最高のパーティ

 よっぽど心配していたのだろう、病室に真っ先に入ってきたトマスさんは、ロキさんの元気そうな顔を見て、強張った顔の力を緩めていた。


「やあ、皇子様」


「その小憎たらしい顔見て安心したよ。あと、今の俺は皇太子だ」


「君が皇太子ならボクは王様だ」


 そんな冗談を飛ばして、2人は笑い合っている。その後ろで、なぜかシグルドさんがびっくりしたような顔をしていた。



「……で? おちびちゃんはそこで何してるの?」


 いつの間に、ミアちゃんがロキさんのベッドに潜り込んでいて、寝る準備万端といったふうに丸まっている。


「ミアはここでお話を聞くことにしたのです……うにゃうにゃ」


「隣のベッド空いてますよ」


「あったかいほうがいい……」


 そう言われては反論できなくなってしまったのか、珍しくロキさんは黙っている。

 そんな光景に微笑ましい気分になっていると、ミアちゃんが眠たげながらはっきりとした声をこぼした。



「ロキ……死んじゃ、やだよ……」



 冗談っぽく笑っていたロキさんの表情はふっと消えて、そのまま硬直してしまう。その顔には、わずかに罪悪感のような色が見えた気がした。


 少し間を置いて、ノエリアさんとヘルミーナさんがミアちゃんに続いた。


「確かにあなたは卑劣で癪に障る人間ですけれど、勝手な真似をしてミアを泣かせるようでしたら、わたくしあなたをなます斬りにしてさしあげますからね!」


「あの……す、すみませんでした。次は、すぐに駆けつけますから……。えっと、手足の切断くらいまでなら、治せますからっ。れ、練習したので……」


 ひどい言いようながらもちゃんと思いやりが感じ取れるノエリアさんの言葉にロキさんも苦笑していたが、ヘルミーナさんの少し物騒な発言には顔を引きつらせていた。


 私は黙ったままのシグルドさんに目を向ける。すましたように腕を組んでいるけれど、彼だって――


「シグルドさんも、何か言ってあげたらどうですか?」


「……」


 彼はこちらを一瞥して、つんと目を閉じる。もう、私とは話してくれたじゃないですか。

 そのつっけんどんな態度に、ロキさんも不満そうだった。


「なになに? 結局ボクとは口も利きたくないってわけ? へぇ~そうなんだ。エステルとは普通に喋ったらしいじゃん。なんですかぁ? 女の子は特別ってわけ? うっわぁ、このむっつり将軍。顔がいいからって調子乗らないでほしいなぁ~」


 わざとらしい挑発行為に、シグルドさんは眉をぴくぴくと動かし、不快感を剥き出しにして――



「……死ね」



 聞いたことのある澄んだ声で、ミアちゃんと真逆の台詞を吐き捨てた。


 きっと、数百年ぶりに声を聞いたであろうロキさんは、その短い言葉に目を丸め、すぐに破顔した。


「……くっ、あはははははっ!! は――痛っ! いでででっ」


「そのまま死ね、悪ガキが。何べんでも死ね。ただし俺の見てるところで死ね。知らねぇところでくたばりやがったら、ぶっ殺してやる」


 し、知らなかった……ロキさんと話すときはこんな口調なんだ、シグルドさん。

 でも、罵っているようで全然ピリピリしたような調子ではなくて、なんだかゼクさんを思い出してしまう。ロキさんもそれをわかっているのだろう、痛がりながらもずっと笑っている。


