本音と弱音
エステルとスレインを飲み込んだ穴は、すでにその口を固く閉ざしており、残された全員穴があった場所をただ見つめていることしかできなかった。
「おい……おい! ふざけんじゃ……!!」
沈黙を破ったゼクが力任せに床を壊そうとするのを、ロゼールが制止する。
「何やってるのよ、丸焦げになりたいの?」
「じゃあどうやってあいつら助けるんだよ!!」
ロゼールは不本意ながら、こういう状況で一番頼れそうな人間に目を向ける。予想通り、彼は慌てる素振りもなく右腕の<伝水晶>を確認している。
「通信どころか、起動もしないね。この遺跡に流れる魔力が邪魔してるのかな?」
「直接拾いに行くしかねぇんだな。どっから行ける?」
「下に落ちたのなら、地下だよ。道が繋がってるかも」
「地下って、あの台座があった部屋ですよね?」
呆然と爪を噛んでいたヤーラがすがるように聞く。
「そう。仕掛けを解けば地下への道が開かれると思う」
マリオは部屋の奥の壁に目立つように設置されている小さな額縁のようなものの前に立つ。
それはマスが1つだけ空いているパズルで、頭脳労働が嫌いなゼクは一瞬嫌そうに目を細めたが──マリオは少し考え込んだあとにぱぱっと素早く完成させてしまい、それを見ていた全員が目を見張った。
外れた額縁の向こうにはメダルのようなものがはめ込まれていて、マリオはそれを回収する。
「他もこれくらい楽なら嬉しいんだけど、そうはいかないよね。手分けしてやれば早く済むと思うんだけど」
マリオは今さっき解放してやったドワーフたち5人の勇者を見渡す。
一応もう敵対はしないという話の流れになっていたものの、罠にかかったエステルたちを助ける義理はない。が、仕掛けを解けば財宝に近づくことにはなる。
果たして、リーダーの男は言った。
「手伝うぜ」
彼の仲間たちは本気かと疑うような目で見ているが、ドワーフは意志を曲げるつもりはないかのようにじっとゼクを見据えている。
「死なすには惜しい娘だ」
ぼうぼうのヒゲから黄ばんだ歯を見せられて、ゼクも笑い返す。彼は宝物などではなく、エステルのために動こうとしている。
「ケヴィンだ」
「ゼクって呼んでくれ」
軽い自己紹介を交わしたところで、ドワーフの男──ケヴィンの仲間が口を挟む。
「なあ、水を差すようで悪いんだが……もう死んでる可能性はないか? どれだけの高さを落ちたかわからないし、下に棘なんかがあったら……」
「生きてはいると思うよ」
マリオの言い方はやけに確信めいていた。
「ヤーラ君。エステルが落ちる前に魔力の流れがどうって言ってたけど、あれはたまたま罠が作動する場所にエステルがいたのかな。それとも──彼女を狙っていた?」
「……狙っていた……と思います。作動するきっかけもなかったですし」
「やっぱりね。ここには誰か別の、ぼくらを狙う敵がいるみたいだよ」
その意味を察した<ゼータ>の面々が、一斉に険しい顔つきになる。
◇
「スレインさん……スレインさん!!」
真っ暗な空間に私の声が反響する。どのくらい落ちたかはわからないが、ここはそれほど広い場所ではないらしい。
出口があるかはわからない。私たちが落ちてきた穴はもう塞がってしまって、上からの助けは望めない。
私も痛いには痛いけれど、咄嗟に飛び込んで私を庇って下敷きになってしまったスレインさんのほうがたぶん重傷だ。そこにいるのはわかるものの、意識がないのかゆすっても呼んでも反応がない。
「う……」
「スレインさん!」
もぞもぞと動く気配がある。目が覚めたんだ、よかった!
