太古の技術

 古代遺跡は、青々と広がる森林の奥深く、美しい湖に取り囲まれた場所にあるそうだ。

 真っすぐ高々伸びた木々と若葉のドームに囲まれ、心地よい木漏れ日を浴びながら、柔らかな土を踏みしめて歩いていく。そうして聞こえるのは――


「ギャオオオオオオッ!!!」


「おらああああああッ!!!」


 ――もちろん、遺跡の前にも魔物は大量にいるわけで。ゼクさんを筆頭に、私たちは豊かな森を魔物の血で汚しながら目的地に向かっていた。


「マリオ、どうだ?」


「うん、3と2かな。距離は300メートルくらい」


 スレインさんが頷く。今のは私たちを追跡している勇者のことで、男3人女2人、300メートルほど後ろにいるという意味だ。マリオさんは後ろを調べるような動作はしてなかったけど、どうやって確認したんだろう。ともかく、今はまだ知らないふりをしておく。


 私のそばにはさっきから羽のようなものが生えた小さな球体がふわふわ浮いている。これはソルヴェイさんが発明した魔道具で、クエストが正しく遂行されたかを映像として記録してくれるもの、らしい。


 これでもし追ってきた勇者たちに何かされても、この記録で不当性を証明できる……と思うんだけど、それが「最果ての街」で通用するかはわからない。



 木々と魔物を潜り抜けて開けた場所に出ると、明らかに人工的な建造物が目に入る。苔に覆われ、蔦が絡みつき、ところどころ風化してボロボロになっているが――湖面に映えるそれは、立派な城塞のように見えた。


「ここが、宝物が眠る遺跡……ですよね」


「ボロいし小せぇな」


 ゼクさんはもっとすごいのを想像していたみたいで、ちょっとがっかりしている。


「数千年前の技術でこれなら、十分すごいですよ。それに、魔術だけなら古代のほうが栄えていたといいますし」


「その進んだ技術で作られた罠や仕掛けがあるかもしれないね」


 ヤーラ君の指摘に、マリオさんが不穏な推測を付け足す。


「中に入ろう。全員、手筈通りにな」


 スレインさんの一声で、私たちは入り口の階段を上がっていく。

 今言った「手筈通り」というのは、実は私には知らされていない。追跡してくる勇者たちのために、何か作戦を立ててくれたみたいなんだけど……私に伝わると、隠し事が下手でばれちゃうからかなぁ。


 ちらっと後ろを見ると、森の中を動く5人ほどの人影が見えた気がした。



  ◇



 まず驚いたのが、入った途端に分厚い石や煉瓦で覆われた建物内にぼんやりと明かりが灯ったことだ。壁のところどころに設置されている光る石が、私たちが近づくごとに点灯する。


「すごい! これも超古代文明の技術ですかね?」


「そうみたいだねー。人間を自動的に検知するシステムがあるってことは、それで作動する罠もあるかもしれないってことだよねー」


 はしゃいでいる私に、マリオさんが釘を刺してくれる。観光に来たわけじゃないんだ、気をつけよう。


 不用意に先に進むのも危険なので、まずはヤーラ君が床や壁をじっくり調べてくれている。


「……おそらく遺跡全体に、魔石が回路みたいに張り巡らされてるようです。非常に濃い魔力があちこちに流れてます。でも、うーん……造りが複雑で、どうなっているかはなんとも」


