温かい人
仲間たちのもとに戻るとすぐ、どこからかもの凄い勢いで足音が近づいてくるのが聞こえた。
「お姉様ぁぁ~~~~~っ!!!」
クレッシェンドに大きくなるその叫び声に振り返る暇もなく、ノエリアさんがロゼールさんにほとんど体当たりに近い形で思いっきり抱きついた。
「ああ、お姉様!! お姿をお見掛けしたのに挨拶もかなわず!! わたくしの無礼をお許しくださいましッ!!」
「いいのよ、ノエリアちゃん。そっちはそっちで忙しいみたいだったから」
「確かに、わたくしたちの功績が世に認められるのも悪いことではございません。ですが……すべてはお姉様方のお力添えあってのもの。わたくしたちはその偉功を奪ってしまったいわば盗人ですわ!! ああ、不義理なわたくしめをどうか叱ってくださいまし……!!」
「ノエリアちゃんはよく頑張ったと思うわ」
「はぁぁぁんっ!! そのお言葉、千の賞賛にも勝りますわぁぁぁっ!!!」
ノエリアさんは有頂天といった様子で赤らめた頬に手を添え、身をよじらせている。
「それで? 私たちに何か用があるんでしょう」
「お姉様ならわたくしの心の内など、言わずともご存じなのではなくって?」
「あら、随分言うようになったわねぇ」
ロゼールさんはクスリと笑いながらも、ノエリアさんの目をじっと見つめている。2人とも、手を取って指を絡める必要はないと思うんだけど、ノエリアさんが幸せそうだから、まあ……。
「……そうね。じゃあ――エステルちゃんと、これ連れて行きなさい」
「えっ?」
私は突然指名されたのと、「これ」呼ばわりされたマリオさんまで同行するよう言われたのとで、声が裏返ってしまった。
「ああ、あなたがあのモーリス・パラディール。お噂はかねがね伺っております」
「そうなんだ。友達になろう」
「失礼ながら、わたくしは立場上、あなたと懇意になるわけにはまいりませんの」
「そっかー、残念だなぁ」
言葉ではそう言いつつも、マリオさんは普段通り笑っている。
「……まあ、いいでしょう。さあ、参りますわよ。リーダーさんも」
「え? どこに?」
「それを知っているのがこの殿方ですわ」
「……ぼく?」
マリオさんは、きょとんと首を傾げた。
◇
薄暗くどこか肌寒いような、規則正しく墓石が並んでいるその場所に、協会では姿を見かけなかった彼女がいた。
「ヘルミーナ」
ノエリアさんが名前を呼ぶと、祈るでもなく墓標を一点に眺めていた彼女が顔だけこちらに向ける。
マリオさんの話では、何かあるとここを訪れることが多いのだという。お姉さんのお墓があるという、この場所に。
同じ<EXストラテジー>のメンバーで、「友達」でもある2人は、何を言うでもなくただ見つめ合っている。沈黙を破ったのはノエリアさんだった。
「あなた、パーティに戻らないおつもり?」
「……」
ヘルミーナさんは何も答えない。
「わたくしもそうだけれど、誰もあなたのしたことを咎めようとは――」
「してない、ですよね。わかってます」
言葉を遮った彼女は、どこか寂しげに微笑んでいる。
「ノエリアさんも、みんなも……本当に、優しいですよね。すごく温かくて……だから――ちょっと、怖いんです。みんな、お姉ちゃんみたいにいなくなっちゃうのかなぁ、って」
「そんなことは……」
「怖いから――また、私のほうから捨てちゃうかもしれない」
何もかもを諦めてしまったような、胸を裂かれるような悲しい笑顔に、私もノエリアさんも口をつぐんでしまう。
ただ一人にこにこしているマリオさんに、ヘルミーナさんが目を向ける。
「モーリスも、私を引き止めに来てくれたの?」
「君はあのパーティにいたほうがいいよ」
「どうして?」
「トマス君たちなら、君の優れた能力をうまく使ってくれる」
