行ったで後をつければよし。


 そっと扉に手をかける。ギィ、と軋むような音が目立たぬよう、ゆっくりと押す。


 足音がしないように中に入ったが、そこは通路で、やはり近づくと光る石が5人を照らした。

 それでも自分たち以外に音を立てるものがなかったので、見つかってはいないだろうとどんどん進む。


 やがて、明かりが見えた。明るいということは人がいるということで、さっきから動く気配がないということは動けないということだ。


 ドワーフは斧を握りしめて素早く前に出る。あとの4人も続いた。

 待ち伏せされている、という考えはなかった。


 だから、開けた場所に足を踏み入れた瞬間に全身に何かが絡みつき、ぐいっと宙吊りにされたときには、あまりの驚きで自慢の武器を手放してしまった。


「うおっ!?」


 咄嗟に辺りを見回すと、仲間たちも同様に糸か何かで縛り付けられ、<ゼータ>のメンバーたちが自分たちを見上げている。


「遅かったな」


 兜をつけた騎士がしたり顔で笑っていて、ようやく状況を理解した。



  ◇



 この部屋に入ってからスレインさんが「じっとしていろ」と指示した通り、私たちはかなり長いこと何もせずじっと待っていた。なぜかあの記録用の魔道具も切るように言われて、ただの球体になったそれをとりあえず床に置いておいた。


 例外はマリオさんで、入り口の辺りに音を立てないように糸で罠を仕掛けていた。それに掛かったのが、今縛られて宙吊りになっている5人の勇者だ。


 リーダーらしきドワーフの男は、小柄ながらも筋肉質な身体をじたじたと動かし、抵抗している。


「クソ、何だこれは!! テメェらの仕業か!?」


「さあな、遺跡の罠じゃないのか」


 この作戦を考案したスレインさんはすっとぼけつつも、ドワーフの男が落とした斧を回収している。


「それで? お前たちは我々のクエストを手伝いに派遣された勇者か?」


 皮肉交じりの質問に誰も答えないでいると、ロゼールさんが呆れたように長い息をつく。


「もう、わかりやすく聞いちゃえばいいじゃないの。どうせその、ウサギの……あら、可愛いわね。そう、獣人の可愛いお嬢さんがこの遺跡の財宝の話を聞いて、私たちへの鬱憤を晴らすついでにひと儲けしようってんでしょう? うーん……動機としては、あんまり面白くないわね」


 ドワーフの男が舌打ちするが、ロゼールさんは気にも留めずやる気がなさそうに髪をいじっているだけだ。当初からスレインさんのやり方にはあまり賛成していないようだった。


 ただ待ち伏せをしてマリオさんの糸で縛り上げるだけなら、なにも私に黙っていなくてもよかったのに。それとも、何か別の狙いがあるのかな……?

 スレインさんのほうを見ると、兜越しに回収した斧をじっくり眺めていた。


「……いい得物だな。さすがドワーフだ。こんなものを持って勇み足で入ってきたあたり、我々を殺すつもりだったんだろう?」


「だったら何だよ」


「殺されても文句はあるまい」


 スレインさんがすらりと剣を抜く。そのままリーダーの男の首めがけて、突きを――え!?


「ま、待ってくださいよ!!」


 思わぬ事態に、私は慌てて剣と縛られたリーダーとの間に割り込んだ。


「なにも殺さなくてもいいじゃないですか!! 同じ勇者なんですから!!」


「そいつらは金のためなら殺しも厭わんゴロツキだ。生かしておくべきじゃない」


 そう冷たく言い放つスレインさんは、いつもの私が知っているスレインさんじゃないみたいで、なんだか怖かった。


「そうだねー。また何かされても困るし、この中で殺せば罠で死んだようにも見せかけられるし」


 マリオさんまでそのつもりなのか、ナイフを取り出して器用にくるくる回している。


「ああ……なんだ。二度とつっかかってこねぇように、ぶっ殺しちまってもいいんじゃねぇか」


 ゼクさんは言葉とは裏腹にあまり気乗りしていなさそうだったが、それでも私は止めようと必死だった。


「だっ、ダメですダメです!! ほら、もうこんなことはしないって約束すれば、殺さなくてもいいですよね? あの、ドワーフさん。お願いします、約束してください! 死んでほしくないんです!!」


「……口約束で信用してくれんのか? 冗談じゃねぇ、殺すなら殺せ」


「そ、そんなこと言わないで!! 私が信じますから! 本当に、この通りですから!!」


 私が手を合わせて懇願すると、ドワーフの男はぷっと噴き出した。


「なんだよ、あんた。本当は頭下げて助けを求めるのは俺らのほうだろうが」


「わ、私は誰にも死んでほしくないし、みんなにも人を殺してほしくないんです」


「帝都はあんたみてぇな変人ばっかりなのか?」


「いや、その女が特別変なだけだ」


 ゼクさんが代わりにからかうように答える。私ってそんなに変かなぁ……。

 そんなやり取りのせいか、さっきまでの緊迫した雰囲気は妙に緩んできて、スレインさんも苦笑しながら剣を収めてくれた。


「わかった。リーダーがそこまで言うなら見逃そう。かわりに武器は回収させてもらうが」


「よかった……」


 マリオさんがさっきのナイフで糸を切り、5人の勇者たちを解放していく。

 特に抵抗しようとする様子もなく、5人は大人しく武器を差し出している。これで私たちと争いになる心配はなくなった。


 私がほっとしている後ろで、ヤーラ君が神妙な顔つきで辺りを見回しているのに気づいた。


「どうしたの?」


「……何か、妙な魔力の流れが集まってきている気がします。なんだろう……どこに向かって――あっ! エステルさん!!」


「え?」


 ヤーラ君が叫んだのとほぼ同時に、私の足の感覚がなくなって視界が急に沈んでいった。



 ――落ちる?



「エステル!!」


 何が起きたか気づいた瞬間に、スレインさんが私の名前を呼びながら一緒に飛び込んできた。

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