「……エステルか? 怪我は、ないか」
「私は大丈夫です。それよりスレインさんですよ! 私のせいで、ごめんなさい……」
「いや……気にするな」
スレインさんがぎこちない動作で何かを取り出す音がする。シュッと何かが擦れて小さな明かりが灯った。マッチを持っていたみたいだ。
「持っていてくれ」
私がマッチを受け取ると、スレインさんは震えた手でポーションの小瓶を取り出した。ほのかな光に照らしてみれば、思ったよりもかなり傷は深そうだ。
そっと辺りを調べてみる。地面に何か石みたいなものがあって、火を近づけるとそれは上でも見た光る石だった。私たちがいても起動しないのはどうしてだろう――と思っていたら、急にぱっと輝きを放った。
鮮明になったこの場所を見てみると、床にまた等間隔に明るい石が並んでいて、その先に通路らしきものがある。
「行き止まりじゃなかったんだ」
「向こうに行ってみよう」
スレインさんが立ち上がろうとしたので、私は無理やり覆いかぶさるようにして阻止した。
「な、何をするんだ?」
「そうやってすぐ動こうとするんですから! ダメですよ、まだ全然怪我治ってないでしょう?」
「こんなの何ともない。君の身に何かあったら――」
「私はスレインさんの身に何かあっても困るんです!! 休んでてください!!」
「わ……わかった」
スレインさんは観念したように兜を取ってゆっくり横になってくれた。ロゼールさんがいたら、嫌味の1つ2つ言うんだろうな、と思う。本当に、放っておけない。
「助けは望めそうにないか」
「そうですね、さっきから<伝水晶>も繋がりませんし……。だからって、無理しちゃダメですよ。怒りますからね」
「……君はだんだんロゼールに似てきたな」
「本当ですか? あれくらい美人だったらよかったんですけど、なんて」
「今も十分可愛いよ」
「や、やめてくださいよ」
冗談でもこんなイケメンに言われるとつい顔が熱くなってしまう。小さく笑うスレインさんは、それでもどこか弱々しい気がした。
「……さっきは、びっくりしましたよ。本当に殺しちゃうかと……。あれって、私に止めさせるための作戦ですよね。だから秘密にしたんでしょう?」
「そう……だな。悪かった。勇者たちの間で変な噂が立っていたらしくてな、君がそんな人間じゃないと証明したかったんだ」
「みんなが私のためにやってくれたのはわかりますよ。ゼクさんなんて、すっごいぎこちなかったですもん」
「あそこまで嘘が下手だとは思わなかった」
「あはは。……ありがたいです、けど……スレインさんが悪者みたいに思われちゃうの、嫌ですよ」
「……」
すーっと深い息遣いが1つ。遥か高い天井を仰ぐその眼は、いつもの凛々しさが薄れているように見えた。
「痛くない、ですか?」
「いや……問題はない」
「……痛かったら、痛いって言ってくださいね。強くてかっこいいスレインさんも好きですけど、たまには弱音を吐いてくれてもいいんですよ」
今度はどこか物憂げな瞳をゆっくりと閉じて、何か考え込むように黙ってしまった。
私はその手をそっと握ってみる。力なく握り返された手のひらから、かすかな体温が伝わってきた。
「……落ちたときに――背中を強打したらしくて、動くと軋むような痛みがあった。が……もう、だいぶ楽になった。嘘じゃない」
「疑ったりしませんよ。安心しました」
ゼクさんと逆だな、と思う。スレインさんは、本音が下手だ。
「そうだ、誤解しないでほしいんだが、君の体重がどうこうという話じゃないぞ。君はむしろ軽すぎて心配になるくらいだ」
「え? いや、そんなこと考えてなかったっていうか……本当ですか? 最近マリオさんがおいしいものばっかり作ってくれるから、逆に太ったんじゃないかって……」
「そんなことはない。君は十分可愛い」
「やめてくださいってば!」
そうやって2人で笑って和んでいたのが一転──ふと、何か別の気配が近づいてくるような感覚があって、咄嗟に振り返る。
スレインさんもそれを感じたのか、素早く兜をつけて立ち上がり、剣の柄に手をかけた。
暗がりから見えた足らしきものは、どう見ても人間のそれではなかった。
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