ちょっと実利的すぎる物言いに、ノエリアさんが目を細めてマリオさんを睨む。
「……お姉様があなたをお嫌いになるのが、よーくわかりましたわ」
「あの、怒らないでください。モーリスは、ずっとこうなんです。誰かを特別に思ったりはできないけど、でも……誰かを特別に貶めたりもしない。みんな一緒。だから……私、モーリスは本当は温かい人だと思うんです」
――ああ、そうか。
ヘルミーナさんの言葉が、私にもすごくしっくりきた。機械的で誰でも構わず殺してしまう――でも、「友達」のことはちゃんと覚えている。それが、彼女の言う「温かさ」。
当のマリオさんは笑顔を作るのも疎かに、何か考えるように黙ってしまっている。
ふと、ヘルミーナさんと目が合った。
「エステルさん……ですよね。私、どうすればいいと思いますか? 戻ったほうがいいですか? それとも……」
戻ってほしい。それは私の願いでもあるし、<EXストラテジー>のメンバーは全員そう思っているはずだった。だけど――
「私は……ヘルミーナさんが幸せになれるほうを選んでほしいな。どっちを選んでも、私はその意見を尊重するよ」
ヘルミーナさんは、静かに笑った。さっきのような悲しさは感じさせない、柔らかい笑み。
「あなたはきっと、誰のことも忘れないし、誰からも忘れられない。……誰も、消えない。私のことも――」
独り言のように呟くと、彼女にとって宝物であるはずのぬいぐるみを、そっとお姉さんの墓石に供えた。
そうして私たちのほうに向き直ると、深く丁寧にお辞儀をした。
「お騒がせしてすみませんでした。これからは罪滅ぼしも兼ねて頑張ります。またお世話になります」
それを見たノエリアさんも、にこっと爽やかな笑みで返す。
「前にも申し上げた通り、わたくしあなたのこと、逃がしはしなくってよ」
ああ、2人はきっといい友達なんだ。見ているこっちも心が温かくなるような。
ヘルミーナさんは、今度はちょっと照れ臭そうにマリオさんの顔を覗き込んだ。
「あの……モーリス。えっと……手、繋いでもらっても、いいかな」
「? いいよ」
「あ、手袋、とってね」
マリオさんは言われるがまま、素手を晒してヘルミーナさんの手を取る。
「……やっぱり冷たい。でもね、だから、あなたは温かいの」
その行為も言葉も、意味がわかっているのかいないのか――マリオさんは無表情に近い顔で、ぽつりとこぼした。
「――君は本当に、クラリスに似ている」
思わず彼の細く開かれた目を見た。その瞳は無彩色のようで、何かの色を宿しているようで……。
私は彼にとっての「最初の友達」を、クラリスさんを脳裏に描いた。人形でしか見たことがない彼女の輪郭が、薄ぼんやりと浮かんでくる気がした。
「さあ、お邪魔虫は退散しましょうか」
と、ノエリアさんに後ろから押されて、私は仲良く手を繋いで歩いていく2人に挨拶もできなかった。
ぐいぐいと離されてしまった私は、あるところでぴたりと止まった。
ぱっと手をどけたノエリアさんを振り返る。
「……」
彼女はうって変わって深刻そうに目を伏せている。どうしたんだろう、と私は話を切り出してくれるのをじっと待った。
「……お姉様は、あれでとても不安定で危ういお方ですの」
唐突にロゼールさんのことを言われて少し戸惑ったけれど、それはすぐに納得に変わった。
「誰もあのお心の内に入れてはくださらないのですが、あなたなら、きっと……。わたくしでは力及ばぬことですから。お姉様のこと、任せてもよろしいかしら」
「もちろんです」
「……ああ、よかった」
歳はそう変わらないはずなのに、ほっと息をついたその顔はなんだか大人っぽく見えて……すごく、綺麗だった。
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