#16 国を背負うもの
凱歌
アルフレートさんを初めとする勇者たちのお陰で、異例の規模の襲撃だったにもかかわらず被害はかなり少なかったそうだが、それでも傷ついた人や亡くなった人はいる。
そんな悲しみを払拭するかのように、まだ魔族の残した傷痕が残っている帝都で、市民たちの熱気が街中を埋め尽くす中、以前よりもずっと盛大なパレードが開催されている。
今日は協会のほうに用事があって、私はかなり早めに来て、前と同じくそこからパレードを眺めていた。
人々の歓声の大音響は、みんなトマスさんと<EXストラテジー>を称えていた。
その中でひときわ目立って声を上げているのが――
「うおおおおおおッ!!! トマスの皇子さんは最高みゃあ~~~~ッ!!! ミアもよくやったァ~~~~ッ!!!」
数が減ってしまった近衛騎士団の穴埋めとして駆り出された、グラント将軍。
「おーいミア!! 大出世だにゃあ!! 兄ちゃん差し置いてずりぃぞーっ!!」
「にゃはははーっ!! そのまま皇子さんと結婚しちまえよーっ!!」
「あら! そしたらあたしたち皇族の仲間入りね!!」
そして同じ軍にいるらしい将軍の息子・娘たち――つまり、ミアちゃんのお兄さんやお姉さん。あんなに兄弟がいたんだ、っていうくらい顔のそっくりな獣人たちがワイワイ後ろをついていってる。
さすが猫というべきか、近衛騎士の人たちと全然違って隊列もぐちゃぐちゃだし、道中で寄り道している人もいる。それでも全員ものすごく強いらしく、結界で宮殿から出されてしまった彼らは勇者たちと合流して魔物たちを狩りまくっていたらしい。
そんな家族たちに、ミアちゃんはにこにこ笑顔で手を振っている。あんな妹がいたら、みんなで可愛がっちゃうよね。
トマスさんたちは宮殿前の広場に到着した。
バルコニーからは皇族の方々が見守っている。ただし、皇帝陛下に暗殺未遂をして逮捕された皇后はもちろん不在だ。
まず出迎えたのはラルカンさんと近衛騎士の人たち。
一直線に綺麗に整列した騎士たちは、完璧に息の合ったタイミングで全員跪いた。
「国家未曾有の危機に瀕し、我らの力及ばぬ中――殿下自ら戦場に立ち、魔族を退けたその手腕、まことにご立派でございました!! 近衛騎士団一同、民を代表して拝謝申し上げます!!」
あのスマートな印象からは想像もつかない、力強く響き渡る声。スレインさんもラルカンさんみたいに、こんなに大きい声出せたりするのかな。
これはもしかしたら、ラルカンさんなりの演出なのかもしれない。今の一声で、観衆はますます沸き上がった。
大歓声に上ずることなく毅然と立ち振る舞うトマスさんは、威風堂々と宮殿の中へ歩いていく。
今日、彼は皇太子と呼ばれる立場になった。
◇
勇者協会パーティ管理課の窓口は、前に新種の魔物の件で騒いでいたときよりもますます賑やかだった。今回私は職員としてではなく、<ゼータ>のリーダーとして来たのだけど。
この賑わいは、帝都襲撃の特別作戦で活躍した勇者たちへの論功行賞のようなもので、各勇者パーティが一同に集まっているためだった。
私たちも、体調が悪くて診療所で診てもらっているヤーラ君以外は揃っていて、人込みにさらに厚みを加えてしまっている。
なんといってもトマスさんたち<EXストラテジー>は他の勇者の人たちからも大人気で、彼らの周りからは人だかりが絶えることはなかった。
「よお、ボンボン勇者ってぇからどんなのかと思ったら、意外といい奴そうじゃねぇか。今度飲みにいかねぇか?」
さっそく絡んでいるのはレオニードさんたちだ。皇族に対して信じられないくらいフランクなのは、レオニードさんの性格のせいか、トマスさんの親しみやすさのせいか……。
「コータイシってのはよくわかんねぇけど、いいボンボンなら仲良くやろうぜぇ」