 その話を受けて、スレインさんが顎に手を当てて考え込む。


「罠があるとすれば、何がスイッチとなって作動する? 無差別に侵入者を攻撃するのでは、ここを利用していた者も殺されかねない」


「わかりやすいのは、何かここにあるものを盗んだりとか、破壊行動を取ったりとか、かなぁ」


「どれ」


 マリオさんの話を聞いて、さっそくゼクさんが剣を抜いて壁に突き刺し――


「って、何やってるんですか!?」


 止める暇もなく、巨大な刃に抉られた煉瓦の欠片がパラパラと落ちる。

 すると、内部を照らしていた光る石がさらに輝きを増して――そこから、白い光線のようなものがゼクさんに向かって伸びていった。


 が、彼はそれを軽く剣で弾き、鋼鉄の焦げた部分を見て「へぇ」と感心している。


「び、びっくりすることやめてくださいよ!」


「こんなもん効かねぇよ。つまりあれだな、中をぶち壊さないように戦わなきゃいけねぇわけだ」


 確かに、それって結構なハンデかもしれない。ここには魔物も出るみたいだし……。


 そんな心配をしていると、ちょうどガサガサと何かがうごめく音が近づいてきた。

 通路の向こうの暗闇から、蜘蛛やコウモリなどの魔物が大勢姿を現す。


「出やがったな」


「待て、ゼク。ここでその剣を振り回すつもりか?」


「そのへんにぶつけなきゃいいんだろうが」


 ゼクさんとスレインさんが言い合っている間を、ロゼールさんがするりと抜けて前に出る。


「さっきの光線みたいなの、壊れたところを狙うのよね?」


 ロゼールさんがすっと手をかざすと、空中にツララのようなものがいくつか浮き上がり、手を下ろすと同時に迫ってくる魔物たちの手前側に突き刺さる。


 すかさず周囲の光る石がカッと煌めき、無数の白い筋が魔物たちを焼き焦がしていった。


「すごい、罠を逆に利用するなんて!」


「あら、エステルちゃん。もっと褒めてくれてもいいのよ?」


 なんてわいわいしている間にも敵はまだまだ増えていき、だけどやっぱり仲間たちは頼もしくて、罠だらけのこの遺跡にもすぐに対応していた。


 素手でも強いゼクさんは敵を投げ飛ばしたり殴り倒したりで壁や床を破壊させ、そこに光線を追撃させる。

 スレインさんとマリオさんは器用に遺跡を壊さないよう戦っているし、ロゼールさんもさっきみたいに罠を自由に活用している。


 ヤーラ君もしきりに周囲を調べて、不審な場所があったらみんなに注意を促してくれている。

 お陰でここの魔物も難なく討伐できていた。


 が、もう1つの懸念――私たちを追いかけてくる勇者たちの存在もある。


 マリオさんがその5人がついてきていることをそれとなく教えてくれたが、下手に暴れると罠にかかるのがわかっているのか、今のところは大人しい。



 魔物の襲撃もひと段落して、さらに奥に進んでいくと、ホールのような広い部屋に出た。

 中央に四角いの台のようなものがあり、四隅に台座、真ん中は大きな円の形にへこんでいる。


「地下があるね、ここ。もしくは落とし穴」


 マリオさんが地面をコツコツ叩いて確かめている。私には音の違いはわからないけれど。


「シンプルに考えれば、4つの台座に何かをすれば、真ん中の円形の部分が開き、地下に行ける……という仕掛けだな。それで台座に必要なものは、この部屋の四隅に面する4つの部屋のそれぞれにありそうだが……」


 スレインさんの説明通り、ちょうど台座の位置と同じように左右2つずつ、計4つの装飾された扉がある。


「台座もそうですけど、あれも気になりません?」


 ヤーラ君が指差したのは、壁から突き出している四角い何かだ。横向きに生えた切り株みたいで、そこだけ異彩を放っていた。


「魔石の回路もあそこに集中しているみたいで、何かの装置じゃないかと思うんですが……」


 マリオさんはその装置を見回し、こんこん叩いたりしている。


「動かないね。4つの台座に何かすれば、これも使えるようになるのかも。ともかくそれぞれの部屋に入ってからだね」


「どこから行きます?」


 どこからでも変わらないのだろうけれど、一応聞いてみる。しかし、スレインさんはやけに熟考した。


「……右の手前側がいい。マリオ」


「うん?」


「手筈通りに」


「オッケー」


 2人が何を考えているのか私にはわからなかったが、他の仲間はその意図を汲んだらしい。ロゼールさんは嫌そうにため息をついている。

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