「シグルド、お前……そんな喋り方だったんだな」


「……ああ。皇子さんやお嬢ちゃんたちには悪いが、育ちがよくねぇからな」


「ふにゃあ……でもねぇ、シグはもちっと素直になったほうがいいよー……」


 遥か年下であろうミアちゃんに苦言を呈されて、さすがのシグルドさんも何も返せないようだった。


「やーい、言われてやんの」


「テメェが言うか、このお喋りクソ坊主」


「わあ、口悪ーい。そんなんだから縁談断られるんですよぉ、将軍閣下」


「あれは俺から断ったんだよ。テメェだって――」


 2人がやいのやいのと口論し始めて、私たちは置いてけぼりになってしまった。そんな騒ぎの中でもミアちゃんは心地よさそうに寝ている。


「……わたくしたち、この2人の喧嘩を聞きにきたわけではなくってよ」


 ノエリアさんが不平をこぼすと、トマスさんは気を取り直すようにオホンと咳払いをする。


「ロキ。お前に知らせることはまだあるんだ」


「何? カタリナちゃんの結婚相手でも見つかった?」


「そんなの俺が許さん!! 厳正な審査の上でそいつの人柄、能力、将来性に問題がないと判断した場合のみ――」


「皇子様、話がずれてます……」


 ヘルミーナさんに指摘されて、トマスさんはさっきより大げさに咳払いをした。


「俺たち<EXストラテジー>の昇格が決まった」


「へぇ! そりゃそうか、あれだけ手柄立てればね。Dになったってこと?」


「いや……Aランクだ」


『ええっ!?』


 私も一緒に叫んでしまった。一番下のEから、ほぼ最高のAランクに!? 信じられない出世のペースだけど、トマスさんたちの実力を考えれば、それくらいが順当な気がする。


「協会は見事に手のひらを返したわけだね、いいことだ」


 ロキさんは皮肉っぽく頷いている。


「じゃあ、パーティ名も変わるんですね」


 私が尋ねると、トマスさんは彼らしい裏表のない笑顔で応えた。


「ああ、今考え中だ。だが、Aランクで満足する気はないんでな。このままS目指して、俺たちが魔王を倒す」


「やる気マンマンじゃないですかぁ、トマス君」


「からかうんじゃねーよ、悪ガキめ。お前ら2人だって、魔族に因縁があるんだろ」


 途端、さっきまでわいわい罵り合っていたロキさんとシグルドさんの表情が強張る。そうだ、2人の故郷を滅ぼしたのは……。


 ふと、何か思いついたように、トマスさんがぽつりとこぼした。



「――サラは、お前らのときと同じ手を使ったんじゃないか?」



 ぴくっとロキさんが顔を上げる。


「だからほら、もしかしたらお前の妹も、魔族に操られてやったんじゃないのか。別に、裏切ったわけじゃなくて……」


「……」


 何の話かはわからないけど、黙って聞いているロキさんの様子を見るに、それは彼の心の楔を抜く救いの言葉のように聞こえた。


「……だとしても、見破れなかったボクはダメな兄貴だよ」


「悪いのは全部魔族だろうが。意趣返しにはちょうどいい、これからもうちで働いてもらうからな」


 トマスさんはニッと白い歯を見せる。


 ――突然、ロキさんがベッドから抜け出し、トマスさんに歩み寄った。急に布団をとられたミアちゃんが何事かとぱっと目を覚ます。


 びっくりして成り行きを見守っている私たちの前で――ロキさんは丁寧に身をかがめ、膝をついた。



「誠心誠意、お側にお仕え申し上げます。皇太子殿下」



 その場にいた全員が、普段のあの軽々しさからは想像もつかない行動に釘付けになる。


 次に動いたのはシグルドさんで、ビシッとした綺麗な所作で跪き、無言で敬意を表明する。

 ノエリアさんとヘルミーナさんも顔を見合わせて、それぞれ礼を尽くす姿勢をとった。


「僭越ながら、わたくしもお力添えいたしますわ。皇太子殿下」


「あ、あの……よろしくお願いします」


 最後にきょとんとしていたミアちゃんが、慣れない敬礼のポーズをとった。


「おーじさま……じゃなくてコータイシサマ……? えーと……トマスさん! ミアもがんばるよ!」


 輝くような笑顔に、トマスさんは苦笑しつつも何も言わなかった。

 仲間たちに忠誠を誓われた未来の皇帝は、今度はいたずらっぽく笑う。


「ロキ、だから言っただろう」


 名前を呼ばれたロキさんが、顔を上げる。



「このパーティは、最高だ」

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