「近くで見るといっそう男前ね~。ところで皇子さん、うちの実家が商会やってるんだけど~」
ゲンナジーさんもラムラさんもいつもと変わらないノリで接している。
「っかし、信じられねぇな。本当に国の皇子が魔王の娘を撃退しちまうたぁな!」
レオニードさんはからからと笑っている。
そう、今回サラたちと戦ったのは、私たちではなくトマスさんたちだということになっている。みんなも納得してくれたし、私もそのほうがいいと思ってそうしたのだ。
トマスさんはちらりと私たちのいるほうを向いて、申し訳なさそうな顔で小さく手を合わせている。私も「いいですよ」と手を振る。
と、すぐ近くで悲鳴のような甲高い声が聞こえてきた。
ぱっと見やると、そこにはふらふらと座り込んでいるマーレさんと呆れている様子のエルナさんがいて、傍にシグルドさんが立っていたので大体の事情を察した。
「ああ、神様信じられない……こんな奇跡のようなイケメンがこの世にいたなんて!! エルナ、あたしもう今日で死ぬかもしれない……」
「ちょ、馬鹿なこと言ってないで立ってよ!! リーダーが行かなきゃ手続きできないんだからね!?」
ああ、<クレセントム-ン>はあの2人がリーダーを担当してるんだっけ。だけど片割れのマーレさんがあの調子で、他の仲間たちもおろおろしている。
他の女性勇者や果ては職員までシグルドさんに熱い視線を送っている。いや、彼だけではない。ミアちゃんやノエリアさんも男性陣から注目されていて……と観察していて気がついた。
ヘルミーナさんがいない。
ロキさんはいまだ療養中で診療所にいるのは知っているけれど、どうしてヘルミーナさんまで?
そんな疑問も置き去りに、トマスさんたちはドナート課長に呼ばれて奥へ行ってしまった。
何人か野次馬根性のたくましい人たちが後をつけて、すごいだの報償が少ないだのとわいわい騒いでいる。
「トマス皇子殿下の将来は安泰だな」
スレインさんが静かに呟くと、ロゼールさんが皮肉っぽく笑った。
「ええ。皇子様に体よく貢献したあなたのお兄様も、ね?」
「……そうだな」
「いいじゃないですか、ロゼールさん。お兄さんが出世できるなら」
私がフォローすると、スレインさんは気まずそうにうつむいた。……私、何か変なこと言っちゃったかな?
「そういえば――裏切りの近衛騎士が1名姿を消したそうだが……ロゼール、何か知らないか?」
「さあ? うまく脱出したんじゃないの?」
「妙だな。100年は解けないという氷に囚われていたはずなんだが」
ロゼールさんは知らん顔をしている。どうやら敵を1人わざと逃がしてしまったみたいだけど、敵側はもはや壊滅状態だし、今更行動を起こすことはないだろう。
この分だと私たちの番は相当先だろうな、とぼんやり立っていると、フードを被った見慣れない子供がうろうろしているのを見つけた。女の子……かな?
見るからに勇者という風体ではないので、ここにいる誰かの知り合いかもしれない。
こんな賑わいじゃ入りづらいのだろう、と思って私は声をかけた。
「どうしたの? 誰か探してる?」
「あっ……ええと……ゼクさん、という方を……」
「え?」
小さいながらも美しく透き通った声でその名を聞いて、思わず当のゼクさんのほうを振り返る。
「ゼクさん、この子は……?」
「あ? ガキの知り合いなんざヤーラくれぇしかいねぇぞ。誰だテメェ」
気まずそうに顔を落としている女の子に代わって、マリオさんがさらりと答えた。
「ゼク、その子は皇女様だよー」
ああ、なんだ皇女様か……って――
「えええええええっ!?」
私の大声に、周りの人たちが一斉に振り向く。
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