正当な評価

「なんだ? 皇女?」


「ばーか、こんなとこに皇女様がいらっしゃるわけねぇだろ」


「でも今確かに……」


 賑やかだった協会窓口は、私の大声のせいで一瞬静かになり、ひそひそとざわめき声が立ち始めた。

 まずい、注目を浴びてしまっている。お忍びで来ているらしい皇女様の正体がバレてしまったら……。


「あ、ち、違うんです。この子は、そのー、私たちのちょっとした知り合いというか――」


「……カタリナぁ!?」


 私のしどろもどろなごまかしは、戻ってきたトマスさんの大声で台なしになってしまった。

 大きくなるざわめきもよそに、彼はそのまま大急ぎで妹のもとに駆けつけ、小さな肩をがしっと掴む。


「なななな何をやってるんだこんなところで!! 一人で来たのか!? 護衛は!? 父上はご存じなのか!?」


「はぁ、その……申し訳、ありません……」


「い、今すぐ帰るぞ!! お前がいなくて大騒ぎになってるかもしれん!!」


「それは大丈夫です、お兄様。ここまでは近衛騎士団長様と参りましたの」


 ああ、ラルカンさんはちょっとしたサプライズのつもりで皇女様を連れてきたのかもしれない。あのちょっといたずらっぽい顔が目に浮かぶ。


「それに、まだ帰るわけにはまいりません。わたくしは、あの方に……」


 皇女様はまたゼクさんに宝石のような瞳を向ける。一方トマスさんは変な推測でもしているのか、その鋭い目つきで皇女様とゼクさんを交互に見ている。



 そんなピリっとした雰囲気を破るように、皇女様はフードを取って深々と頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます。わたくしを、兄を……この国を、助けていただいて」


 私含め、その光景を見ていた人たちはどよめいた。皇女という高貴な身分にある人が、一介の勇者に心から礼を尽くしている。

 当のゼクさんは居心地が悪そうに後頭部を掻きながら、ふいっと目を反らした。


「……テメェのためにやったわけじゃねぇよ。頭なんか軽々しく下げんな、チビ」


「お前っ……!! カタリナがわざわざ感謝してるってのに!!」


「皇女殿下、この者の無礼をどうかお許しください」


 トマスさんやスレインさんが慌ててたしなめているが、皇女様は微笑ましそうにクスクス笑っている。


「いいんですよ、お気になさらず。ゼクさんにも、いろいろとご事情がおありでしょうから……」


 含みのある言い方に、ゼクさんもぴくっと反応した気がした。


「他の勇者の皆様方にも、心から感謝申し上げます。ありがとうございます」


 その美しい所作に私たちは思わず見とれてしまい、さっきまでのどよめきが嘘のように静まり返った。

 皇女様はお辞儀をしたまま、何かを促すように目線だけをトマスさんに向ける。


「……ああ。みんな、本当に……感謝する」


 トマスさんも同じように頭を下げると、気のいい勇者たちはなぜか盛大に拍手をした。


「いいぞぉ~、未来の皇帝!!」


「あたしトマスさん推しますー!!」


「あんな可愛い子がオレのために頭を……うおお、幸せで死んじまうぅッ!!」


 大声援を受けて頭を上げた兄妹は顔を見合わせ、頬を緩ませている。


「この国も変えていかないとな。母上や爺みたいな人間が、もう現れないように……」


「……ええ、お兄様」


「勇者協会もな。然るべき実力を持った者が、正当な評価を得られるように」


 トマスさんは私たちを一瞥して、そう呟いた。「いつかこの礼は倍にして返してやるからな」なんて言いたそうな顔つきで。


 ちょうどその折、密かに<ゼータ>をちゃんと評価してくれているドナート課長が私を呼ぶ声がした。



  ◇



 デスクを挟んで向かい合うドナート課長は、いつも通り眉間に皺を寄せながらクイッと眼鏡を上げる。


「すまないが……君たち<ゼータ>は市街と城内の魔物を数体討伐した、という扱いになっている」


「構いませんよ、別に。トマスさんたちのためですから」


 私がにこっと笑うと、課長は呆れたように小さく息をつき、何か言いづらそうに視線を泳がせた。


「だが、なんだ、その……今回の件、本当に、よくやってくれた」


 予想もしなかった言葉に、私はしばしフリーズしてしまう。


「……え? あ、ありがとうございます。なんか、珍しいですね。課長がそういうこと言ってくれるの」


「……忘れたのか。君が言ったんだぞ、『こっそり褒めてくれ』と」


「ああ!」


 そうだった。クエストを交換する話が出たとき、手柄を奪われてしまうと言われて私がそう頼んだんだった。


「覚えててくれたんですね」


「まあ……俺も、そういうことを言えるようにしないと、な」


 ぎこちないながらも慣れないことをしてくれた課長を見て、ついクスッと笑ってしまった。



「おっ。なんだなんだ、このクソ忙しいのにイチャコラしやがってよ~!」


 そうヤジを飛ばしてきたのは、忙しいと言いつついつも通りサボっているレミーさんだ。


「お前こそ仕事はどうした」


「またぞろドラ息子の担当引いちまってよ。報酬が不当だなんだうっせぇから、今わざと待たせてやってんだ。もっかい土下座させてやろうかって」


 <オールアウト>のラックのことかな? 本当にどうしようもないなあ、あの人。土下座っていうのが何の話かは知らないけれど。


「んでよ、実のところどうなんだよ。魔王の娘とやら追っ払うのに<ゼータ>が一役も二役も買ったってぇのは本当か?」


「他言するなよ」


「やっぱり! 道理で功績少ねぇなって思ったんだよ。手柄譲るなんてさすがエステルちゃん、優しいなぁ! さしずめ陰の立役者ってとこか。カッコイイじゃねぇかよ、俺は1000倍評価するぜ。<ゼータ>最強!! 向かうところ敵なぁし!!」


 課長と違って、レミーさんは褒め言葉がするする出てくる。私にはどっちも嬉しいんだけど。



「そういえば」


 そこで課長が気を取り直すようにまた眼鏡を上げた。


「今回の件に関係あるのかわからないが――エステル。会長が君に話すことがあるそうだ」


『……会長!?』


 思いもよらない人が話題に上って、レミーさんと一緒に驚いてしまった。


「って、もちろんあれだよな。勇者協会で一番偉い、あのドラ息子ラックの親父の……」


「そうだ。ウィルフレッド・ウェッバー会長が君を指名した。この時間に会長室に来いと」


 課長は私あての通達をすっと差し出す。

 私はそのウェッバー会長の人物像がまったく浮かばなかった。会長とは会って話したこともないし、見かけたこともほとんどない。私が覚えていないだけかもしれないけど。


 正直、あまりいい気分はしない。協会の上層部といえば、ゼクさんに罪を着せて指名手配までさせた当事者だ。それにあのラックの横暴を許す父親っていうのも……。


「どんな話かはわからないが……このタイミングで、君たちに不利になることはしないだろう」


 私の不安を察してくれたのか、課長がフォローしてくれる。


 でもそれとは別に、会長がどんな人なのか会ってみたい気はする。よく知らない人に悪い印象を持つのはよくないし、もしかしたら会長自身はいい人かもしれないから。


 ほんのわずかの期待も持ちつつ、私はみんなのところへ戻った。

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