少年らしく
診療所で会ったヤーラ君はだいぶ顔色も良くなっていて、私の心配事は1つ減った。
もう家に帰ってもいいらしいのだけど、念のため診察室でカミル先生がもう一度問診をしていた。
「……熱もなし、魔力値も正常。どこか不調なところ、ある?」
「いえ、特には。あの、ご面倒おかけしました」
ヤーラ君は申し訳なさそうに頭を下げるが、カミル先生はまったく意に介していないように煙草をふかしている。そんな先生に、私はちょっと気になったことを聞いてみた。
「先生。ヤーラ君がこうなっちゃう原因ってなんなんですかね? 前も吐いちゃったりしてたんですけど……」
「はっきりしたことはわからないけど――見た感じ、魔力欠乏症状に似てるわね。ここに来たときも魔力が枯渇寸前だったし」
「錬金術の使い過ぎってことですか?」
「だってあなた、ロキのこともそうだけど……ほら、結界」
ああ、と私もヤーラ君も合点がいった。
「あたしがあの薬作るのにどれだけ苦労したと思ってるのよ……それをあなた、一発であの規模の結界を破壊するなんて。並大抵の業じゃないわ。いったいどういう絡繰り?」
「いえ、その……すみません。どうやったのか全然わからないんです」
「やっぱり覚えてないの?」
「覚えて……は、いる、んですけど……」
ヤーラ君は口ごもってしまう。確かにあのときは少し様子は変だったけど、いつものような何をするかわからない危険さはなかった。
「なんて言うんでしょう……記憶はあるんです、何があったのか。でも、自分が自分じゃないみたいな……。こう、僕は魂だけの存在になって、ぼーっと成り行きを見守っているだけのような、そんな感覚で……」
たどたどしい説明ではあったけど、なんとなくわかるような気がした。あの、どこか心ここにあらずといった雰囲気。記憶はあるぶん、前よりずっといい状態なのかもしれない。
「すみません、うまく言えなくて。エステルさん……あのとき僕、変なこと言ってませんでした?」
「ううん。全然変じゃなかったよ」
私が本心からそう答えると、ヤーラ君は少し安心したように小さく息をついた。
と、顎に手を当てて考え事をしていたらしいカミル先生が口を開く。
「推測にすぎないけど……あなた、そういう状態に入ってるときは魔力のセーブが効かなくなるんじゃないかしら。それで、魔力が空になるまでとんでもない術使って、バッタリ力尽きるみたいな……」
「ああ、そうかもしれません」
「いずれにしろ、そのトンデモ錬金術はあまり人前で使わないほうがいいわね。特に結界を破壊できるなんてわかったら、協会の賢者がなんて言うか……」
先生の言う通り、だけど……ヤーラ君がああなってしまったときに、うまく隠せるかどうか保証はない。本人もそれを気にしているのか、伏し目がちに黙ってしまった。
「……気にすることないよ。前よりはずっと良くなってると思うの。いつものホムンクルスもいなかったし」
ホムンクルス、という単語にカミル先生は眉をぴくりと動かす。そういえば、初めて相談に行ったときもその話になって嫌そうな顔をしていた。理由はわからない。
そのことを知ってか知らずか、ヤーラ君はドキッとするようなことを言った。
「――ホムンクルスって、人間なんですかね」
先生は煙草を落としそうになっていた。
「あ……すみません、先生。でも、どうして僕たちはあんなものを生み出してしまうんでしょう。僕は化物みたいなホムンクルスを弟の名前で呼んでるんですよね。弟の亡骸で生まれたそれは……弟、なんでしょうか……」
ひどく不安げな、救いを求めるような、灰色に濁りかけた瞳を向けられて――私は閉口する。
ホムンクルスってなんなんだろう。私は錬金術の知識なんてないし、明確にこうだと言い切れる自信もない。いいものとも、悪いものとも言えない。
ただ1つはっきりしているのは、ヤーラ君が弟さんのことを本当に大切に思っているということ。
何も言えないでいると、ヤーラ君は満足したように笑ってくれた。
「……変な質問して、ごめんなさい。でも……エステルさんは、こんなことでも真剣に考えてくれて、そのうえで僕の意見を尊重してくれるから……。僕は、エステルさんのそういうところが――」
そこまで言いかけて、はっと慌てて口をつぐんでしまった。
焦ったように少し顔を赤くしているヤーラ君は、ちらっとこちらを見ると、さっと目を背けてしまう。
「あ、えっと……そ、そういえば、レオ先輩たち、今回のことで報酬が弾んだって言ってましたよね。絶対羽目外しまくってるに違いないんで、急いで帰ります! お世話になりましたっ!!」
「ちょ、ちょっと……」
引き止める暇もなく、ヤーラ君は逃げるように帰ってしまって、私はその背中を眺めているだけになってしまった。
その傍ら、カミル先生が「若いっていいわね」としみじみ呟いた。
ヤーラ君と入れ替わりで、開いたドアから別の人影が見えた。
「やっぴ~。エティ、ロッキー起きたよん」
「本当ですか?」
いい知らせに私が喜んでいる一方で、アンナちゃんは普段とあまり変わらないテンションだった。
「センセも挨拶するぅ?」
「顔見たら殴る自信あるから遠慮しとく」
「じゃ~エティ、ゴーゴー!」
アンナちゃんに腕を取られ、私はロキさんのいる病床に引っ張られていった。
◇
扉を開けて中を見た私たちは絶句した。
簡素なベッドが並ぶその部屋には、誰もいなかった。全開になった窓から吹き込む風に煽られて、薄いカーテンがひらひら揺れているだけだ。
「ロキさん……?」
私が茫然としたまま、彼がさっきまで臥していたであろう、布団のめくれ上がったベッドにふらふらと近づいたとき――
「……わっ!!」
「ひゃああっ!?」
背後からの大声と肩を叩かれたことに、思わず悲鳴を上げてしまった。
「くくっ……あはははははっ!! びっくりしすぎだって、はははっ……いでっ! いててて……」
振り向くと、そこにはお腹を抱えて爆笑してるんだか痛がってるんだかわからないロキさんがいた。彼は私たちを驚かすために、ドアの裏に隠れていたらしい。
「だ、大丈夫ですか? 何してるんですか、もうっ!」
「ちょっと~、ちゃんと寝てないとアンナ激おこだかんね~!」
「ごめんって」
いたずらっ子みたいに笑いながら、ロキさんはベッドに戻る。いつもの策士然とした雰囲気はまったく感じられず、なんだか無邪気な子供みたいで、怒る気も失せてしまった。
「アンナに聞いたよ。うまくやってくれたみたいだね。……ありがとう」
「いえ、こちらこそ。ロキさんがいろいろ準備してくれなかったら、どうなっていたか……」
私がしみじみとそうこぼすと、彼は今度は穏やかな微笑を浮かべた。
「アンナ、あとは何か変わったことはない?」
「そーだにゃ~……ゼクっちが魔族だって一部の人にバレたっぽいくらい?」
「……ええええええっ!?」
そんなことまったく知らなかった私は、さっきよりも大きな声を出してしまった。
「心配なっしんぐ! そのへんは『テイッ』で噂もみ消しといたから~」
信じられないくらい軽く言ってのけるアンナちゃんだけど、この子、本当に何者なんだろう……。
「あ、皇子くん周辺のお話はぁ、本人から聞いてね~」
アンナちゃんと入れ替わりでその「本人」が仲間を伴ってここを訪れたのは、それから少し時間を置いてからのことだった。
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