夢の古代遺跡
「あなたが支部長さんッスか? 若ーい! あたしと同い年くらいじゃないッスか?」
「エステルです。よろしくお願いします、ルゥルゥさん」
応接室の向かいに座っているのは<サラーム商会>の女の子で、支部長が変わったのを機に挨拶に来たそうだ。
ファースさんはやたらと怯えて警戒していたけれど、明るく活発な普通の子にしか見えない。
「あ、君がヤーラ君ッスね? ラムラ嬢から聞いてるッスよ! 天才錬金術師って!」
「いや、僕はそんな……」
サラーム商会といえば、ラムラさんのお父さんがそのトップを務めているらしく、その伝手でヤーラ君のことも知っているんだろう。
「うち、実験素材はもちろん錬金術の本とかも揃ってるんで、よろしければ!」
「おい、変なもん売りつけるつもりじゃねぇだろうな」
「おお! あなたが人殺しみたいな顔してるけど実は結構優しいゼクさんッスね! そういえば……」
いや……私の後ろに控えているおっかないオーラを放った仲間たちの前で、普通に笑って話ができる彼女も確かにただ者ではないのかもしれない。
商人らしくすらすらと世間話を続けるルゥルゥさんを見かねたのか、スレインさんが話に割り込んだ。
「それで、本題は何だ? 挨拶だけというわけではないだろう。言っておくが、駆け引きめいたことを仕掛けても無駄だ」
私の後ろでは、興味なさげなロゼールさんと相変わらずにこにこしているマリオさんが密かに目を光らせている。
ルゥルゥさんもそれに気づいたのか、「なるほど」と呟いて姿勢を正した。
「では、シンプルに。こちらから1つ頼み事をするかわりに、我々<サラーム商会>が融資を申し出ます」
「その、頼み事というのは……?」
こんな街だし、どんな恐ろしい依頼が来るかと私たちは身構えていたが――
「古代遺跡の調査ッス!」
……なんとも普通というか、当たり前といえば当たり前なんだけど、勇者協会らしい内容で私は拍子抜けしてしまった。
「その遺跡は何千年も前からあるもので、超古代文明の遺産が眠っているらしいんス!! でも、侵入者撃退用のトラップが仕掛けられてるし、魔物が大量に棲みついて人が入れる場所じゃないッス。そこで、百戦錬磨の勇者さんたちに中を調べていただきたいッス!」
「面白そうだな」
ゼクさんは興味深そうにニヤリと笑っている。確かに、なんか宝探しの冒険みたいでちょっとワクワクする。魔物と罠は怖いけど、仲間たちなら問題なく対処できると思う。
「請け負うとしたら私たちが――で、いいですよね?」
みんなの顔を見回す。誰も反対者はいないようだ。
「あたしもちょうどエステルちゃんたちに頼みたかったんスよ! 皆さんなら安心ッス! あ、中のお宝はもちろんお持ちいただいて構いませんし、我々が正規のお値段で買取いたします。お支払いはエステルちゃんにするから、それをどう使うかは自由ッスよ~?」
ルゥルゥさんは目を細めていやらしい笑みを向けている。要は協会に渡さず懐に入れてもいいということなんだろうけど……。
「タダ働きは御免だぜ。ちったぁ分け前よこせよ」
「ゼクさんに渡すと全部お酒に消えるんで、パーティ共有資金にしませんか」
「なんだとチビコラ」
「まだ手に入れてもいないだろう。その宝というのは、だいたいどのくらいの価値があるんだ?」
スレインさんが聞くと、ルゥルゥさんはまたニンマリと口角を上げる。
「どんなお宝が眠ってるかはわからないんスけどね。これまでの研究を踏まえれば、ざっくりッスけど……帝都にある宮殿を丸ごと全部黄金にして、釣りがくるくらいッスね」
一瞬、時が止まった。
「えええええ!? それって、あの、え!? あんなにおっきい黄金が全部宮殿に……あれ?」
「おい、酒どころじゃねぇな!! 一生遊んで暮らせるぜ!!」
「私、お城買おうかしら。スレイン、使用人兼警備員として雇ってあげるわよ」
「すまないが、仕えるならもっと性格のいいお姫様を選びたい」
「僕は普通なら絶対手に入らないような錬金術の秘伝の書が欲しいですね……」
「まだ宝物が手に入るって決まったわけじゃないけどねー」
私もみんなもワイワイ浮かれてる中、ルゥルゥさんは満足そうにうんうん頷いている。
「やる気になってくれたみたいで嬉しいッス! じゃ、遺跡について詳細をお伝えする前に、そちらへの融資の件でいくつか確認したいことが……」
「ああ、はい! どうぞどうぞ!」
その後はよくわからない契約書のやり取りや、件の遺跡の説明などがあったが、私は想像もつかない規模の財宝のことで頭がいっぱいだった。
◇
庶務課のオフィスには小さな身体をびくびく震わせて心配していたらしいファースさんと、いつも通り淡々と仕事を進めるアイーダさんがいた。
副支部長であるファースさんにルゥルゥさんからの話をそのまま伝えると、安心したのか深く長いため息をついた。
「はぁ……依頼のかわりに融資ですか、それはありがたい。その遺跡の財宝が手に入らなくても、当面はなんとかなりそうです」
慎重な性格なのか、ファースさんは宝物の話にも浮かれることなく、手に入らなかったケースもちゃんと考えている。
「これは普通にクエスト扱いとして<ゼータ>の皆さんに担当していただく形にしましょうか。アイーダさん、手続きお願いできますか?」
「わかりました」
すぐさま仕事に取り掛かろうとする彼女を見て、はたと気づく。
「あれ? 今日は会うの初めてですよね。アイーダさん、私、支部長のエステル・マスターズです」
「存じ上げております。面識のある方のことはすべてメモしてあるので、名乗っていただく必要はありません」
「でも……ほら、文字で読むのと実際に会ってみるのって、ちょっと違うじゃないですか」
「……。これは、毎日やっておられるのですか」
「そうです」
「では、その旨も書き留めておきます」
なんか違うような気もするけど……まあ、いっか。
そう苦笑いしていたところで、バンとドアが開いて、私たちはそちらに視線を集中させた。
「いたいた! 旦那、エステルちゃん、ちょっとヤバイぜ!!」
「狐……お前、いつも何かニュース拾ってきては大騒ぎしてるよな」
「そうっすか?」
確かに。ファースさんの言う通り、狐さんっていつも慌ててるイメージ。
「まあいいや、それより……エステルちゃんたち、なんか古代遺跡に宝探しに行くらしいじゃねぇか」
「宝探しというか……調査と魔物討伐がメインなんですけど」
「どっちでもいいんだ、この際。その件が、他の勇者連中に漏れちまったんだよ!」
その言葉にファースさんも青くなっているが、私にはいまいちわからない。私たちがクエストに行くことが他の勇者に知られて、何かまずいことがあるのか――という疑問が顔に出ていたらしい。
「わかってねぇなエステルちゃん! ここで勇者を名乗ってるゴロツキどもがな、宝物を横取りしようって躍起になってんだよ!!」
「……ああ! でも、すごい量のお宝みたいですし、みんなで山分けすれば――」
「この街の人間がそんな甘っちょろいこと聞くか!? 全員が全員独り占めしようって考えてる! あんたら皆殺しにしてでもな!」
「……ただでさえ嫌われてますしね、ボクたち」
私はようやく事の重大性を理解する――というか、ファースさんに言われるまで嫌われてるって気づかなかった……。
もちろんこんなこと私1人ではどうにもならないので、宿舎に戻ってみんなに相談した。
「そんな連中、ぶっ飛ばせばいいんだよ」
「邪魔になる前に消そうか?」
ゼクさんとマリオさんの過激な意見はとりあえず置いておく。
「そもそも僕たちは、遺跡の罠や魔物にも対処しなきゃいけないんですよね?」
ヤーラ君の言うことはもっともで、要するに私たちの負担は増えることになる。一応同じ勇者だし、手荒な真似はしたくないけれど……。
そこで、遺跡の見取り図を見ていたスレインさんが小さく笑った。
「……なるほど。そのハイエナ勇者たちなら、なんとかできそうだ」
「本当ですか?」
スレインさんは何か秘策を思いついたらしく、ロゼールさんはその内容も察しがついているのか、小声で嫌味を言った。
「どっちが性格悪いのよ、この悪党」
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